正しき力
目の前の状況に驚いていたのは、レクスたちだけではなかった。
「こ、これ……わたしが、やったのです……?」
弓を下ろし、クオンはその案山子の残骸に絶句しながら目を向けていた。
自身が放った矢の威力に、クオン自身も翡翠の瞳を、大きく見開いていた。
先ほども案山子に向けて矢を放ったクオンだが、ここまでの威力は出せる筈もない。
弓を変えた訳でも無く、弦を変えた訳でも無いからだ。
つまりこの案山子を爆裂させる程の威力は、クオンのスキルであることに他ならなかった。
クオンは目を見開いたままで、レクスにおっかなびっくり顔を向けた。
「に、……兄さん……これ……。」
「ああ。……これが、クオンの持ってるスキルの威力……ってことか。……凄ぇな。こりゃ。」
「あんなのが当たったら、ひとたまりもないよ……。ひえぇ……。」
レクスとキューもただただ目を見張って、木っ端微塵に砕け散った案山子の残骸に目を向けていた。
レクスとキューも、クオンの放った矢の威力に呆然と立ちすくむことしかできないようであった。
そんな中で、アリーは隣に立っていたサマンにちらりと横目を向ける。
「あれが……クオンの「スキル」ということか?」
アリーの声に、サマンは静かに頷いた。
顎に手を添えながら、その様子を見据えている。
「……そういう事、でしょうな。クオンさんのスキルは、最早「弓聖」とは別物になっている、と結論づけるのが賢明でしょう。いやはや……こういうことが起きるからこそ、研究というものは辞められませんな。」
ほほっ、と小さく笑うサマンに、アリーは僅かに眉を寄せ、顔を顰めた。
「だが……こんなスキルなど放っておいて良いものか? 下手をすれば死人が出かねん。争いの火種にも繋がるかもしれん程の力だ。……どうするべきだ?」
「……決まっていますな。……今、この場にいるのは私めたちだけ。ならば、起こったことを卒業するまでは最大限まで誤魔化す以外、あり得ないでしょうな。」
「……ここで起こったことを、黙っていろ、と? しかし、隠したものはいつかは明らかになるぞ。クオンはいずれ、この力を使うだろう。その時に、隠し通せるものではないぞ。」
ちらり、とサマンはクオンへ目を向けた。
その眦は、穏やかに垂れ下がっている。
「ご尤も。……しかし、私めらは、研究者の前に教育者ですぞ。……ならば、学生たちの幸せを願うことこそが一番ですな。それに、危険な力を使う学生たちに教える事も、我々の使命、と。……いくらクオンさんのスキルが強く、珍しいものであろうとしても。非人道的な実験や、勾留に監禁、交渉の札として使うことは断じて許されぬことですぞ。……少なくとも、私めはそう思っていますからな。」
サマンの言葉に、アリーはばつが悪そうに口をへの字に曲げていた。
「確かに貴様の言う事も尤もだが……。あのレクスが横暴な真似をしないとも限るまい。いうなれば、レクスの指示一つでこれだけのことができるのだ。……危険すぎではないのか?」
「ほっほっほ。アリー先生。そう心配せずとも、義兄君があのヴィオナ殿の下にいる以上、彼女も間違った道は選ばない、と。そう信じましょうぞ。それに、彼はその程度で道を違える筈もないでしょうな。……見なされ、アリー先生。」
「……ん?」
サマンに促され、アリーはレクスの方をみるように顔を向けた。
弓を抱え、おどおどしているクオンにレクスがゆっくりと歩み寄っていた。
クオンが瞳を揺らしながらレクスへと顔を向ける。
「に、兄さん。……私……。」
「……心配すんな。クオン。」
レクスはクオンと視線を合わせるようにしゃがみ込むと、そのままクオンの小柄な体躯を柔らかく抱きしめた。
唐突に感じるレクスの暖かい体温。
またたく間に、クオンの顔が沸騰するかのごとく真っ赤に染まり上がった。
「ふ、ふあっ!? に、兄さん!? い、いきなり……。」
慌てふためくクオンだが、レクスを振りほどこうとはしなかった。
レクスが背中に回した掌で、クオンの背中をぽんぽんと軽く叩く。
「大丈夫だ。……俺が、クオンを守るからよ。クオンが心配することはねぇよ。」
「兄さん……こんな力を持ったわたしが、怖くはないのです?」
「怖い? 馬鹿言え。……クオンよりも、よっぽど婆さんやクロウ師匠の方が怖いっての。それに、その先を俺や皆に向けることはねぇだろ? なら、大丈夫だ。」
「そーそー! ちょっと吃驚しちゃったんだけど、クオンちゃんはクオンちゃんだもんね。怖くなんてないよ。」
「兄さん……。キューさんまで……。」
レクスの顔とキューの顔を交互に見比べたクオンだが、そのままレクスの背中に手を回し、ぎゅうと抱きしめ返した。
「……兄さん、キューさん。……ありがとうなのです。」
その頬を綻ばせ、破顔した表情でレクスの腕に身を預けていた。
レクスの体温を感じる事が、クオンは最も気に入っているのだから。
「……この力は、兄さんのために生きると決めた、わたしのためにあるのです。……この力で、兄さんの役に立つのです。」
決意を込めたように、はっきりとした声でクオンは呟く。
だが、レクスは小さく首を横に振った。
「違ぇよ。クオン。」
「……え? 兄さん?」
「俺はクオンに俺の役に立って欲しい訳じゃねぇんだ。……そんなことの為に、クオンを婚約者だと言ってねぇ。その力は、クオンの為にあるんだからよ。」
「……兄さん。……わかったのです。でも、わたしが兄さんの役に立ちたいことは、変わらないのです。……わたしが、兄さんを守るのです。」
クオンの言葉に驚いたような表情を見せるレクスだが、すぐさまその目元が細まった。
「そっか。……でも、無理はすんなよ。……俺も、クオンに守られないように強く、ならなくちゃな。」
「……はい、なのです。」
優しい響きをしたレクスの言葉に、クオンは笑顔で頷いた。
クオンを見つめながら、レクスも仕方ないと言わんばかりに、小さく目元を下げた。
そんな甘い空気を出している二人を見ながら、ぷっくりとキューは頬を膨らませる。
レクスの服を両手で掴み、くいくいと引っ張っていた。
「むぅーー! クオンちゃんばっかりずるいよー! ぼくだってレッくんにそんな優しい言葉、かけられたいー!」
「……そうは言ってもよ。キュー。」
「婚約者の特権、なのです。」
「あー、言ったなー! いーもん! 絶対レッくんをメロメロにしてやるー! 大きくなったら絶対「せくしー」な美女の筈だもん! 見てろよー! おっきくなってやるー! やり方わかんないけどー!」
ぶうと不貞腐れたようなキューの声と仕草に、レクスとクオンは可笑しそうに口元を歪ませた。
そんな三人のやりとりを見つつ、サマンはほっほと笑顔を浮かべている。
「……青春、ですなぁ。ああいったやりとりをみていると、若い頃を思い出しますのう。」
「……ふん。色に呆けおってからにな。……不埒な真似を許したつもりはないぞ、レクス。……やはり奴は危険だ。クオンを拐かしおって……。」
僅かに眉をひくひくと動かし、歯を剥き出しにしてぎりぎりとアリーは噛み締めていた。
心なしか、手から出血しそうな程に拳を握り込んでいる。
そんなアリーの様子に、サマンは「おや?」と首を傾げていた。
「おや、アリー先生。……嫉妬ですか? 感情を滅多に出さないアリー先生が……珍しいですな。」
「そういう事ではない。そういう事ではないのだが……。……まだ早いだろう、クオン……! あと百年は……!」
感情を露わにするアリーを前に、戸惑いながらもサマンは溜息を溢す。
「百年も有れば、レクスくんはあの世では……? まあ、アリー先生の事情はわかりかねますの。ですが、彼らを正しい力の方向へ、導いてやらねばなりませぬな。」
「……当然だ。……そんなことは、わかりきっている。」
アリーとサマンの視線の先で、レクスとクオン、そしてキューが笑い合って、身体を寄せ合っている。
その姿が、想いをぶつけ合った試練を乗り越えた先にあったということなど、サマンとアリーは知る由もなかった。
◆
同時刻。
王都の広場に近い、薄暗い路地裏に、一人の少女が蹲っていた。
陽の光も僅かにしか届かないその場所は埃っぽく、ゴミも散乱している。
そんな場所に蹲る少女の身なりは綺麗で、異様ともいえた。
浅黒い肌とは対照的な白いワンピースを纏った少女の闇色の視線の先には、数匹の鼠が餌に群がっている。
少女は小さく邪悪な笑みを携えつつ、アンプルの瓶をペきりと割った。
どろりとした粘つくような闇を溶かし込んだような粘液が、餌になっているパン屑の上に滴り落ちる。
「……さて、実験といこうかな。……楽しみぃ。」
口元を三日月に歪ませ、少女は嗤う。
黒い粘液が染み込むパン屑を、鼠たちは我先にと貪っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
昨日は投稿を忘れてしまいました。
申し訳ありません。




