久遠の果てへ、愛と共に射抜け
「……兄さん? どうかしたのです?」
レクスの表情に、きょとんとクオンは可愛らしく首を傾げた。
そんなクオンを、修練場に入って来たばかりのレクスとキューは、驚いたように目を見開いてクオンを見つめ返していた。
当たり前の話ではあるが、先ほどまで修練場の中央にいたクオンが一瞬にして出入り口付近のレクスとキューの元まで来られる筈がないのだ。
それも、純粋な脚力などという問題ではなかった。
まるでアオイの持つスキル「瞬動」のようなそれに、レクスとキューはただただ目を見張るしかなかった。
「どうかした……って、クオン。さっきまで、あの案山子の前にいたはず……だろ?」
「う、うんうん。え? ぼくにはクオンちゃんが一気にここまで飛んできたように見えたんだけど。」
「……あれ? そういえばそうなのです。……兄さんとキューさんが見えたから、走っていこうと思ったのです。アリー先生は……?」
「いや、アリー先生はあそこで立ってるけどよ……。」
レクスはおもむろに右手を振り上げてクオンの後ろを指さした。
レクスの腕につられるかのように、クオンは不思議そうに振り向く。
三人の視線の先。
修練場の中央には矢羽根の刺さった案山子と、口を開けて呆然と立ち尽くしている、アリーの姿がそこにあった。
距離はかなり離れており、足跡のひとつもついていなかった。
明らかにクオンがレクスの元へ向かうには、遠すぎる距離だったと言っていいだろう。
それを自覚したのか、クオンも呆然と目を点にしていた。
「……あ、あれ!? な、なんでわたしは兄さんの前に居るのです!? え!? どうしてなのです!?」
自分がどうやってレクスの元にたどり着いたのか。
クオン自身もわからなかったようで、困惑したようにおろおろとレクスとアリーの方を見比べていた。
「い、いや……俺に聞かれてもわかんねぇ。でも、俺にはクオンが一瞬で俺の前に現れたように見えたんだけどよ……?」
「う、うんうん。クオンちゃん、いきなりレッくんの前に出てくるんだもん。ぼくも吃驚しちゃったんだけど……。」
戸惑いを隠せないレクスに追随するように、キューもこくこくと頷いていた。
「わ、わたし……え、いったい、何が起こったのですか……?」
クオン自身も戸惑い、助けを求めるようにレクスの瞳をじぃっと見上げていた。
そんなレクスたちを見ながら、アリーは吐息を溢しつつ、困ったように手を額に当てる。
アリー自身も戸惑ったようだったが、暫くすると顔を上げてレクスたちに叫んだ。
「……貴様ら! 少し待っていろ!……サマンをここに連れて来てやる。」
アリーの声に、三人はただただ頷く他なかった。
◆
「……ふぅむ。確かに「|久遠の果てへ、愛と共に射抜け《エターナルアロー》」と出ておりますな。スキルが、別のスキルに変わる。それも、「固有スキル」とは。……こんなことは、私めでも聞いたことがありませぬ。不思議なもの、ですな。」
修練場に設置された台に置かれた丸い鑑定水晶に表示されたクオンのスキルを見ながら、サマンは顎に手を当てて唸っていた。
アリーがサマンを引っ張ってきたのはあの後、すぐのことであった。
サマンは来るや否や早急に鑑定水晶を取り出して、台の上に設置すると、クオンのスキルを確認したのだ。
鑑定水晶も結構な重量の筈だが、歳に似合わず両手で抱えて持ってきたのは、探求心という好奇心が勝ったのだろう。
サマンを横目に、アリーは眦を下げて息を吐いた。
「……貴様でも、わからないのか。」
「私でも、《《初めて》》ですからな。こういうことは……。ふぅむ。」
水晶の側に寄って浮かび上がった文字を見ながらアリーが呟く。
丸い鑑定水晶の上に左手を置いたクオンは、心配そうに傍にいるレクスへ目を向けていた。
レクスはキューを肩に乗せ、サマンを見やる。
「……で、どうなんだ? サマン先生。」
声をかけられたサマンだが、サマンは「ううん……」と唸りながら首を振った。
「……はっきり言って、レクスくんやクオンさんのご期待には答えることは難しそうですな。この「固有スキル」という代物は、私めが研究するスキルの種類でも、最も複雑で難解なものです。なにせ、使用した本人にしか効果がわからず、前例もないスキルですからなぁ。それにスキルが変化していたということも、前例がないとなると……はっきり言って、未知、としか言えない部分も多いのですよ。」
「サマン先生でもわかんねぇ……か。」
レクスは肩を落として、ふぅと溜息を溢した。
サマンは、グランドキングダムにおいてスキル研究の第一人者であり、王立学園の教師でもある。
サマンのスキル研究ははっきり言って生き字引とさえ言われるほどであり、スキルの事でサマンにわからないのなら、誰にもわからないとまで言われる程の重鎮でもあった。
しかし、そんなレクスの溜息に対し、サマンは「ですが、」と続けた。
「それでもクオンさんのスキルには、何かしらの引き金がある、とは考えられるでしょうな。「弓聖」とは全く異なるスキルの力がある、と言って良いでしょう。仮定を持って、推察はできるはずですからな。特に固有スキルは「名は体を表す」ものです。……例えば、クオンさん。」
急にサマンから顔を向けられたクオンは、びくりと肩を跳ねさせた。
「な、なんなのです?」
「少しお尋ねしますが、レクスくんの元へと瞬間的に移動した、と言いましたな。……その時、どういった気持ちがあったのでしょうか? 答えられる範囲で構いません。」
「……そ、それは……。兄さんが練習を見に来てくれたことが、嬉しかったのです。それで、兄さんの側に行こうと思っただけなのです。……それで、気がついたら兄さんの傍にいたのです。」
クオンの答えに、サマンはにこり、と人のよさげな笑みを浮かべた。
「……なるほど。それでは……あの案山子の元へ行こうと思うと、どうですかな?」
「や、やってみるのです。」
サマンの提案にクオンは水晶玉から手を離した。
そして、ぎゅっと目を強く閉じる。
サマンに加え、レクスも、アリーも。
じっとクオンの動きを注視していた。
ひゅるり、と風のそよぐ音だけがその場に響く。
だが、一秒経てど十秒経てど。
クオンがその場から動くことはなかった。
「……もういいですぞ。クオンさん。」
「ご、ごめんなさい、なのです。できないみたいなのです。」
クオンがサマンに向けて頭を下げるが、サマンは意に介していないとばかりに首を振った。
「謝る事ではありませんぞ。……できなかった。その事実こそが大事なのです。……そして、もう一つ。してみて欲しい事がありますでな。」
「してみて欲しい事……一体、なんなのです?」
サマンはすっと腕を上げて、人差し指を立っている案山子に向けた。
「あの案山子に、矢を当ててほしいのですぞ。」
「矢を……当てる? それだけでいいのです?」
「ええ。……ただ、その際に少し考えて欲しいことがありましての。あの案山子を、「レクスくんの敵」だと強く思ってほしいのです。」
「あの案山子が……兄さんの敵、なのです?」
「そうですな。そう思って、弓を引いてほしいのです。……私めの考えが正しければ、これが「答え」の筈ですからの。」
「……わかったのです。」
サマンのお願いに、クオンはこくん、と頷く。
地面に置いた弓と矢を左手で拾い上げると、じっと睨むような目つきで、クオンは案山子を見据えた。
弓を抱えながら、クオンはゆったりとした足取りでその足を進めた。
レクスやアリー、キューやサマンの視線が集まる中で、クオンは弓を構える。
矢筈を噛み、加えたままで弦に噛ませこんだ。
筈から歯を離し、ちらりと再び案山子を見据える。
「……あれが、兄さんの「敵」。……兄さんの「敵」……許さない、のです。」
ぶつぶつと呟かれる声は、何処か薄ら寒いものすら感じさせる程に力が籠もっているようにレクスは聞こえていた。
(……あれは……やばくねぇか……?)
ぶるりと、怖気が背中を伝う。
「ね、ねぇ、レッくん。……なんか、こわいよ……?」
キューもレクスと同じように、薄ら寒いものを感じているようだった。
サマンとアリーの二人は何も感じていないのだろう。
じぃっと表情を変えず、矢を口で器用に番えるクオンを見ていた。
矢を番え終えたクオンは、弦の中央に結ばれた小さな紐を噛み締める。
弓を打ちおこして、紐を咥えたまま左手を押し込む。
弓が撓み、噛み締められた弦が引き絞られた。
そのまま、クオンの身体が止まる。
狙いを定め、翡翠の瞳は案山子の真ん中に向けられていた。
五秒。
続いた静寂は、風を切る弦の音で斬り裂かれた。
びゅん、と矢が駆ける。
《《風圧》》がレクスたちの髪を舞い上げた。
そして。
矢が案山子に突き立ったかに思えた。
瞬間。
”ずどぉん”と。
爆裂音が響いた。
地鳴らしとともに砂煙が巻き上がる。
レクスとキューも、サマンもアリーも。
全員が咄嗟に手を上げて、砂煙から身を庇っていた。
わずかな時間が経った後。
砂煙が、晴れる。
そこには。
「な、なんだこりゃ……。」
「う、うっそぉ……!?」
「……馬鹿な。」
サマンを除いた三人が、大きく目を見開いた。
「……思った通り、ですな。これが、「固有スキル」の力……。まさしく、でしょうな。」
サマンだけは驚愕の表情も浮かべつつ、何処か納得したようにその目を凝らす。
レクスたちの目の前に広がっていた光景。
それは。
大きな爪に抉られたような修練場の地面に散らばる、跡形もないほどに木っ端微塵になった、案山子の残骸だった。
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