栄光の陽射
全員にキューを紹介し終えた後。
熱が収まったレインとアオイはキューに根掘り葉掘り、ダンジョンであったことについて尋ねているようだった。
初めに興奮して熱くなっていたレインだが、キューに警戒されていたものの、どうやら打ち解けることが出来たらしい。
互いに語り合いながら、にこやかな微笑みすら浮かんでいたほどだ。
しかし、レクスの中には拭えない無力感がこびり付いていた。
キューはダンジョンに縛られた存在であり、ダンジョンから出ることは叶わない。
そう思うと、レクスはキューの涙を拭う事は出来ないと言われているのに等しかった。
(……どうしようも、無ぇのか。)
無意識に、口の端が下がった。
「……にい、さん? どうか、したのですか?」
「あ、ああ。……悪ぃ。」
どうやら、クオンに顰め面を見られてしまったらしい。
レクスは首を振って、表情を戻す。
キューの事もだが、一番にやらなければならない事は、自分たちが地上へと戻ることなのだから。
頭を切り替え、レクスはクオンを抱えたまま、ゆっくりと立ち上がる。
クオンは何も言わず、レクスに抱えられたままで顔を伏せていた。
恥ずかしさも少しはあるのか、頬を紅潮させている。
そんなレクスとクオンを、アオイとレインは目を細め、じとりとした視線を送っていた。
「…クオン。…狡い。」
「……あちしもレクス様に抱えられたいです。」
「そんなに、して欲しいもんか?」
「…当たり前。…女の子にとっては憧れ。」
「お慕いする殿方に抱えられるのが嫌な女子はいないと思うです。」
「……わかった。つっても、今は出ることが先決だ。また、今度な。」
「…言質は取った。…楽しみ。」
「約束、です。今度のデートでお願いするです。」
レクスの言葉に、二人はふんすと鼻息を荒くする。
勝手にデートの約束を取り付けられた気もするが、レクスとて悪い気はしなかった。
あれ程心配をかけてしまったのだ。
彼女たちが満足して笑ってくれるなら、荷物持ちなど苦ではない。
そんな時、きゅっとレクスの服が引かれる。
視線を落とすと、クオンがレクスの服を握り、引っ張っていた。
「どうしたんだ? クオン?」
「……なんでも、ないのです。」
「……そっか。」
押し黙るクオンを抱えなおし、レクスは前を向く。
ようやく見えたダンジョンの出口に、肩の荷を下ろしたような感覚があった。
だからだろうか。
レクスは気づかなかった。
クオンの眦から、つうと一筋。
流れ落ちた雫のきらめきを見落としていた。
立ち上がったレクスは、クオンを抱えたまま、扉へ向かって歩く。
ごつごつと凹凸の目立つ黒い岩場の地面は、気を抜けば転んでしまうような状態だった。
それ故に、レクスはクオンをしっかりと落とさないように抱きかかえながら、最深の注意を払って歩く。
クオンもクオンで、レクスの服をぎゅっと握り締めている。
転んだらただ事では済まない。
クオンを怪我させてしまう事もあるが、溶岩に飛びこんでしまえばシャレにならないのだ。
真赤に映える宝箱はアオイがもち抱え、歩幅を合わせてレクスの隣を歩いていた。
抱えた箱の大きさは、それほどまでに大きくはなかった。
アオイの肩幅よりも小さく、高さも胸元程度だ。
「アオイ。それ、重くねぇのか?」
ちらと視線を向けられたアオイは、ふるふると小さく首を振った。
「…全然重くない。…レインよりもずっと軽い。」
「……そう、なのか?」
「…うん。…中身は靴。…ここまでレインをずっと運んできたから、そっちの方が重い。…小さいけど、意外と重たかった。…米俵位かと思ってた。」
「アオイさん。あちしと比べる必要はないと思うです。……レクス様も気にしないことです。乙女の秘密に口出しはなし、です。」
「お、おう……。」
アオイとは反対側を歩いていたレインにきっ、と鋭く睨まれ、レクスは押し黙った。
どうやら体重の話はタブーらしい。
アオイがレインを運んできたと考えれば、到着するのが速かったのも納得ができると、レクスは思ってしまった。
そんなレクスの様子が可笑しく映ったのか、キューがにやにやと口に手を当てて笑った。
「レッくん、やっぱり女の子たちには弱いんだね。」
「……うるせぇよ。キュー。」
頭の傍をニヤニヤとした顔で飛び回るキューに、レクスは少々むっとしたように口に出した。
そんなレクスに、キューは「ごめーん」と舌を出す。
これっぽっちも悪びれていないようだった。
「だって意外だもん。あんなに強くてかっこいいのにさ、ごくごくふっつーの男の子じゃん。……あーあ。ぼくもレッくんに着いて行きたかったなー。レッくんたちと一緒なら、すっごくわくわくさせてくれそうだもん。退屈しなさそうだし、さ。」
「……キュー。ごめんな。」
あっけらかんと口に出すキューに、レクスは頭を下げることしか出来ない。
アオイとレインも、残念そうに顔を伏せ込んでいた。
既にキューも、仲間の一人と思っていたレクスだが、ついぞ一緒に脱出する方法は思いつかなかった。
アオイとレインにも聞いてみたが「知らない」と、残念そうに首を横に振っていた。
キューはダンジョンで死んだ誰かの魂の成れの果てであり、ダンジョンに縛られた存在。
レクスたちがダンジョンから脱出すれば、また再びダンジョンが現れるまではダンジョンの崩壊と運命を共にするのだ。
連れて行きたい気持ちもあったが、方法が分からないのであればどうしようもなかった。
項垂れたように眉を落とすレクスに、キューはにこやかに目を細めた。
自分は気にしていない、と語るように。
「いーのいーの。レッくんが悪い訳じゃないからさ。ぼくもレッくんやクオンちゃん、二人と会えて楽しかったし。これも運命。しょうがないよ。」
「キュー……。」
「キュー、さん……。」
「…キュー。」
「キューさん……。お力添えできなくて、ごめんなさい、です……。」
レクスは悲しげに眉を下げる。
クオンも、アオイも、レインも。
この場にいる皆は、全員同じ気持ちだった。
そんな表情を見てか、キューは人差し指でレクスの額をつん、とつついた。
「そんな悲しそうな顔しないの。ぼくたちはまた会える。そう思っていれば、いつか会えるよ。だってこうしてダンジョンで出会えたんだしさ。……偶には、思い出話にでもしてくれたら嬉しいけど。」
「……そうか。なら、約束だ。また、会おうな。」
「うん。約束だからね? 絶対守ってよ。」
「ああ。そうさせてもらうさ。」
口元を上げるキューに、レクスも小さく笑いながら肯いた。
キューの約束には笑顔で応えないといけない。
そんな気が、ふと過ったからだった。
キューとの会話を挟みながら、レクスたちは門の前で立ち止まった。
かなり大きく頑丈そうな鉄門扉で、近づいて見上げるとその大きさは目を見張るものがあった。
閂などはなく、金色に光る円形の取っ手はレクスたちの手の高さに合わさっていた。
以前、レクスがダンジョンから脱出した時に出現した門扉と同じ位だ、と。
レクスはそう感じながら門扉を見つめていた。
「開ける、です。」
レインが扉を押すと、ぎぃぃと音を上げ、門が地を引っ掻きながら開いた。
薄暗い闇の先には、茶色い土くれで出来た階段が上に向けて続いている。
階段の上からは、煌々と眩い光が射し込んでいた。
眼に当たる光の眩しさに、ついレクスは目を細くして上を見上げた。
それはクオンやアオイ、レインも同じだったようで、各々がきゅっと目を閉じていた。
間違いない。
地上を照らす陽の光が、ここまで来たレクスたちを歓迎するように、一筋の光を描いていた。
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