小箱の中身
「……ふぅ、ようやくか。」
強張っていた肩をすとんと落とし、レクスが草臥れたように溜息を零した。
黒嵐の連結を外し、それぞれの武器を戻す。
息を吐きながら、ふと、目を正面に戻した。
振り返った二人と、目が合った。
じとりとした眼をしたアオイとレインがレクスを不満そうに見つめていた。
二人のじめじめとした剣幕。
どう見ても文句を言いたげなのは間違いがなかった。
レクスは「い゛っ……!?」と、顔を引き攣らせて少したじろいだ。
「ど、どうしたんだよ……二人とも。」
「…レクス。…うちらは凄く心配した。」
「アオイさんの言う通りです。ダンジョンで二日間も行方不明って聴いて、皆凄く焦ったです。」
「そりゃ……悪かったよ。……本当にすまねぇ。皆に相談しなかった俺が悪ぃ。俺は何も言い返せねぇからよ。煮るなり焼くなり、どうにでもしてくれ。」
「…わかった。…遠慮なく。」
「……レクス様には、おしおきを受けて貰うです。」
ばつの悪い顔で、レクスは顔を逸らした。
カルティアたちに相談もせず、独断で依頼を受けた自分に非がある、と。
きつい小言位は覚悟していた。
だが、アオイとレインの行動は、レクスの予想とかなり異なっていた。
ぎゅっと。
レクスの身体が、柔らかな感触にに包まれた。
じんわりとした心地よい温もりが、全身を伝いゆくように、ありありと感じられた。
目を、開いた。
「…これが、レクスへの罰。」
「存分に、反省するです。」
アオイとレイン。
二人は少し頬を染めながら、その麗しい双眸はレクスの目と鼻の先にあった。
それぞれがレクスの身体にしがみつくように、両手を背中へと回していた。
ふにゅりと、二人の豊満な胸元がレクスの身体に押しつけられ、拉げている。
その胸の奥で息づく、生命の鼓動。
レクスの身体を揺らすように、規則正しいリズムで響いていた。
二人の鼓動を感じながら、レクスは悪びれたように口元を下げた。
レクスも二人に会うことが出来たということに、申し訳の無さと同時に、安堵したような気持ちを感じていた。
結局は、レクスも不安だったのだ。
ダンジョンは下手をうってしまえば、彼女たちに二度と会うことが出来なくなってしまう、死と隣り合わせの場所だ。
もしも、の不安は、レクスの奥底に常にあったものだ。
小さく口元を下げて、レクスは二人の背中に手を回す。
安らぐような柑橘の香りが、レクスの鼻腔を通り抜ける。
二人の髪の匂いだろうか。
柔肌の感触と温もりを、その腕に感じていた。
「……悪かった。ごめんな。」
「…謝られたい訳じゃない。…でも、埋め合わせはしてほしい。」
「そうです。責めている訳ではないです。でも……不安にさせた分、皆でお買い物に出た時に、いっぱい荷物は持って貰うです。乙女心を弄んだ罰、です。」
「わかった。……ありがとうな、アオイ、レイン。」
二人の言葉に、レクスは小さく苦笑いを浮かべた。
カルティアたちを怒らせた罰がその程度なら、安いものだ、と。
そう思ったのだから。
「……ふーん。レッくんって女誑しなんだ。」
少し棘のある、呆れたような声にレクスは顔を向ける。
慰めるように二人を抱え込むレクスを、翅を羽ばたかせながら少しむっとしたように見つめる、玉蜀黍色の双眸があった。
「……違ぇ。……とは、言い切れねぇなぁ。」
否定したかったが、レクス自身も自信がなかった。
四人の見目麗しい少女たちと婚約している時点で、言い切れるものではないと自覚していたからだ。
端から見れば、好色もいいところだろう。
答えに詰まり苦笑いするレクスを、キューはじとりとした眼差しで見つめていた。
「なに? 違うの? 可愛い娘たちに囲まれて、レッくんでれでれしてるじゃん。……もしかして、ぼくも狙われてる?」
「……どうしてそうなんだよ、キュー。」
「だって、自分でいうのもなんだけど、ぼくって可愛いと思うよ? スタイルも良いし、レッくんの好みに近い……はっ!? そういうこと!? ぼくを捕まえて、ぼくもレッくんの毒牙にかけられちゃうんだ……。ぼくの小さい、いたいけな身体を握ってそのまま……あわわわわ……。い、嫌がるぼくが泣き叫んでも止めずに無理やり……ひ、酷いことされちゃうんだ……。レッくんのき、きちくぅ……。」
何を想像したのか、あわあわと赤い顔で顔を覆うキューに対し、レクスは呆れ顔で溜息を吐いた。
「……しねぇよ。どうしてそうなんだ。そもそもキューに手を出せるかよ。それに、そこまで見境ないつもりもねぇしな。皆にどやされちまう。……てか、キューの身体握ってどうすんだよ……。」
「むっ……すぐに否定されるのも、それはそれでちょっと悔しいけど……。というかレッくん、それ聞いちゃう? ぼくの口から聞きたいなんて、レッくんのヘンタイ。えっち。」
「……なら、どうすりゃいいんだ……。」
どうも少し不機嫌そうに口元をへの字に曲げる。
頬を染めたキューに睨まれ、レクスは困惑した様子で溜息を零した。
キューが何を想像したのかも、レクスにはてんで想像がつかなかったのだが。
そんなレクスの腕の中では、アオイとレインがレクスを離すつもりはないと言わんばかりに腕の力を緩めなかった。
(……暫くは、離して貰えねぇな。こりゃ。)
そう思いながら、ぽんぽんと二人の背中を叩く。
心なしか、二人がレクスを抱く力が強くなったように感じた。
そして、そんな中。
「……にい……さん。」
二人に抱き締められたレクスを、少し離れた場所で翡翠の瞳が映し出す。
少女と少年の距離は、僅かなものだった。
だが、天と地ほどに距離があるかのように。
少女は、レクスの方へと歩み寄ろうとはしなかった。
左手をぎゅっと握り締め、少女は俯く。
言葉に表せない感情を抑え込むように、少女は唇を固く結んだ。
◆
「…このくらいで、勘弁する。…次はない。」
「レクス様の顔に免じて、これで手打ちにするです。少しはあちしたちの気も、知るといいです。」
「悪かった。……次からはもうしねぇよ。……ダンジョンなんざ、もうこりごりだ。入りたくもねぇ。」
「…むぅ、わかってない。」
「……何がだよ、アオイ。」
「レクス様は身体を張りすぎだと思うです。あちしたちの為にも、無茶な真似は辞めてほしい、です。」
「それは……ごめん。俺が悪かった。……出来るだけ、もうしねぇようにする。」
「…わかればいい。…カルティアも、マリエナも心配してる。…早く、帰ろ?」
「レクス様を皆待ってるです。一緒に帰るです。」
「ああ。……ごめんな。」
レクスの無謀を許したらしい二人がレクスから離れた。
そんなレクスは、二人に平謝りするしかなかった。
惚れた弱みなのか。
レクスは婚約者たちに頭が上がらないのだ。
それだけ信頼し、気を許している現れでもあるのだが。
ようやく気が済んだ二人から解放されたレクスは、草臥れたようにこきこきと首を鳴らした。
レクスから離れ、アオイはとたとたと扉に向かう。
レインは落ちていた赤い箱の方へと歩み寄っていた。
先程までの死闘が嘘だったかと思える程に、空洞は静けさに包まれていた。
こぽ、こぽと蒸気が沸き立つ溶岩の気泡が弾ける音が、空洞に反響するほどだった。
黒く凹凸の目立つ大地には、あちらこちらに赤い魔核の破片が転がり、妖しく蠢く赤い光を放っていた。
既に骨の残骸は何処を見渡しても残っていない。
あるのは地形の変わった地面と、大量の魔核片だけがレクスたちの戦いを物語っていた。
(……本当、幻でも見てたんじゃねぇかって気になるな。……二度と御免だ。)
狐につままれたような後味の不思議さを感じながら、ちらり、と後ろを向く。
(……クオン?)
顔を俯かせ、ぽつんとクオンが肩を落として座り込んでいた。
へたり込んで、ぷるぷると震えている。
レクスはゆっくりと歩み寄ると、クオンの前でしゃがみ込んだ。
「……クオン。どうしたんだ?」
「……なんでも、ないのです。」
「なんでもない訳は、ねぇだろ。……どっか、痛ぇのか?」
「……本当に、なんでも、ないのです。」
レクスの問いかけに、クオンはふるふると首を横に振るばかりだった。
元気を失っているのは明らかなのだが、クオンは頑なに、レクスへ顔を上げようとはしなかった。
「……そっか。じゃあ、仕方ねぇな。」
レクスは立ち上がると、クオンの脇に移動する。
「よっ……と。」
「ふ、ふぇっ!? にいさ……!?」
クオンの脚と肩を抱え込み、ひょいと持ち上げた。
所謂お姫様抱っこだ。
クオンは吃驚した様子で、目をぱっちりと大きく見開いていた。
クオンの身体は、レクスにとっては軽いものだった。
だが、幼い頃と比べるとやはりその重みは増していた。
「に、にいさ……離してくださいなのです!」
慌てふためくクオンがじたばたと藻掻く。
だが、レクスは離さない。
それどころか、にぃっと笑みを浮かべた。
「……離さねぇよ。クオンがさっき、何も言わなかったからな。」
「い、意地悪なのです! に、にいさんのばかー!」
顔を真赤に染めて、クオンが叫ぶ。
ぽかぽかとレクスの胸を左手で叩いていた。
嫌がっていない照れ隠しなのだ、と。
レクスは気が付いていた。
もしも本当にクオンが嫌がっているのなら、そもそも触れられる前に遠くへ逃げてしまうからだ。
昔と変わらないクオンの態度に、レクスの顔は自然とほころんでいた。
クオンが何を思っているのかは、レクスにはわからない。
なれどクオンが沈んだ顔を浮かべているのを、レクスは見過ごせないのだ。
そんなレクスたちの前に、ふわふわとキューが飛んできていた。
お姫様抱っこをされているクオンを、心底羨ましそうに見つめていた。
「あ、レッくんお姫様抱っこしてる。いいなー。ぼくもされてみたいや。」
「……キューはちっこすぎて無理だろ。」
「あー! いったなー! レッくんこのやろー! ……いーもん! ぼくが大きくなったら、絶対レッくんにしてもらうもん!」
「……キューって、そもそも大きくなれんのか……?」
「……さあ? でも絶対大きくなって、レッくんを悩殺してやるから。」
ぷりぷりと可愛いらしく怒るキューに苦笑を返しながら、レクスは赤い箱の前に蹲るレインに歩み寄った。
抱え込まれたクオンは、観念したのか顔を真赤に染め上げて俯いていた。
レインは箱の中身をじっと見据えて、頭を捻っていた。
「……レイン? なんかあったのか?」
「あ、レクス様。……これ……何だと思うです?」
レインは立ち上がり、赤い箱の中身を指差す。
赤い箱は金色に輝く金属に縁取られた、木箱だった。
木箱の表面は何かが塗られているのかツヤツヤと光沢を放ち、中の内張りは真赤な光沢を放つ革で出来ていた。
如何にも豪華なものが入っていそうな木箱の外見なのだが、その中に入っていたものは、唯一つだけ。
「そりゃ……どう見ても俺にはあれにしか見えねぇけど……。」
「……レクス様にもそう見えるなら、あちしの眼がおかしい訳ではなさそう、です。」
その品物を目にしたレクスも、可怪しな外見に首を傾げた。
変、という訳ではない。
ただ、《《あまりにも》》という品物だった。
訝しみながら、レクスはその品物の名前を口に出した。
「……これ、靴だよな?」
「あちしにも……そう見えるです……。」
レクスも、レインも首を傾げた。
クオンとキューも、まじまじと箱の中を覗き込んでいた。
箱の中に入っていたもの。
それは一足の、黒い靴だった。
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