洞穴の決着
黒き炎に澱み、荒れ狂う白骨の大波の前に、レクスは黒く鉄の輝きを放つ銃口を向けていた。
既にレクスは今までの戦闘で、体力を非常に損耗していた。
髪は煤け、至るところに擦過傷を作っている。
服も砂埃や煤で汚れ、穴すら空いている所もあった。
レクスの顔には、今も赤くぬめる血液が瞼に覆いかぶさっている。
だが、それはレクスの脚を止める理由にならない。
ここにいる全てを守りぬく事を思えば、自然と身体が軽くなっているようにすら思えた。
(……変えられねぇな。やっぱりよ。)
気の抜けない筈の戦場で、レクスはふと、思った。
元々は、幼馴染たちを守り切る為に剣を取ったのだ。
シルフィに教えられ、戦う術を学んだ。
王都では、クロウに戦う技術を学んだ。
それは、レクス自身のためなのではない。
結局は自分以外の誰かの為だ。
原動力は、誰かの涙を拭うため。
幼馴染たちの笑顔を守るため。
それが今では、かなり増えてしまった。
元々の幼馴染たちに加え、カルティアにアオイ、マリエナにレイン。アランやカリーナ、エミリー、コーラル、果てはグラッパやアーミアなど、言い出せばキリがない。
レクスは、自分の為に強くはなれなかった。
誰かの為にしか、レクスは強くなる理由を見出せなかったのだから。
目の前寸前にまで迫った、異形の白波を見据える。
山塊が崩落した雪崩のような白骨兵の群衆は、レクスを巻き込み圧し潰そうとしているようだ。
湧き上がるような心臓の鼓動が、身体を伝って鳴動している。
身体を強張らせるような緊張は、既に流れ落ちていた。
クオンとキューに加え、アオイとレインがこの場に居るならば。
レクスが斃れ伏すなど、あり得ないことなのだから。
燃え盛る真紅の紅玉は、屍骨兵を怖れることなく見据えていた。
白波に向けた銃口。トリガーを引き絞る。
腕を横に薙いだ。弾け飛び散る微細な光の銃弾。
三十に分かれたレクスの魔力。
威力は弱く斃すまでは行かない。
だが、骨に響く衝撃までは殺しきれない。
雪崩が、立ち止まった。身体を翻す。手首を返す。
逆手の剣を振るう。撫で斬った。
転がり落ちる魔核の破片。無視した。
振りきった勢いをそのままに、地を蹴った。
頬を、自身の髪が撫でる。独楽のように回る。
再び引き金を絞る。回転で範囲が拡がる。
押しのけた後。片脚を地に着いた。
身体を捻る。逆回転。返しの刃で払い斬った。
ばらばら、ばらばらといとも簡単そうに砕け散る骨の兵隊。
おそらく、この魔獣も。
ダンジョンで散った、命の残滓なのだろう。
だが、それを知っていようとレクスは容赦などしない。
相手は魔獣であり、レクスは今生きる命を背負っているのだから。
只管に、銃弾を流し込む。返しの刃で、止めを入れる。
屍骨兵は、レクスの服にすら触れられない。
額から、乾ききっていない血が跳ねた。
からからと乾いた音。わらわらと屍骨の剣士は群がりながら殺到していた。
素早くダイヤルを引き戻す。
蹴り上げる。発砲。確認はしない。
跳び上がり、足に頭を引っ掛ける。引き倒した。
発砲。屍骨兵が一斉に飛びかかる。纏わりつくつもりだろうか。足を踏み換え、身体を回す。
デイブレイクの一閃で撫で斬った。
レクスにとって、数が多いだけの雑兵が苦なのではない。
雑兵が、レクス以外へと攻撃と向ける事。
それが、対処しづらい根本の原因にあった。
クオンとキューを守りながら戦うのでは、レクスの動きが著しく制限されるのだから。
だが、今はそんな心配は要らない。
アオイとレインの二人が、向かい来る屍骨兵を薙ぎ払っている。
レクスだけでは守りきる事は困難だろう。
しかし、二人が居るならば話が変わる。
それほどの実力を、二人は身につけていた。
それに、もう一つ。
レクスの助けになることがあった。
ひゅるひゅる、と。
風を切り裂く音と共に、レクスが腕を軽く締め付けられた。
痛みもないそれは、「鉄糸」。
(……糸?……こりゃ……。)
きゅっと締め付ける感触に、レクスは眉を顰めた。
瞬間。
黄緑色の光が、糸を走った。
レクスに到達したその光は、そのままレクスを包み込む。
疼く傷の痛みが、消えた。
それと同時に、眼の霞むような疲労も和らいでいく。
無数にあった傷や疲労が、回復していった。
間違いなく、聖魔術。
この場で使えるのは、一人だけだ。
(……これは、レインか!)
ちらり、と。
レクスは、レインに目を遣った。
ふりふりのフリルを靡かせながら、指揮者のように指先を空中に這わすレイン。
レクスの視線に気が付いたのか、こくんと頭を振った。
指先を引き戻す動きをした途端、レクスの腕に巻かれた鉄糸が解かれた。
非常に手慣れた動きだった。
優雅な所作は、感心すら覚えるほど。
溶岩の熱気が満ちる中で、レクスは反転して屍骨兵の群衆を一望した。
アオイとレインの活躍もあって、レクスの周りを覆い尽くしていた程までに拡がっていた屍骨兵は既に、大幅に数を減らしていた。
足元には砕け散った魔核の残渣が、紅色に輝きを放ち至るところに散らばっていた。
「…レクス!」
アオイの声が響いた。
次の瞬間には、アオイがレクスの背後に降り立った。
「…レクス。…残りを片付ける。」
「ありがとな、アオイ。……行くか。」
「…うん。…負けない。」
レクスが口元を吊り上げ、アオイも肯く。
二人同時に、残党へと駆け向かった。
もちろん、屍骨兵たちも黙ってはいなかった。
がらがら、がらがらと骨を鳴らしながら、大群がレクスたちへと押し寄せる。
ダイヤルを回した。レクスが引き金を引き絞る。
三十連射の光弾が、面を牽制した。
蹌踉めいた。すかさずアオイが躍り出る。
匕首。纏めて曳き斬った。アオイが跳ぶ。
レクスと入れ替わった。骸骨を蹴飛ばす。
ダイヤルを捻る。銃撃。核を撃ち抜く。
手を返し、腰を回した。一閃。デイブレイクでなぎ払う。
じゃり、と鎖が鳴った。鎖分銅が飛ぶ。絡み付いた骸骨が引き寄せられた。
寄せられた核に銃口を押しつける。撃ち抜いた。脚を打ち付け、横に跳ぶ。
空いた射線にアオイが懐から棒手裏剣を数個取り出し、ひょうと投げた。
鉄杭が骸骨たちの頭部に突き刺さる。
動きが止まった瞬間。銃声。
澱みない銃撃が、屍骨兵の核を次々と撃ち抜いていく。
レクスとアオイの手によって、残った骸骨たちは一角に纏められていた。
「…レクス!…跳ぶよ!」
「ああ!」
アオイの手が、レクスの手を取る。
すべすべとした肌の感触と、温もり。
レクスは、何処か安心すら覚えていた。
直後。
アオイとレクスの姿が消え失せる。
立っていたのは、クオンとキューの隣だった。
「え? え?」
突然隣に現れたレクスとアオイに驚いたのか。
キューが戸惑った声を上げ、きょろきょろと二人を交互に見ていた。
クオンも驚きを隠せない眼差しで、二人を見上げた。
アオイのスキル「瞬動」だ。
離れたのは、彼女の範囲から逃れる為。
彼女が仕上げをする準備が整っていたのだ。
きら、きら、きらと。
空中で星が光っているように、鉄糸が光を受けていた。
白いゴシックロリータのレインが、とことことゆっくりした歩様で、レクスたちの前に歩み寄った。
鉄の糸は屍骨兵の合間を這い回り、その集団を絡め取っている。
既に、逃れる事など封じられていた。
レインが兵隊へ向け、ぺこりとお辞儀をした。
「……それでは皆様、ご退場願うです。」
レインはおもむろに両手を引き上げ、胸元で交差させる。
きゅ、と。
全ての指を握り込んだ。
瞬間。
みし、みしと糸が啼く。
そして。
レクスたちを苦しめた屍骨兵の軍隊は、瞬時に。
纏めて魔核ごと細切れと成り果てた。
ばざぁ、と地面に落ち込む魔核の欠片。
レインは涼しい顔でふぅ、と息をついた。
そんなレインの目の前で、積もった魔核の欠片に埋もれるように。
紅い箱が一つ、落ちていた。
更に、その先にある黒い壁面には。
どっしりとした大きな黒い門扉が、いつの間にかそこに姿を現していた。
お読みいただき、ありがとうございます。




