烈旋の矜持
「これは……すごい……ね……。」
戦場に飛び込んだアオイとレイン。
二人が屍骨の兵を蹂躙していく様を目にしたキューは、眼を丸くしながら絶句していた。
津波のように押し寄せる白骨の兵隊を、アオイは目に追えない程の速さで駆逐していく。
匕首、クナイ、棒手裏剣と鎖分銅を適切に用いて魔獣の波を押し返していた。
レインはレインで殆ど動く事は無い。
指先を動かすだけで、魔獣の波が勝手に崩壊していくようにすら、レクスの目には映っていた。
二人とも、レクスに劣らぬ実力を身につけている。
キューの言葉に、レクスは首肯を返した。
「ああ。……二人とも動きが全く違ぇ。レインなんて戦ったことすらなかったろうによ……。」
呆けたように、呟いた。
レクスも、二人の成長をその真紅の瞳でありありと感じ取っていた。
アオイも、レインも。
自身を助ける為に、僅かな期間でここまで強くなっている事は、レクスにとっても予想外だった。
そして、おそらく。
それはアオイとレインだけではないという事は、容易に想像がついていた。
(……多分、カティやマリエナもだろうな。どうして二人だけダンジョンに入れたのかはわかんねぇけど。……多分、婆さんの仕業か。)
頭の中で高笑いする老婆の姿を思い浮かべ、レクスは苦笑を浮かべた。
更には今ここにいるアオイやレイン、不在のカルティアやマリエナが何処で力を着けたのかも察してしまった。
ほぼ間違いなく、「傭兵ギルド」なのだろう、と。
以前、レクスはカルティアが傭兵ギルドで、チェリンに魔術を教えて貰っていた姿を見たことがあった。
おそらくは、その延長線上だろう。
ふぅ、と。
小さく溜息を零す。
(……皆に、感謝しなきゃいけねぇな。俺の為にやってくれたことだからな。なら……!)
一度、目を閉じた。
肺に溜まった空気を全て吐き出し、ゆっくりと吸い込む。
心臓が、けたたましく跳ねる。
炉に薪を焚べたかのように、体温が上がっていく。
目を開いて、紅玉の瞳で白骨の兵隊を静かに見つめた。
「……レッくん? どうしたの?」
レクスの様子に気が付いたキューが、ちらりとレクスを見やる。
「あぁ。……やっぱり俺もそうなんだって、思っちまってよ。」
玉蜀黍色の視線に苦笑を返しながら、レクスは熱気に当てられ温もった腰を上げた。
身体が、熱を持っていた。
それはレクスの内にある闘志が、抑えきれなくなったからなのかもしれない、と。
レクスはそうとしか思えなかった。
傷だらけの身体は限界を忘れたかのように、痛みを感じなくなっていた。
目の前で戦っているアオイとレイン。
今、ここに来れていないカルティアとマリエナ。
砲撃を放ったクオンと、恐怖心を抑えてタイミングを知らせたキュー。
彼女らの想いに、応えねばならない。
そう思うと、力が湧き上がってくるような気すらしていた。
黒く硬い地面から立ち上がり、黒嵐をきつく握り込む。
冷たい硬質な黒さとは裏腹に、体温が移っていたためか温かかった。
結局は、レクスのエゴなのかもしれない。
そう思えども、我慢がならないのだ。
レクスの意思は、一つ。
(……やっぱり、性に合わねぇな。守られているってのは……よ!)
口元を僅かに上げ、にやりと笑った。
レクスとて、争いは好まない。
されど、己の身中に厳しく封じ込めていた獰猛な闘争本能は、その首を擡げていた。
守るべき者に守られているという事実を、その本能は是としない。
厄介なものだ、と。
そんな気が、ふと過った。
(……俺も、似たもの同士か。)
レクスはキューに視線を投げた。
「キュー。クオンを頼むぞ。」
「え!? レッくん、そんなボロボロなのに……!? だ、駄目だよ! 二人に任せて……。」
「……悪ぃな。どうやら、性分みてぇだ。あいつらが戦ってんのに、俺が黙って見てるのは……どうやら性に合わねぇらしい。」
「レッくん……。」
柔らかく微笑むレクスに、キューは力なく眉を落とした。
ぱたぱたと動く翅も、何処か不安げに動いていた。
「……死んじゃうかも、しれないんだよ?」
「はっ……。馬鹿言え。死ぬ訳にはいかねぇし、そのつもりもねぇんだ。こんなとこでくたばんのは、まっぴら御免だっての。……アオイやレインに戦わせといて、のうのうとしてる方が苦しいんだ。だから、よ。」
「……レッくん。死なない?」
「当たり前だ。無様は……晒さねぇよ。」
にこやかな笑みを浮かべたまま、レクスはおもむろにデイブレイクを引き抜く。
冷たい刀身が、不安そうに見つめるクオンの翡翠の視線を映していた。
かちゃり、と。
デイブレイクと黒嵐を連結させた。
体力も、気力も限界の筈なのに、前へ前へと動きたくて仕方がなかった。
立ち上がり、向かい来る屍骨の兵隊を紅玉の瞳に映す。
ちらり、とクオンに顔を向ける。
今にも泣き出しそうに、口元をわなわなと震わせていた。
クオンに向けて、優しげに目を細めた。
「……クオン。ちょっとだけ、待っててくれよ。……もう直ぐ、出られっから。」
「なん……で……。にい……さん……は……。」
「決まってんだろ。……俺は、クオンの兄さんで。俺が、俺であるために、だ。」
顔を、正面に向け直した。
迫りくるのは、焼ける程の熱気を纏った白骨の大波だ。
アオイがどれだけ疾くても。
レインが蹂躙を重ねていても。
対応しきれないものは、数的に必ず出て来る。
僅かでも、二人に危険が及ぶ可能性はあるのだ。
だからこそ、レクスは。
その僅かなうち漏らしを、殲滅する。
それがクオンやキュー、アオイやレインを守ることに繋がるのだから。
跳ねるように、凹凸の激しい大地を蹴飛ばした。
橙色の髪を熱波が撫でる。
襤褸切れのようなローブがばさばさとはためく。
ダイヤルを捻る。
不気味な闇の炎を眼窩に灯した骸骨がひしめき合う真っ只中。
熱の残る地面に手をついて、レクスは降り立った。
「レクス!?」
「レクス様!?」
婚約者二人の驚きに満ちた声が響く。
動けない、と。
そう思っていたのかもしれない。
にやり、と。
レクスは獰猛な笑みを浮かべた。
「悪ぃ……我慢、出来なくなっちまった。」
骸骨たちが、がたがたと乾いた音を鳴らし合う中。
レクスは、腕を回しながら引き金を引き絞った。
三十発の微細な光弾は、威力は弱くとも牽制には充分過ぎる程の威力を誇る。
仰け反らせる事など、容易だった。
姿勢が崩れれば、後は魔核に刃を這わすだけ。
妹と、戦友、そして愛する者たちを守る為に骸骨たちを押し返していった。
そんなレクスを、何とも言えない眼で見据える。
一つの、翡翠の眼があった。
◆
「……どうして……なのですか……。」
それは、無意識のうちに呟いてしまった言葉だった。
クオンは、心身が限界の筈だった兄が奮闘する様をただただ見ていた。
戦場の中を、レクスは縦横無尽に駆け回る。
傷つきながらも獰猛に舞い踊るレクスの姿に、幼い頃に憧れた兄の背中が重なる。
さっきまでは、手が届くほどあんなに近くにいたのに。
兄が、遠くへ行ってしまった。
そんな気すらしていた。
そして、もう一つ。
レクスが言った言葉に、クオンは苦悶で胸を締め付けられるような感覚を覚えていた。
『俺の、大切な人たちだ。』
レクスが二人をそう呼んだ瞬間。
クオンの心臓が、悲鳴を上げたようにきりきりと痛みだしたのだ。
はっ、はっと苦しく喘ぎ、呼吸さえ乱れてしまうほどだった。
少し前までは顔すら見たくない、とそう思って居た筈なのに。
厭らしい視線だと、そう思っていた筈なのに。
嬉しそうにほころんだ笑顔が、自分に向けたものではない、と。
そう思うと、クオンの頭にはぐちゃぐちゃな感情が湧き上がってしまうのだ。
その感情の名前を、クオンは知らない。
思い出させないように、最後の一線は越えないように、硬く蓋をされている感覚すらあった。
身体を走る絶望的なほどの無力感と、針の筵に座らされながら胸を締め付けられるような苦痛が、クオンの心身を苛め抜いているかのようだった。
「どうして……なのですか……!?」
理由のわからぬ感情に、クオンは再び無意識に呟く。
「……クオン、ちゃん……。」
胸元を手で押さえ、ぷるぷると震えながら俯き、蹲るクオンを。
玉蜀黍色の瞳で、妖精は悲しみを携えたように見下ろしていた。
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