殺戮の人形
アオイが戦場を忙しなく動き回る一方。
レインはその場から殆ど動かなかった。
目の前に迫るは、乾いた骨の音を立て、黒い炎を目に灯した多数の屍骨兵。
生きる者への恨みを持って、レインを見ているようだった。
だが、レインはゆっくりと目を閉じて呼吸をするだけ。
慌てふためく様子もなく、ただ落ち着き払っている様子だった。
目を、開く。
澄み渡った青銅色の眼が顕になり、屍骨兵を見据えた。
「……既に仕込みは終わっているです。何処からでも、お客様への応対は出来るです。」
くい、と。
スカートに手をかけ、お辞儀をする。
立派なカーテシーだ。
レクスのメイドとして、嫁として。
最大限にお客様をおもてなししなければならない、と。
レインは心に決めていた。
相手は人ではない。
心の無い魔獣だからこそ、レインはとことん冷徹になれるのだ。
”グゥアァァァァァァァァァァァァァァァ!”
レイン目掛けて剣を振り上げ、殺到する屍骨兵たち。
目の中に灯った炎は、レクスたちもレインも見境なく命を奪おうとしているかのようにすら見えた。
「……五月蝿い、です。レクス様のためにも、あちしがお片付けするです。」
レインは、静かに腕を胸の前で交差させた。
すぐに両手を拡げ、十指をピアノを弾くかのごとく波打たせる。
ひゅん、ひゅん、ひゅん、と。
”何か”が、僅かな光を反射しながら風切り音を鳴らした。
直後。
眼窩に灯った闇の炎が、一斉に掻き消えた。
レインに殺到していた屍骨兵たちが、一瞬で細切れになり、物言わぬ魔核へと変わり果てる。
ころころと落ち行く魔核に、レインはふぅと溜息を零した。
「……この程度なら造作もない、です。」
青銅の瞳は、ただただ感情も無い人形のように。
散らばりゆく魔核を眺めていた。
◆
それは、レインが修練を受け始めた時だった。
ルナとアオイの模擬戦を眺めながら、レインは自分は何が出来るのかを只管に悩んでいた。
目の前で行われているルナとアオイの模擬戦は、熾烈を極めている。
アオイは必死そうであったが、ルナはいたって涼しげな顔を浮かべていた。
きん、きん、と絶え間なく鳴り響く楽器のような剣戟音に、眼が追いつかない程の速さ。
元々、レインは戦いを好む性格ではない上に、剣を振るうなどド素人もいいところだ。
魔術だって聖魔術の中級止まりであり、イリアのように光属性魔術も使うことが出来ない。
眉を落とし、口元も下がってしまっていた。
(あちしには……何が出来るです?)
レクスを助けたい、と願う気持ちに嘘偽りはない。
されどその実力はない、と。
アオイとルナの模擬戦を見ていたレインはそう、言われ続けているように感じていた。
「レインさん。」
急に届いた声に、レインは驚きながら顔を上げる。
柔らかな微笑みを浮かべたルナが、いつの間にかレインの目の前に立っていた。
アオイと模擬戦をしていた筈だが、ルナの整った顔は汗一つ見当たらない。
後ろを覗き込むと、土塊の地面で仰向けに倒れ込んだアオイがいた。
「はぁ、はぁ」と激しく、豊かな胸を上下させ、必死に空気を取り込もうとしている。
顔からは滝のように汗が流れ落ちていた。
どうやら、アオイの実力よりもルナの力が相当上位に位置するらしい、と。
その状況が、ありありとレインの瞳に映していた。
それと同時に、レインの顔は青褪める。
(あ、あちしも……こんなことをするです……?)
アオイのような修練を自身がルナと行えば、倒れ込むどころか死んでしまうかもしれない、と。
そう思ってしまったのだ。
「……あちしには、無理、です……!」
顔を強張らせ、ぶるぶると震えるレインの姿に、ルナは苦笑を浮かべた。
「大丈夫ですよ。アオイさんはあれでいいんです。レインさんには、同じことはしませんよ。」
「そう……です……?」
「はい。レインさんに同じことをしても意味がありませんから。……ところで、レインさん。」
「なん……です?」
「レインさんはメイドさんだとお伺いしました。得意な家事は、なんですか?」
「……へ? 得意な、家事、です?スキルとかではないですか?」
予想だにしなかった問いに、レインは一瞬、頭の中が真っ白になった。
きょとんとした顔を浮かべるレインに、ルナはこくんと肯く。
「そうですよ。レインさんの得意な「家事」です。もしかしたら、その中で自然としていることがあるかもしれません。得意でなくても、日課などでも良いですね。「スキル」はあくまで補助です。毎日でなくても続けていること。それがレインさんの戦う武器になることがあります。絶対ではありませんが、ヒントが隠れているかもしれませんから。」
「あちし……は……。」
先程までの修羅のような雰囲気とは異なり、にこやかに微笑みを浮かべたルナを前にして。
レインは少し、額に手を当てて考え込んだ。
レインはメギドナに雇われてからというもの、メギドナの屋敷で行えることはだいたいレインも出来るようになっていた。
「あちしは……だいたいどんなことでも出来るです。お料理に、お掃除、お片付けにお洗濯も出来るです。」
「充分に凄いことじゃないですか。うちも兄さんがお掃除を出来ないので、私の家も手伝って欲しい位です。……他に得意なことがありますか?」
ルナの言葉にレインは一つだけ、ピンと来るものがあった。
だがそれは、戦闘には絶対に役に立たないと言い切れるだろう代物だった。
言っても無駄だろう。
そう思いつつ、レインは口に出した。
「……あとは、お裁縫です。あちしが一番得意だと思うことです。」
自信を無くし、小さな声で呟くレイン。
戦闘技能でもなければ、殆ど趣味の域だ。
役に立たない、と。
そう言われるだろうと思っていた。
だが、ルナの反応はレインの想像とは異なっていた。
「お裁縫……ですか。なるほど……。もしかすると、”あれ”がいいかもしれませんね。」
レインの言葉に、ルナは少し考えこむような素振りを見せたのだ。
思ってもみない言葉に、レインは見開いた青銅の眼をルナへと向けた。
「え……お裁縫が戦いの役に立つです?」
「それは、やってみないとわかりません。……ですが、面白いと思いますよ。」
にこり、とルナが優しそうに微笑んだ。
「……それでは、”それ”を取ってきます。少し、待っていてくださいね。」
「……? わかった、です……?」
微笑みながら踵を返すルナの後ろ姿を、訳が分からないままレインは見つめるだけだった。
そうして、それから僅かに時間がたった後。
ルナは、キラキラと銀色に光を反射する、”あるもの”を取ってきていた。
そのキラキラとした銀色の物体に、レインは首を傾げた。
「お待たせしました。……こちらはどうでしょう?」
「これは……武器? です? とても……そうは見えないです……。」
一般的に「武器」と言われたら、剣や槍、斧や弓をこの国では思うはずだ。
中には盾やレクスの魔導拳銃を答える者もいるだろう。
レインも、全く同じだった。
だがルナが持ちだした”武器”は、世間一般的には武器とは言わない代物だった。
強いて言えば、”道具”だろうか。
レインも”その道具”自体は知っているものだった。
訝しげに、レインは目を細めた。
「……ルナさん、おちょくってるです? これは、どうみても……。」
武器じゃない。
そう言おうとした時、ルナは首を横に振った。
「確かに、普通に使えば武器にはなりません。……ですが、道具は使いよう、ですから。」
「……そう、です? ピンと来ないです……。」
朗らかな笑顔の圧に押されるかのように、レインは”それ”をルナから受け取った。
そして、レインは。
修練の中で、その類稀なる才能を開花させた。
◆
”ガジャァァァ!”
同類の残骸を踏み台にして、屍骨の兵がレインに斬りかかる。
空中に跳び上がり、腕を大きく振りかぶって。
鋭利に研がれた骨の刃を、レインに叩きつけようとしていた。
レインは、その場から動かない。
振り下ろされる刃を、ただただ待っているだけのようにすら思えた。
「レイン! 危ねぇ!」
焦燥したレクスが叫ぶ声が聞こえた。
「……大丈夫です。レクス様。」
だが、レインはおもむろに右手を上げるだけ。
きゅ、と。
中指と人差し指を曲げた。
瞬間。
きら、きら、と何かが光った。
”ガ……ジャ……!?”
空中にいるはずの屍骨兵が、その場で静止した。
まるでレインの前に、一瞬で空中に縫い付けられてしまったかの如く、屍骨兵は動かない。
そんな屍骨兵の表面を、きらきらと細い金属の光沢が這っている。
それこそがレインの武器。
「鉄糸」だ。
レインの指先には、極細の鉄糸が巻き付けられている。
既に、屍骨兵がレインに向かって来た瞬間には、準備は終わっていた。
指先の僅かな動きに機敏に反応し、極細の鉄糸が罠の如く屍骨兵に巻き付けられたのだ。
巻き付けられ、絡み付いた鉄糸によって、屍骨兵はわたわたと藻掻くことすら出来ない。
みし、みしと張り詰めた糸の締め付けが無情にも鳴き始める。
振り上げた剣も振り下ろせないどころか、絡め取られた屍骨兵の全てはレインの掌の中だった。
レインは、真っ直ぐに屍骨兵を見やる。
冷たく、感情もない無機質な眼差しだった。
「……さよなら、です。」
くい、と。
レインは五指全てを握り込んだ。
絡み付いた糸が、一斉に屍骨兵を縛り上げた。
瞬間。
張り詰めた糸が伸びきり、屍骨兵の骨に食い込む。
極細の糸にかかる圧力は、持った剣を振るう場合とは比べものにならない。
白い骨が限界を迎えたらどうなるだろうか。
極細の糸は、名剣と遜色ない斬れ味の刃に早変わりするのだ。
屍骨兵は、瞬時に全身を斬り裂かれてバラバラに砕け散った。
からん、からんと骨が落ちる音と共に、魔核も落ち行く。
えげつない、と思える光景。
だが、レインは青銅の瞳を逸らさず、真っ直ぐ屍骨兵を見据えていた。
極細の鉄糸は非常に扱いづらいが、己の指先一本だけで拘束や切断を操れる。
しかも相手にとっては見えづらく、非常に厄介な武器だ。
レインは、僅かに口元を下に向けた。
(……本当に、危険な武器です。だからこそ……。)
レインは己の才能が現れたこの武器を、自分自身で恐れていた。
一方的に相手に生殺与奪を操ることが出来るのだ。
少しの弾みで、生身の人間を殺してしまう事など造作もない。
レインはその不安を、修練中にルナへと尋ねた事があった。
その不安に対し、微笑んだルナにこう、教えられた。
『大丈夫ですよ。レインさんが優しい心を持っている限り、その心が道を踏み外させる事はありません。……貴女の鉄糸の才能は、人を傷つける為にあるのではありません。大切な者を守り、傷つけさせない為にある。その心を常に思うことです。力には責任が伴うのは当たり前ですし、どんなものでも使い方を誤ればいとも簡単に命を奪えます。それは、どんな力であっても変わりません。貴女は、それをわかっている眼をしていますから。』
そのルナの言葉が、レインを押し出した。
(……もしも、この力があればメギドナ様を止められたです?……考えても、仕方がないです。あちしは……!)
ふと、レインは元の主のことを思った。
もしもこの力を持っていれば、メギドナを止められたかもしれない、と。
しかし、たらればを考えても仕方がないと思い返す。
レインは《《今》》、その力を手にしているのだから。
(あちしは……この力をレクス様やアーミア様、マリエナかいちょーやカルティア様、アオイさんや生徒会の皆……あちしの居場所を守る為に使うです。これが、あちしの力の意味の筈、です!)
レインが青銅の瞳を輝かせた。
ころ、ころ、ころ、と。
ゴシックロリータのレースの隙間から、鉄糸の玉が数個、転がり落ちた。
鉄糸の玉はすぐに風を切って伸び切り、不可視の刃となる。
ふぅ、と。
息を、吐いた。
目の前に拡がるのは、レインの大切な者を奪い、傷つける存在が群れを成している。
命を奪うだけの意思なき存在。
そんなものに、レインは容赦などする筈もない。
二度と涙の雨を流さぬように、レインはこの力を振るうのだ。
大波が打つように迫る屍骨兵の集団に向かい、十重二十重に鉄糸を地面に這わせる。
レインの青銅に輝く瞳は、揺れ動く事もなく大波を見据えていた。
「……あちしの大切な……レクスに手出しはさせないです! 悪いですが……お帰り願う、です!」
声と同時にレインは腕を組み、指先を引いた。
純白のフリルを靡かせて。
殺戮人形が蹂躙を開始した。
お読みいただき、ありがとうございます。




