二人の真意
突如としてレクスたちの前に姿を現した二人。
灼熱の熱気が漂う洞窟だった筈だが、二人とも涼やかな顔を浮かべ、汗の一つもかいていなかった。
アオイとレインの姿に、レクスは大きく目を見開いた。
二人の衣装は、レクスが見た覚えのある衣装とは大きく異なっていた。
アオイの衣装は、何時も任務や依頼で着ていた「シノビ」の服ではない。
「シノビ」の服は顔や身体のシルエットを隠す為なのか、目元を出した全身黒装束であり、だぼっとしたものだった。
レクスも出会った当初には、アオイの男女の区別すらつかなかった程だ。
だが、目の前のアオイの衣装は全くと言っていいほど違っていた。
垂れ下がった、レクスの目を模したかのように紅いマフラー。
髪も目元も、外に露出していた。
鉄製の額当てを着けた黒い鉢巻きを巻いている。
顔で隠れているのは、口元のみ。
黒い衣装なのは変わりがないが、変わっていないのは色だけだ。
豊満な胸元の合わせ目に大胆な網目のメッシュがあったり、肉付きのいい太腿を半分晒しているなど、かなり艶やかで女性的なシルエットを惜しげなく晒していた。
両腿に巻かれたベルトには、研ぎ抜かれた牙のようなクナイが数本ほど差し込まれていた。
履いているのは草履のようだが、足先には鈍く光る金属があしらわれている。
近いのは、傭兵ギルドのルナの衣装だろうか。
アオイの可愛らしくも美しい魅力を、存分に引き出した衣装になっていた。
その手元には、抜き身の匕首が光る。
どうやらその匕首で骸骨兵たちを曳き斬り、薙ぎ払ったようだった。
アオイの姿を目にしたクオンも、呆気に取られたように呆然と視線を向けていた。
「アオイ……なんでここに……。」
「…うちは、レクスを助けたかった。…旦那さまを助けるのは、大和の嫁の勤め。…心配してた。…無事で、よかった。」
「追って……きたのか……?」
「…うん。…レクスの匂いは、うちが覚えてるから。」
「……匂いで、か?」
「…そう。…レクスの匂いは、凄くわかり易い。…大丈夫。…とても、いい匂いだから。」
レクスの言葉に小さく肯いた後。
ちらり、とアオイがクオンへ視線を移した。
片腕を喪い、眼に大きな傷を受けたクオンの姿に、アオイの眼は僅かに曇る。
「アオイ……さん?」
「…クオンも生きてる。…生きてて、よかった。」
されど安堵したように、目を細めた。
レクスはレインへと視線を移す。
レインはふりふりなレースがふんだんに使われた、雪のように真っ白なゴシックロリータを着用していた。
何時ものメイド姿や制服姿でもないレインの衣装は、レインに似合っている。
だが、レクスから見てもこの場には明らかに不釣り合いと言えるだろう。
それも、レクスとのデートで買ったゴシックロリータとは、少し意匠が違っているような気がしていた。
レクスにはゴシックロリータの細部の変化など分からない。
だが、どうも「見覚えがない」気がしていたのだ。
フリルが、多すぎた。
レインの豊かな胸元や腰回り、スカートに至るまでレースのフリルで満遍なく覆われている。
ふわりと靡いたスカートからちらりと覗いた太腿には、レース付きのロングソックスに加え、支える為のガーターベルトがレクスの眼に映る。
白手袋もはめているが、その指先がキラキラと光を放っていた。
全身真っ白のレインは、レクスにとって何処か新鮮に映っていた。
だが、それ以上に。
戦う術を持たないと思っていたレインがここにいることの方が、レクスには驚きだった。
くるりと振り返ったレインは、上品に微笑む。
何処かのお嬢様然とした仕草は、芸術品のようにたおやかだった。
「レクス様。お迎えに来たです。あちしたちと一緒に帰るです。」
「レイン……。どうしてレインまで……。」
「決まってるです。レクス様はあちしたちの大切なお方だからです。それに、レクス様のお世話はアーミア様から言付かっているですから。本当はカルティア様もマリエナかいちょーも来たがってたです。でも、あちしたちしか来る事が出来なかったです。」
「……そう、だったのか。」
「御二人もずっと心配していたです。帰ったらきちんと埋め合わせをして欲しいです。」
「…その通り。…ダンジョンから二日も帰って来ないから。…ずっと心配だった。」
「二日……もうそんなに経ってたのかよ……。」
アオイも淡々と割り込む。
レクスは、黙って顔を俯かせた。
二人の想いは、レクスにひしひしと伝わっていた。
危険がそこら中にあるダンジョンに脚を踏み入れたことを、レクスは批難することなど出来ない。
二人の顔を見ることが出来た嬉しさも、もちろん大いにあったことは間違いない。
だがレクスは大切な二人を、危険なダンジョンへと赴かせてしまったという事実を重く受け止めてしまっていた。
大切な人を守る為にダンジョンへと赴いているのに、アオイたちが傷つくというのは本末転倒も甚だしい。
そう思うと、レクスの胸がじくじくと痛んだ。
しかし、そんなレクスを見抜いていたかのように、アオイとレインは柔らかな視線を向ける。
「…レクスが気に病む必要はない。…これは、うちらが望んだこと。」
「そうです。レクス様が気にする必要はどこにもないです。あちしたちは、あちしたちの意思でここにいるだけです。」
「……悪ぃな。二人とも。」
レクスの言葉に、二人は揃って首を横に振った。
「…違う。…うちらはレクスから謝られたい訳じゃない。」
「そうです。レクス様のかける言葉は全く別の言葉の筈です。」
「……そうだな。」
二人の言葉に、レクスはふぅと溜息を溢した。
一瞬傷んだ胸が、じんわりと温かくなった。
同時に、レクスは己を恥じた。
レクスは幼馴染たちのことが気にかかるばかりで、カルティアたちが危険に晒されなければいい、と。
そう思っていたのだ。
しかし、現実は違っていた。
二人とも、更にはカルティアも、マリエナも。
「籠の鳥」でいたくないだけなのだ。
守られているだけの存在ではない。
外敵から身を守られ、餌を与えられるだけ。
それでは、大空を羽ばたくことなど絶対に出来ないのだ。
(……カティにも、マリエナにも。謝らなきゃいけねぇな。……そりゃ、そうか。俺だって同じだ。)
レクスは口元を上げ、苦笑を溢した。
守られるのではなく、共に歩む。
それこそが、カルティアたちの想いだったのだと。
そう、気付かされた。
レクスは顔を上げる。
「……ありがとう。アオイ、レイン。」
「…ん。…それで充分。」
「あちしたちを、信じるです。」
レクスの言葉に、アオイとレインは満足そうに肯いた。
その間も、じりじりと骨の兵隊がレクスたちに飛びかかろうと足を進めて来ている。
二人はレクスたちに背を向けながら、レクスたちを挟んで背中合わせに移動した。
「…レイン。…行くよ。」
「あちしも準備は出来てるです。」
レクスの声を聞いたからなのか。
アオイとレインの二人からは、恐ろしい程の殺気が放たれていた。
寄らば斬る、と。
辺りの空気に刃が散らばったような、肌が斬り裂かれる感覚をレクスは覚えていた。
二人の雰囲気に当てられ、キューはぶるりと身体を震わせる。
クオンも戸惑いを隠せないのか、アオイとレインの二人を交互に見ていた。
「ね、ねぇ、レッくん。この二人は……?」
がくがくと身体を震わせ、キューはレクスへと顔を向けた。
キューが怖がるのも無理もない。
二人の身に付けた力が研ぎ澄まされていることを、レクスは感じ取っていた。
苦笑いしながら、キューに顔を向ける。
「ああ。あの二人は……。」
レクスが言葉を言おうとした瞬間。
「…始める。」
「いくです!」
ドン、と二人が足を踏み込んで。
白骨の兵隊たちへと突貫していった。
「俺の、大切な人たちだ。」
少し照れるように、にぃっと笑った。
お読みいただき、ありがとうございます。




