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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第伍章 迷宮の弓命・まもりぬくもの編

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隻腕の再起

 せり出した黒く硬い岩に背を預け、クオンは震えていた。


 身を竦ませて、縮こまるように蹲っていた。


 薄暗く不気味な隧道を背に、クオンはその先を覗き込む。


 鳴り止まない炸裂音と、地面を通じて響き渡る衝撃。


 左目に宿る翡翠の瞳には、屍骨龍の攻撃をいなし続けるレクスの姿が、克明に映っていた。


 隧道の陰に隠れ、「大嫌いな男」の戦いを目の当たりにしていた。


 只管に防戦一方なレクスは、三ツ首の魔犬や異形と戦っているときとは違って明らかに苦戦を強いられているのがはっきりと見て取れてしまった。


 自身を置いて、一人で屍骨龍に立ち向かうレクスはどう考えても劣勢にしか見えなかった。


 大嫌いな男が痛めつけられている姿に、普通ならばスカッとするような気分が湧き上がるのかもしれない。


 それは村から出たばかりのクオンならばそう思っても仕方なかっただろう。


 浮き足立ち、嫌いな兄を見下す事などなんでもなかったからだ。


 だが、今は。


 胸が、がちがちに締め付けられる程に苦しかった。


 心臓を思いきり握り込まれたかのように、息苦しさを感じていた。


 心拍は、早まる一方。


 だが、それでも。レクスと屍骨龍の戦いから、目を背くことが出来なかった。


 理由なんて、考えずとも答えは出ていた。


「にい……さん……。」


 無意識に、震える声が口から漏れ出した。


 大嫌いな男の筈なのに、粗相をした自身を当たり前のように受け入れてくれたからだろうか。


 大嫌いな男の筈なのに、自身を優しく撫でてくれたことだろうか。


 大嫌いな男の筈なのに、目と腕を失った自身に寄り添ってくれたからだろうか。


 否、それらではない。


 それらも要因の一つではあるだろうが、もっと単純な話だった。


『レクスが死ぬ姿を、ただただ見たくない。』


 それだけの話なのだ。


 クオンが寄り添った温もりを、喪いたくない。


 既に、クオンの中ではレクスへの嫌悪感などどうでもよくなっていた。


 何時もクオンの危機に颯爽と現れる大嫌いな兄。


 だが、そんな兄にクオンは「甘えたい」と思ってしまっていた。


 嫌いなのに、心を惹かれる二律背反の感情(パラドックス)


 相反するのに、どちらの感情も心の中に根付くレクスの存在が、クオンの心をかき乱していた。


 クオンの脳裏で、それはぐるぐると渦を巻いていた。


 眼前に映る激しい攻防の光景は、クオンの心を酷くざわつかせた。


 レクスが紙一重で攻撃を抑え込んでいるが、何時レクスが物言わぬ骸となっても可怪しくない状況に、気もそぞろだった。


 左手を、ぎゅっと握りしめる。


 俯いて、唇を噛んだ。


 弓矢も、腕も、利き目も。


 どのみち全てを喪ったクオンに打つ手などないのだ。


 それは、クオン自身が一番わかっているのだから。


 そんなクオンの姿を、キューは沈んだ顔で覗き込んでいた。


「……私は、なんで何も出来ないのです……!」


「……クオン、ちゃん……。」


 無力さを嘆く呟きに、キューも口の端を曲げて何も言えなかった。


 クオンの視線の先では、屍骨龍にいたぶられているレクスの姿があった。


 どうにか剣で応戦しているが、それも時間の問題なようにさえ思えた。


 キューも、レクスの戦う姿を見やる。


 その瞬間だった。


「レッくん!」


「にいさんっ!」


 二人揃って、悲痛な叫びを上げる。


 跳び上がった屍骨龍の尾の一撃が、レクスから剣を剥ぎ取った。


 吹き飛んだレクスの身体が、ごろごろと地面を転がる。


 カラン、と金属が地面に叩きつけられる音が響く。


 血に塗れて傷だらけの兄の姿は、痛々しかった。


 居たたまれず、クオンはスカートをくしゃりと掴んだ。


 リュウジの言葉や伝説のスキルに浮き足立っていたばかりで、肝心な時に力を出せない自分が恨めしかった。


 クオンの隣で、キューも身体を震わせる。


 すると、一点を見つめたキューの眼が大きく見開かれた。


「……あっ!? クオンちゃん! あれ!」


 顔を上げたキューが慌てたように指をさす。


 声につられて、クオンはキューの視線の先を追った。


 黒い地面に、きらりと。


「あれ……は……?」


 黒く輝く鋼鉄の物体が、地面に横たわっていた。


 その物体はきらりと光を反射する。


 クオンへ「こっちへ来い」と言わんばかりの光を反射する”それ”に、クオンは目を見張り、息を呑んだ。


 地面を転がり、這いつくばった兄がなんとか起き上がろうとしている。


 それを嘲笑うかのように、屍骨龍は腕を振り上げた。


 時間はない。


 レクスの命が潰えようとしている。


 そう思うと、”それ”は天啓のようにすら思えた。


「クオンちゃん!?」


 身体が、勝手に動いていた。


 クオンは隧道から飛び出し、駆けた。


 脇目も振らず、その黒い物体へ向かう。


「にい……さん……!」


 手を、伸ばした。


 指先が触れる。


 まだ、温かかった。


 レクスの体温が残る、無骨な鋼鉄。


 落ちていた黒い鋼鉄の物体を、クオンは素早く左手で掴み取った。


 ◆


 這いつくばるレクスを、屍骨龍が見下ろす。


(死ぬ……訳には……いかねぇっ!)


 必死の形相で肘を突き立て、立ち上がろうとしていた。


 命に縋り付くレクスを見下すように、無情にも屍骨龍が腕を大きく振り上げた。


 顔を歪ませ、屍骨龍を見上げる。


 レクスは肘に力を込め、上体を起こした。


 瞬間。


 ”ドン”、と。


 聞き慣れた発砲音が響いた。


 射出された光弾は、豪速で屍骨龍へと直進する。


『ガウァァ!?』


 直撃。


 光弾は、屍骨龍の右眼窩へと撃ち込まれた。


 ぐらりと、屍骨龍が怯んだ。


 驚愕の表情を浮かべ、レクスは光弾の射出された場所へと目を向ける。


 そこには。


 煤けた濡羽色のツーサイドアップが、ふわりと揺れていた。


「はぁ……はぁ……。」


 肩で息をする少女は、銃口から白い煙を上げた黒嵐を、残された左手で構えていた。


「にいさんは……死なせないのです。」


 水滴を溜めた左眼で、屍骨龍を見据えている。


 両の脚で真っ直ぐ立つ、クオンの姿がそこにあった。

お読みいただき、ありがとうございます。

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