無謀の抗戦
爆風が収まり、屍骨龍が地面へと降り立った。
平らだった台地は、龍の息吹でごつごつと凹凸のある地面に変貌していた。
爆煙の中、何かを探し求めるように首を動かす。
屍骨龍の眼窩に灯る、妖しく揺れる黒い炎。
瞳などないその眼が、動いているようであった。
爆煙が、晴れる。
光球の炸裂した場所には、クレーターが出来ている。
そこに、無惨な死体の姿はなかった。
クレーターの三歩先。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
地面に剣を突き立て、膝をついている人影があった。
ローブのフードは力なく垂れ下がり、橙の髪は土埃や砂で煤けている。
髪の間からは、未だ燃え盛る紅炎の如き瞳が覗く。
額を切ったのか。
左目にかかるように血がぽたぽたと流れ落ちていた。
レクスは、生きていた。
紅き瞳は、屍骨龍へ鋭く視線を向けている。
あの時。
レクスは咄嗟に、大きく後ろへと跳んでいた。
黒嵐を投げ捨て両手でデイブレイクを掴むと、その場へ思いきり突き立てたのだ。
荒れ狂う衝撃波も、爆煙も。
レクスは突き立てた剣にしがみつき、耐え抜いていた。
絶対に死ぬことは出来ない。
その想いが、レクスを突き動かしていた。
「……よくも……、やりやがったな……!」
恨み言を溢すように、レクスは呟く。
それは、恐怖を誤魔化す為の強がりにも思えた。
レクスを見つけ、屍骨龍がおもむろに身体を向ける。
眼の炎を、明滅させていた。
『君も、一緒になろう?』
そう言っているようにも思えたのは、ダンジョンの魔獣が死者の魂である事を知っていたからであろうか。
「……死んでも、御免だ。」
血の混じった唾を吐き、否定するように口に出した。
瞬間。
『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』
咆哮と共に、屍骨龍がレクスへ向けて飛びかかった。
突風のような速度で、レクスに迫る。
顎が大きく開く。
揃った無数の歯は、全てが名剣かと見まごう程に尖っていた。
噛まれようものなら、そこは綺麗にきり取られるのだろう。
だが、レクスは両手で剣を構え直しただけ。
膝を折り、右肘を上に上げる。
剣先は下を向くが、屍骨龍へ向けられていた。
眼は、逸らさない。
既に顎はすぐそこまで来ていた。
「……はっ!」
威勢の良い掛け声と共に、剣を打ち下ろす。
”カァン”、と。
高い音が響いた。
デイブレイクは、屍骨龍の側頭を打ち据えていた。
切れはしなかった。
だが、側頭を打ち据えたことで軌道はずらされた。
同時に、レクスの身体も横に逸れる。
紙一重を白い骨の身体が撫でた。
身体の擦れ擦れを通り抜けた頭に向かって、足を振り上げる。
蹴り抜いた。
もちろん打撃が与えられる訳ではない。
だが蹴り抜いた反動で、レクスは屍骨龍から少し離れた。
距離をとって、再びデイブレイクを構え直す。
(……死ぬ訳には、いかねぇんだよ!)
現状、勝てるビジョンが想像出来なかった。
だがそれでも、死んでいい訳ではない。
自身もクオンも生かす為、ダンジョンからの脱出の為にレクスは立っているのだから。
屍骨龍は顔を上げ、悠然とレクスを見下ろしていた。
再び剛腕が振り下ろされる。
剣で受けつつ、逸らす。
衝撃。重い一撃に、腕が痺れた。
腕が地面を叩く。
小石が舞った。
すぐに腕が振り上がる。
掌撃。再び剣に当てる。
どうにか逸らした。
痺れが強くなる。
それでも、レクスはデイブレイクを手放す訳にはいかない。
それは、レクスが背負うものを全て放棄してしまうことになるから。
(……考えろ……!どっかに活路があるはずだ……!)
攻撃を受け続けている間も、レクスは必死に思考を回す。
既に、切れた額の痛みなど忘れていた。
絶え間なく頬を伝うのが汗なのか、血液なのかなどわからない。
デイブレイクを振り続け、只管に掌撃を捌いていく。
捌いても、舞い上がる小石の破片が礫となってレクスを襲う。
礫は防ぎきれるものではない。
だが、気にしても仕方がなかった。
礫を浴びようと、死ぬ訳ではないのだから。
重い掌撃の雨を両手で持ったデイブレイクで捌ききろうにも、限界があった。
腕にじんじんとした痺れが溜まり、捌くたびに増幅されていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……ぐうっ……」
呼吸の間隔すら探る程、レクスは追い詰められていた。
絶え間のない攻撃への対処と、活路を見出す為の思考。
オーバーフローを起こしそうな現状に、身体が悲鳴を上げていた。
屍骨龍は、炎を灯した眼でレクスをただ見下げるだけ。
感情などは読み取れないが、ただただ殺意だけは感じ取っていた。
喰らう為なのではない。
ただ、殺す為だけに動いているようであった。
”キンッ”と。
音が鳴り、デイブレイクで幾度目かの攻撃を弾いた。
一瞬、キーンという耳鳴りが響いた。
(……こりゃ、不味い、な……。)
体力は、じわじわと削られている。
ごくごく僅かなふらつきも、太刀筋に見えていた。
そんなレクスの動きを感じ取ったのか。
屍骨龍が、動いた。
突然、掌撃を止めた。
ぐん、と。
巨軀を沈める。
レクスが違和感を感じたのも束の間。
”ドォン”と。
屍骨龍が、地面を蹴り上げた。
台地が揺れ動く振動。
レクスはふらつく身体を抑え込む。
屍骨龍は身体を仰け反らせた。
浮き上がった巨軀を縦に翻した。
すると、必然的に。
蛇腹状になった、白く硬い尾も回る。
骨で出来たそれは鞭のように撓り、レクスに襲いかかった。
「ぐぅっ……!?」
それは、ほぼ反射的だった。
レクスは向かい迫る尾に、デイブレイクを添えた。
もろに打ち据えられたら、レクスは簡単に空に舞ってしまうだろう。
硬質な尾が、デイブレイクを打ち据える。
だが勢いは、殺しきれなかった。
「がっ……!」
レクスの手から、デイブレイクが弾き飛ばされた。
殺しきれなかった威力に、レクスはごろごろと地面を転がる。
カラン、と剣が遠くで落ちた音が虚しく響く。
レクスの全身を鋭い激痛が駆け抜けていた。
痛みに耐え、レクスは立ち上がろうと肘を着く。
身体に鞭打つレクスを嘲笑うかのように、屍骨龍はすぐそこまで迫っていた。
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