屍骨の龍王
隧道の先に、突如として現れた人骨の山。
レクスは目を見開いて立ちすくむ。
「ね、ねぇ、レッくん。あれって……。」
目の前を浮かぶキューも身体を震わせていた。
キューもその物体が人骨だと気がついたのだろう。
おそるおそるレクスに振り向いたキューに、レクスは静かに首肯で返した。
「にい……さん。」
僅かに上ずり、震えたクオンの声がレクスの耳元に届く。
唐突に現れた屍の山に恐れ慄くのも無理はないだろう。
「……大丈夫だ。絶対に出られるさ。」
レクスは少しだけ口元を上げ、クオンに目を向ける。
僅かに震え、顔を引き攣らせていた。
だがレクスを見て、小さく頭を振った。
肺に溜まった空気を入れ替えるように、レクスは深呼吸をする。
白骨の山に気を取られていたが、その周囲も異質な雰囲気が立ち込めていた。
レクスたちの眼前に拡がっている空洞は、今まで目にした中で最も大きいものだった。
大きな円形に広がった台地の周りを、紅い溶岩が彩る。
黒く歪な岩の壁面からは、ぽたりぽたりと溶岩の雫が流れ落ちていた。
台地は中央が僅かに盛り上がっているようにも見えたが、ほぼ平面といってよかった。
台地の上には白骨の山が積まれた以外には人間や魔獣の姿すら見受けられない。
何とも気味の悪さをぬぐえないような空洞だが、その天井は暗闇に包まれている。
何処までも続く壁に囲われたようにすら思えた程だった。
灼熱を孕む大気はそのままなのだが、なぜか背筋や腕に身の毛がよだつ程の寒気を感じていた。
それは自身の身体からの警鐘にすら思えるようで、レクスの全身から汗が滲み出ていた。
周囲を見渡せば、この空間に繋がる隧道はここだけだ。
他に、道はない。
それが意味する事は唯一つだけだった。
(ここが……最深部かよ……!)
レクスは紅い瞳を揺らしながら、口元を下げた。
ここが最奥ということならば、現れる魔獣が”ヤバい”事も頷ける。
現れるのは、このダンジョンの「主」なのだから。
「……キュー。」
レクスは視線をキューへ向けた。
「なに……かな? レッくん。」
「……クオンを、守ってやってくれ。戦いが始まったら、急いでさっき来た道に隠れといてくれ。……幾らなんでも、背負ったままじゃ戦えねぇからよ。」
レクスの静かな声に、クオンの抱き締める力が強くなった。
「にい……さ……」
か細いクオンの声が、レクスの耳には届いていた。
だがレクスは気にしないふりをして、キューに笑いかける。
キューは、震えながらも真っ直ぐレクスの紅い目を見据えていた。
「……レッくん。一人でやるの?」
「他に出来る奴は居ねぇだろ。……なら、俺がやるしかねぇ。どんな相手が来ようとな。」
キューは笑いかけながら語るレクスを見て、ふぅと溜息を溢していた。
「レッくん。……勝てるの? このダンジョンの主に。」
「……正直なところ、全然わかんねぇ。……でも、クオンはこの状態だ。キューだって戦闘は嫌だろ。なら、俺がやるしかねぇよ。」
「……死んじゃうかもしれないのに? クオンちゃんを置いて行くかもしれないのに?」
「確かにキューの言う通りかもしれねぇ。だけど、かもしれないで動けない方が、俺はよっぽど辛ぇよ。裏を返せば、こいつさえ倒せばダンジョンから出れるってことじゃねぇか。」
「それは……そうだけど……。」
「戻るのも今更だ。……それに、キューの言う事は間違ってるからな。」
「え?」
「死ぬつもりは……更々無ぇよ。」
キューは信じられないとばかりに、レクスを見る。
レクスはその場でゆっくりと屈み込みながら、クオンの足元を地面に着けた。
固く握るクオンの左手を優しく解いていく。
クオンは顔を伏せたまま、レクスから離れようとしない。
レクスの手と比べ、小さな掌だった。
だが幼い頃と比べると、ずいぶん大きくなっていた。
解いた掌を、ぎゅっと握る。
暖かかった。
「にい……さん。」
震える声。
自身へは嫌悪感を抱いているはずのクオンの声からは、一切そんな気配などは感じられなかった。
その声は、ただただ嘆くようだった。
顔を伏せるクオンに、レクスはとん、と頭に手を置く。
「もうちょっと待ってな。クオン。絶対に俺が、何とかすっからよ。」
「なん……で……。にいさんは……。」
「ずっと言ってんじゃねぇか。俺は、クオンの兄さんだ、ってよ。大切な妹のためなら、俺はどんな魔獣だろうと怖くなんてねぇ。クオンを守る為に、俺は全力をかけるだけだ。……いつだってな。」
優しい声で、子供に言い聞かせるようにレクスはクオンへと声をかけた。
後ろに立つクオンの表情は、レクスにはわかる筈もない。
小さく微笑みながら、レクスは立ち上がる。
ふぅ、と。
目を伏せながら強く、息を吐いた。
目を開けて、骨の山を見据える。
ぴくりとも動かない骨の山は、レクスを待ち構えているようにも見えた。
(……鬼でも、蛇でも出て来やがれ。逃げも隠れもしねぇからよ。)
一歩。
レクスは足を前に出す。
腰に下がった黒嵐を抜き放った。
二歩。
背中のデイブレイクを右手に構える。
刀身が紅い光を反射して、赫く染まった。
呼吸のリズムと心臓の鼓動を共鳴させ、心身を統一する。
ゆっくり、ゆっくりとその足を進めながら。
レクスは骨の山へと近づいていった。
近づけば近づく程に、異様な存在感を放つ骨の山。
そうして、あと僅かで骨の山へと辿り着くまでレクスが近寄った。
瞬間。
(……こりゃ、来やがったな。)
周囲の壁から、真赤な粒子が一斉に湧き上がった。
足を、止める。
「何……これ……!」
「な、なにが起こって……いるのです……!?」
キューとクオンの驚いた声がレクスに届く。
湧き出した紅い粒子は、渦巻くように目の前に積み上がった骨の山へと向かって振り注いだ。
それは、ある意味幻想的な光景であった。
紅い粒子がダイヤモンドダストのようにきらきらと煌めき、渦を伴って空間をところ狭しと舞い踊る。
ひとしきり舞い踊った粒子が、骨の山へと吸い込まれていくのだ。
現実離れしたような、美しさがあった。
おそらくこれが、キューの感じていた魔力の正体であろう。
紅い粒子を吸収した骨が、ふわりと浮き上がった。
一面の紅が舞い踊る中で、骨がバラバラと一つ一つ独立して浮き上がっていく。
一本一本の骨は小さいが、それらは一つの建築物を築くかのように空中で組み上がる。
決まった場所があるのか、浮き上がった骨がパズルを合わせていくように隙間なくはまっていった。
鋭い骨を組み合わせて作られた爪をもつ、巨大な両腕。
太く、巨体を支える為なのか緻密に組まれた逆関節の脚。
骨で組まれた、巨大な肋骨で隙間なく囲まれた堅牢な胴体。
背中に聳えるのは、白き枝のような翼の残滓。
そして。
鋭い牙が立ち並ぶ大顎は、前方に長く延びている。
眼が入る筈の眼窩には、闇を宿した黒い炎が灯っていた。
全てが組み上がり、”それ”はレクスの前に降り立つ。
重圧がごとき威圧感を伴って、闇の眼でレクスを見下ろしていた。
「……こいつは……!!」
あまりの存在感に、レクスは頬を引き攣らせた。
レクスの目の前に立つ骨の身体で作られた巨体。
その姿は、誰も彼もが御伽噺で聞いたことがある存在。
その「名」を知らないものは、この世界にはいない。
白い骨で出来たその巨体は、数多の伝説に登場する魔獣の姿だった。
「ドラ……ゴン……!!」
屍体の骨を積み重ねて、死者の冒涜をするように。
『ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
生命を否定するかの如く、屍骨で出来た巨大な骸骨の龍。
ダンジョンの主が、レクスの前に立ち塞がった。
お読みいただき、ありがとうございます。




