最深の息吹
未だにずっと変わることのない、黒い玄武岩質の隧道が続く。
レクスたちはひたすら歩いていた。
真紅の溶岩の流れが線を描き、こちらに来いと言っているようにも見えた。
凹凸の激しい岩の道は、歩くことさえ一苦労だ。
さらにじわじわと焼け付くような熱気が、レクスの体力を僅かながらにも削っていく。
額から滲み出した玉のような汗が、レクスの頬を伝っていた。
はぁ、はぁと息も若干荒いレクスだが、その足取りにふらつくような様子は見られなかった。
足を踏み外す事など、決して許されない。
レクスの背中には、クオンがおとなしくしがみついている。
騒ぎ立てる事もなく、ただただ無言で。
目を伏せながら、レクスの肩に顔を埋めていた。
クオンの吐息が、首筋を撫でる。
すぅすぅと深い呼吸の音がレクスに響いていた。
寝てはいないが、安息しているようだった。
「レッくん、大丈夫?」
キューがレクスの眼前でふよふよと舞う。
心配そうに、黄色い瞳でレクスの顔を覗き込んでいた。
「……心配ねぇよ。こんくらい、慣れっこだ。」
レクスはキューに向けて笑みを浮かべ、気丈に振る舞う。
しかし、キューはどこか納得していないようだった。
眉間に皺を寄せ、胸の前で腕を組む。
「本当かなぁ……。無理しないでよ、レッくん。」
「大丈夫だっての。クオンをこれ以上傷つけさせる訳にはいかねぇからな。」
「それならいいけどさぁ……。」
キューはなぜかレクスとクオンに対して、少々過保護なきらいがあった。
それを本人に指摘しようにも本人は頑なに違うと言い張るだろう。
だが、キューはレクスとクオンを記憶にないはずの「誰か」と重ねている節があるようにレクスは思えてならなかった。
そんなキューにレクスは苦笑いを浮かべつつ、ふぅと息を溢した。
「本当に問題ねぇよ。……それよりも、なんか反応はあったか?」
「そうだね……。ちょっと待って。」
キューが正面に向き直ると、透き通った翅を大きく拡げる。
深呼吸をしたかと思えば、ぼんやりと優しく光輝いた。
一瞬ののちに光は収まり、キューはくるりとレクスに振り向く。
その表情は、あまり芳しくないと言うように顔を顰めていた。
「どうだった?」
キューは首を振る。
「……この先に、とんでもなくでっかいのがいる。魔力の量が桁違いかも。」
「桁違い……。魔獣ってことか? 誰か別の人間か?」
「ごめん。そこまではわかんない……。でも、本当にすぐ近くだよ。大きすぎるから、人間じゃないとは思うんだけど……。でもレッくんみたいなのもいるしなぁ……?」
「俺? 俺がどうかしたのか?」
「レッくんの魔力も多すぎるんだよ。普通よりもとんでもなくおっきいんだから。クオンちゃんのだいたい二百倍は間違いないんだもん。」
「に、二百!? そりゃ盛りすぎだろうよ……。」
キューの言葉に、レクスは目を丸くした。
あまりの衝撃に、その場で足を止めてしまう程だ。
しかし、キューは表情を変えるどころか、うんうんと肯くのみだった。
確かにレクス自身、保有する魔力量がとんでもなく多いということ自体は知っているのだが、その総量など知る由もなかったのだ。
キューは呆れたように言葉を続ける。
「レッくんの魔力量はめちゃくちゃ多いよ。それこそこの先の何かと比べたら低いけど、それでも僅差なくらいだもの。」
「……そりゃ初耳だ。でも俺にゃ適正はねぇからな。こいつでもねぇと、幾らあったって仕方ねぇけど。」
レクスは腰に下げた黒嵐にちらりと目を流した。
レクスの相棒とも言える魔導拳銃こそが、レクスの適正無しの魔力を戦闘力に変える、唯一の品だ。
幾度となく窮地を脱せたのは、この相棒のお陰な部分も大きかった。
視線をキューに戻し、改めて口を開いた。
「……この先の魔力の大きな奴、避ける方法はなさそうか?」
「わかんない。……でも、このまま行くと絶対に当たるよ。」
「そう、かよ。」
キューの言葉に、レクスは嘆息を溢した。
今までずっと歩いてきたレクスだが、転移結晶はどこにも見当たっていない。
かと言って戻ろうにも、そこまでの道を覚えている訳でもない。
戻ったとて、魔獣が蠢いている中を堂々と突っ切ったとしても。
同じような危険が伴う事は間違いがないだろう。
(……進むも地獄、戻るも地獄か。)
二者択一。
されどどちらを選んだとて、待っているのは修羅の道なのだ。
後ろに背負ったクオンに、顔を向ける。
クオンは僅かながら不安そうに眉尻を下げていた。
「……クオン。」
「……どうしたのですか? にいさん。」
「俺に、任せてくれねぇか? この先の道はよ。……絶対、クオンを脱出出来るようにするからよ。」
「……わかったのです。にいさん。……よろしく、おねがいするのです。」
「ああ。約束だ。」
表情の曇るクオンを元気づけるように、レクスはにっと眦を下げた。
クオンを必ず地上へと戻す。
そのためならば、修羅の道など造作もないことだった。
くるりと、キューへ顔を戻す。
玉蜀黍色の目を、じっと見据えた。
「キュー。先へ行けば、魔力量の大きい奴がいるのは間違いねぇんだな?」
「……うん。……というか、この洞窟の魔力の流れがそこへ流れ込んでいるような気もするんだ。間違いないよ。」
「……そうか。なら……そこへ行くのが早いか。」
「行くんだね? レッくん。」
「どっちにせよ、変わんねぇからな。俺も結晶のある部屋なんて覚えてねぇ。……なら、進んだ方がなんぼかマシだ。」
「……うん。わかった。……じゃあ、案内するね。」
「ああ。頼んだ。」
レクスの真面目な眼差しに、キューはおもむろに首肯を返した。
キューは身を翻し、正面を向く。
ちらっと、後ろを振り向いた。
「……レッくん。ついて来て。……多分、一番やばい奴がいるから。」
「ああ。……覚悟は出来てる。」
「……聞くまでも無いよね。じゃ……行こっか。」
ふよふよと飛ぶキューの輝く鱗粉を導に、レクスは足を動かして歩みを進める。
幸いなのか、それとも嵐の前兆なのか。
周囲に魔獣の気配は、レクスには感じられなかった。
黒く隆起し、足元も悪い道。
高熱を孕む熱気に纏わりつかれながら、レクスはキューを追って進んでいった。
進むごとに、だんだんと重くるしいような気配が立ちこめていく。
前に踏み出せば踏み出すほどに、大きくなっていく存在感。
レクスはひりつくような肌の感覚で、感じ取っていた。
(……確かにキューの言う通りかも知れねぇ。《《やべぇ》》奴がいやがる……。)
ぞくぞくと肌を伝う嫌な気配。
つう、と冷や汗がレクスの頬を伝い落ちた。
クオンも何かを感じているのか、掴む手の力が増していた。
そうして暫く歩いただろうか。
隧道の切れ目が、レクスの目に映った。
黒い窯壁が途切れた道の先には、再び大きな空洞が拡がっているようだった。
前を飛ぶキューを見やる。
キューの表情も元気溌剌なそれではなかった。
むしろ表情を硬くして、強張っているようにも見えた。
「……キュー、この先か?」
「……うん。先に、とんでもない奴がいる。」
レクスの問いに、キューは静かに答えた。
こつ、こつとレクスだけの足音が虚しく隧道に反響する。
そうして、隧道を出たレクスたちの眼前。
「……なんだ、こりゃ……!?」
目を、見張った。
そこにあったのは、うず高く積み上がった大量の白い棒状のもの。
丸いようなものもあるが、その形でレクスは悟った。
この積み上がった物体は全て、人の骨だった。
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