各々の行先
小部屋の外へ、レクスは周囲を警戒しながら踏み出した。
熱く纏わりつくような熱気は小部屋に入る前と一切変わりない。
先まで続く薄暗さも、そのままだった。
魔獣の咆哮と聞き紛うような空洞音も始めと同じように響き渡っていた。
傍を飛ぶキューも、レクスと同じように忙しなく辺りを見回している。
魔獣は、いつ何処から現れるのかわかったものではないからだ。
幸いにも、レクスが休んでいる間に魔獣の姿は見当たらなかったし、現在もレクスの目に映る魔獣の姿もない。
「キュー、魔獣の雰囲気や姿はあるか?」
キューにちろりと目を向けると、キューは小さく首を振った。
「……ううん。近くには見当たらないと思う。さっきみたいに透明になれる奴とかならわかんないけど。」
「あんな奴がそうそういてたまるかよ。」
目を僅かに引き攣らせ、レクスは嫌悪感を顕にする。
レクスとしても、クオンを傷つけたような相手が再び出て来るなんてことは思いたくもないからだ。
「どーするの、レッくん? 進む?」
「……こんなとこに居たって仕方ねぇだろ。脱出出来る結晶を見つけるか、最深部に進むかの二択しかねぇよ。」
レクスの声に、キューはこくんと肯く。
そんなキューを見ながら、レクスはふと疑問を口にした。
「……なぁ、俺とクオンがダンジョンから出たら……キューはどうするんだ?」
「え? ぼく?」
キューは少し意外な事を聞かれたように目をぱちくりと数回瞬きをした。
直後、項垂れたように眉を落とした。
「……ぼくは、ここから出られないよ。」
「どうしてだ? 地上に出てもキューは誰も襲いやしねぇだろ? 何なら俺が……。」
「ううん。そうじゃないんだ。……なんていえば良いのかな。ぼくと、この洞窟そのものが「繋がってる」気がするんだよ。」
「繋がってる? そりゃ……。」
どういうことだと尋ねようとしたレクス。
だが、脳裏にある言葉が過った。
『ダンジョンの中でくたばった連中は、その魂をダンジョンに使われるって噂が昔からあるからね。』
それは、出発前のヴィオナの言葉。
それが意味するのは、『ダンジョンの中で死んだ魂は、ダンジョンで魔物になる』というだけではないのだと。
(ダンジョンと……運命を共にするってことかよ……。)
レクスは気がついたのだ。
かと言って、キューをどうする事も出来ない。
歯痒いような感覚に、レクスは唇を噛みしめた。
レクスにとって、キューは最早仲間のような感覚だった。
レクスをクオンの元へと案内してくれた、恩人でもあるキューなのだ。
そんなキューを置いていくことしか出来ない事実は、レクスの背中に大きくのしかかっていた。
そんなレクスを表情を見てか、キューは明るく微笑んだ。
「でも大丈夫だよ、レッくん。ぼくはレッくんやクオンちゃんに会えただけで満足なの。だから、そんな重い顔しないで欲しいな。それだけで、ぼくは十分なんだから。」
キューの声に、レクスはキューを見据える。
確かににこやかに笑っているが、その笑みは何処か貼り付けたようにレクスには思えてならなかった。
「……そう、かよ。」
「そーなの。……でもレッくんがここから出る時は、ちゃんと見送ってあげるから、さ。さよならくらいは、きちんと言わせてね。」
「……ああ。わかった。」
にこやかな笑顔に後押されるように、レクスは自分を押さえ込んで肯いた。
未だに胸の中に残る、もやもやとしたしこりのような感情はあるものの、そうせざるをえなかった。
キューの運命を変える方法を、レクスは知らないのだから。
「……にいさん。キューさん。……着替え、終わったのです。」
肩を落としたレクスの元へ、クオンの声が届く。
顔を向けると、服を着直したクオンが立っていた。
クオンは何処か気不味そうに、レクスから顔を背けていた。
傷は塞がっているものの、千切り取られた右肩から先は無く、右眼も生々しい傷跡が残っている。
痛々しい有様なのは、結局変わらなかった。
「……着替え、不自由な事はなかったか?」
「大丈夫だった? クオンちゃん。」
「……ちょっとぐらいなら、わたしだけでどうにかなるのです。……例えあっても、にいさんには頼れないのです。キューさんに頼むのです。」
クオンは頬を染めて、少しじとりとした眼差しをレクスに向けた。
よく考えれば、幾ら妹とはいえ男と女。
流石に恥ずかしい事もあるだろうから、キューに頼むのは自然だとレクスには思えた。
「そう、だよな。……なんかあったら、言ってくれ。クオンが言う事なら、なんでもしてやるから。」
レクスは苦笑を浮かべながら、クオンへ声をかける。
そんなレクスを目の前に、クオンの左目が何かに驚いたように大きく見開かれた。
「にいさん……その言葉は……?」
「ん? どっか可怪しかったか? ……あー、流石に何でもは出来ねぇな。限界があるしよ。出来ねぇ事は出来ねぇ。でもクオンの頼みなら出来るだけ聞くから。」
少々大きく言い過ぎたと頬を掻くレクス。
そんなレクスを見つめて、クオンは左手を胸元まで上げる。
どこか逡巡したように、口を開いた。
「……なんでも、いいのですか? にいさん。」
「あ、ああ。クオンがやりたいなら俺が出来る範囲で叶えてやりてぇけど……。」
すっ、と。
クオンが左腕をレクスに伸ばした。
少し照れくさそうに、レクスの目を見上げた。
「……んぶ……のです。」
「え? 何だ?」
「おんぶ……してほしいのです。にいさん。」
少し予想外のクオンの答えに、レクスは僅かに動揺した。
少し予想外のクオンの答えに、レクスは僅かに動揺を顔に見せる。
暫し固まったレクスの顔に、クオンは寂しそうに目を伏せた。
「……出来ない、のですか?」
「そんな事はねぇけど……良いのか? 触るのも嫌とかじゃねぇのか?」
「……足が、痛いのです。にいさんに背負われるのは、今は目を瞑るのです。だから……。」
「ああ。わかった。……なんでも聞くって、言っちまったしな。」
レクスはクオンの声を待たず、目を細めてはにかんだ。
くるりと身体を回し、クオンに背中を向ける。
そして、乗りやすいように屈んだ。
「ほら、クオン。」
レクスが後ろ手に手招きをする。
ゆっくりと歩み寄ったクオンはレクスにしなだれかかるように身体を預けた。
悩ましい少女の吐息が、レクスの首元に触れる。
身体の柔らかさを背中に感じながら、レクスは小さく口元を上げた。
「……レッくん、やらしー顔してない?」
「違ぇよ。……大きくなったなって、思っただけだ。」
じとりとした視線を向けるキューに、レクスはしみじみと呟きながら、首を振った。
クオンを背負ったのは、以前を辿れば数年も前の事だった。
その時はまだ小さく、泣きじゃくる妹だったクオン。
身体も成長し、顔や身体つきも大人びていく妹の成長を、レクスはその身に感じていた。
そんなレクスを、キューは疑るように目を細くする。
「……ほんとかなぁ? やらしーこと、考えてないの?」
「……なわけねぇだろ。……行くぞ。キュー。」
「あ、待ってよー。レッくん!」
キューに呆れたように視線を返しつつ、レクスはクオンを背負って足早に歩き出す。
クオンが可愛い女の子であり、身体つきや村での性格なども含めて、レクスの好みに入る事は間違いないだろう。
だがレクスにとって、クオンは妹なのだ。
その背中を慌てて追いかけるように、キューもレクスについて飛ぶ。
一歩一歩、確かめるように洞穴を進むレクスの背中で、クオンはただただ揺られていた。
レクスを掴む左手の力が、僅かに強くなった。
「……にいさん。」
「ん? どうしたクオン?」
「……なんでも、ないのです。」
「そっか。……なんかあったら、なんでも言ってくれよ。」
「……はい、なのです。」
クオンの左手は、離さないと言わんばかりに力が籠っていた。
そんなクオンの顔は、レクスからはよく見えない。
だが身体は震えてはいないようだった。
深い呼吸をするクオンは、安堵しているようにも思えた。
嫌悪感の前に、ダンジョンを彷徨う恐怖が勝っているのかもしれない、と
レクスは勝手に、そう思うことにした。
すると、キューがレクスの前に躍り出る。
クオンの顔を覗き込むように首を伸ばすと、クスッと笑った。
そのまま、キューはレクスの耳元でこそりと囁く。
「……レッくん、クオンちゃんさ……凄く安心した顔してるよ。」
キューの言葉に、ちらりとクオンの顔に目を遣った。
身を任せたクオンは、今にも眠ってしまいそうな程にうとうとと船を漕いでいる。
あどけない様子は、村にいた時と何ら変わらなかった。
とても、その様子は嫌われているとは誰が見ても思えない程だった。
レクスは視線をキューに戻す。
「……そうか。そりゃ良かった。」
「クオンちゃんを、ここから早く出してあげなきゃね。……行こ、レッくん。」
「そうだな。後はこのまま、ダンジョンから出るだけだ。道案内は頼むぞ、キュー。」
「りょーかーい! ……って言っても、ぼくも出口わかんないんだけどね。とりあえず、魔力の反応追ってみよっか。」
「ああ。頼んだ。」
キューを先頭に、レクスは再び赤熱の宿る隧道を行く。
その背中には、大切な命を伴って。
二人と一匹の奇妙な一行は、一歩一歩、洞穴の先へ先へと踏み込んでいった。
◆
時を同じくして、そこはダンジョンの入り口。
照りつける陽の真下で、マルクスは二人の少女と対峙していた。
ピリピリとひりつくような殺気を纏った少女たちに、周囲の憲兵たちもゴクリと息を呑む程だ。
だが、マルクスは気圧されることなく、少女たちに向き合っていた。
剣を向けたように鋭い眼差しが、少女たちを見据えている。
「……行くんだな? 嬢ちゃん。」
「…うん。…レクスを、助けたい。…クオンも一緒なら、尚更。」
栗色の髪をローツインテールに纏めた少女が肯く。
その少女は、見るからに明らかな軽装だった。
一般的な冒険者が鎧を纏うとするならば、この少女は異色すぎる程だ。
口元を覆う黒い布地は、少女の表情を読み辛くしていた。
身にまとう茶色の装束は、豊満な胸元の合わせ目から網目のインナーが覗いている。
スカートは短く、健康的な太腿をさらけ出していた。
その一方で、足元は腿の中間辺りまでの黒いサイハイソックスをつけている。
風に紅く靡くのは、長い首元のマフラー。
色気すら醸し出す程の衣装は、身軽さを重視しているようであった。
マルクスは隣の少女に目を移す。
こちらの少女は、明らかにダンジョンへと向かう服装ではない。
身にまとうのは、純白のフリルだらけの衣装だ。
人形が纏うような、所謂ゴシックロリータと言われるものだった。
フリルだらけのこれまた豊満な胸元に、フリルだらけのロングスカート。
ヘッドドレスに白手袋、白いストッキングまで履いているのは水色の髪をボブカットをした少女だった。
等身大の精巧な人形と見まごう程に、可憐な姿。
先程の少女と比べれば皮膚の露出はとことん少ないと言えるだろう。
だが、どう考えてもダンジョンへ向かう服装ではない。
マルクスは眉を顰めた。
「……嬢ちゃんも、その覚悟があるってこったな?」
小柄な少女は、こくんと肯く。
青銅色を宿した瞳は、顔に似合わぬ殺気を孕んでいた。
「はいです。一刻も早く、レクス様たちの元へ向かうです。」
少女たちの眼は、道楽や酔狂でダンジョンへ入るものではないとマルクスに語っていた。
「……何が起こっても、俺は責任が取れんぞ。」
「…わかってる。…これは、うちらの我儘。」
「あちしたちは、とまらないです。マリエナかいちょーと、カルティア様の分も背負っているです。」
マルクスは左手で頭を抱えた。
呆れたような、仕方の無いような表情ではぁと溜息を吐いた。
この手合いは、絶対に引かない事など目に見えていたからだ。
自分たちが何を言おうと引く気はさらさら起きないだろう雰囲気を放っているのは、マルクス自身の経験から間違いないだろう。
マルクスは、最後の抵抗のように呟く。
「今、冒険者は入れねえぞ。」
「…わかってる。…だから。」
「知ってるです。だから。」
スッと二人がカードを掲げる。
陽を反射して輝く金属製のカードには、大きな鳥が雲を越えて飛び上がっているという紋章の刻印が刻まれていた。
”阻むものはなし”を意味する刻印だと、マルクスは重々承知していた。
カードを目にしたマルクスは、再び大きな溜息を吐いた。
「……確認した。行け。……しっかりとあいつを連れて帰って来い。」
「…当然。…行こ。」
「はいです。それでは、失礼するです。」
少女たち二人がマルクスに会釈をした。
そのまま風のように傍を通り抜け、何の迷いもなくダンジョンへと足を踏み入れる。
少女たちの背中を見送って額を押さえるマルクスに、憲兵の一人であるハンスが歩み寄った。
「……いいのですか? 兵長。彼女たちは冒険者では……。」
「……いいや、違えよ。あいつらは問題がねえ。……ヴィオナの野郎、やりやがったな……。」
マルクスの脳裏に浮かんだのは、一人の老婆がほくそ笑んだ顔。
苦虫を噛み潰したように、マルクスは口元を下げた。
げんなりとした声で顔を顰めたマルクスに、ハンスが首を傾げた。
「問題がない……? 冒険者だったのでは?」
「あいつらは冒険者じゃねぇよ、ハンス。」
「冒険者じゃ、ない? それって……。」
「……アオイ・コウガにレインか。あの二人の顔もよく覚えとけよ、ハンス。あいつらは……。」
続けざまのマルクスの言葉。
ハンスは目を見開いて息を呑んだ。
「……傭兵だ。」
お読みいただき、ありがとうございます。




