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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第伍章 迷宮の弓命・まもりぬくもの編

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色彩の鼓動

 そうして、場面は冒頭へと戻る。


 心地よい空気の流れが、少女の髪や頬を擦る。


 ごつごつしている地面に足を取られそうになるが、「兄」の手引きは優しかった。


 時折走る速さを抑えながら、「だいじょうぶか?」と振り向き笑顔を向ける「兄」。


 少女は、理由もわからず肯くだけだった。


 嫌な訳ではない。


 だが「兄」の掌を通して伝わる暖かな体温に、少女は戸惑っていたのだ。


 流れていく景色に目を奪われる暇はなかった。


 少女の視線の先には、ずっと「兄」の背中が見えていた。


 自分よりも、少しだけ大きな背中。


 何故かその背中に、不安は覚えなかった。


 それどころか「兄」の後ろ姿に、少女は目を惹かれたのだ。


 苦手なはずなのに、どうにも眼が離せなくなっていた。


「兄」に連れられて、けもの道を走る少女はただただ腕を引かれるだけだった。


 そんな二人は荒れた土が剥き出しの道を逸れ、色づいた草の道を駆け上がる。


 小高い丘の方に向かうにつれて、道の角度は急になっていった。


 道も悪く、何度も少女は足を取られそうになった。


 だがそんな中でも。


「にいさん、ちょっと……はやい……のです……。」


「そうか。ごめんな。……クオンにあわせっから。」


 少女の訴えに振り向いた「兄」は、バツが悪そうに苦笑を浮かべていた。


「兄」は少女の進む速度に合わせ、その足取りを変えていった。


 何を言っても「兄」は嫌な顔一つしないのだ。


 少女にはそれが不思議だと思えてしまった。


 どうして、自分の言う事を聞いてくれるのだろう、と。


 思い返せば自分とは違うはずの「兄」は、いつも少女によくしていた。


 お菓子やごはんを分ける時も少女に多く取り分けたり、少女の言う事を優先していたり。


 少女の抱える不格好なウサギも、「兄」が破れたところを縫ってくれていた。


 そう思うと、何故か少女には申し訳ないような気持ちが昂ぶってきていた。


 自分とは違う生き物だと思っていた「兄」は、自分と同じだと気がついてしまったからであろうか。


 引かれる手の強さと、感じる「兄」の体温。


 それに気を向けると、再び心臓がとくんと跳ねた。


(……これは、びょーき、なのですか?)


 心臓が鳴らす鼓動の昂ぶりは、少女に取って初めてのことだった。


 体調不良かとも思っていたが、どうも違うようだと少女は気づく。


 その昂りには、嫌な感じは一つもしなかったから。


 むしろ、その昂りが心地よいと思えてしまうほど。


 自分の身体の異変に少し戸惑いながらも、少女は「兄」について足を動かす。


 ガサガサと草が脚や靴に擦れ、草露で足元が濡れる。


 爽やかな風が肌を通して髪から抜けた。


 過ぎゆく景色の中、少女は背中から目を離さずに「兄」の導きだけを頼りに進む。


 それが、少しも嫌ではなかった。


 目の前の「兄」は、はぁはぁと息を切らしながら走るが、それでも脚の軽さは衰えていない。


 少女の中で、「兄」への苦手な意識がいつの間にか吹き飛んでいる事に気が付く。


(……にい、さん……。)


 理解が出来なかった「兄」の存在が、少女の中にすとんとはまり込んだような気がした。


 そんな事を薄らと思っていたその時。


「おっ!?」


 兄が驚いたような声を漏らした。


 然して、脚が止まる。


 急に止まったことで、少女ははぁはぁと息を切らした。


 抱え込んだぬいぐるみの耳が、だらんと垂れる。


 少女の傍で、「兄」はじっと、前を見据えた。


 その口元は、僅かに吊り上がっている。


「なぁ、クオン。みてみろよ。」


「兄」の言葉に、少女はゆっくりと顔を上げる。


「……えっ……。」


 目の中に飛び込んだ光景は、少女を絶句させた。


 少女の眼前に拡がるのは、一面に拡がる花の絨毯。


 赤や青、黄色など色とりどりの花が目の前いっぱいに散りばめられた、草花の草原だった。


 圧巻の光景に、少女は目をぱちぱちとまばたきをしながら、口をあんぐりと開いていた。


 その光景は、家の中とは違う多色色鮮やかな空間。


 天気も良く、陽の光を一面に浴びながら花たちがゆらゆらと風に波打つ景色を、今まで少女は経験したことがなかった。


 驚愕している少女の隣で、「兄」は悪戯が成功したかのように眦を下げ、にやりと笑みを溢した。


「すげぇだろ? クオン。」


「は、はい……。」


 その光景に、少女の語彙が喪失した。


 今まで家の中で燻っていた鬱屈な気分が、一瞬で吹き飛んだのだ。


「兄」はちらりと少女を向いて、きゅっと手を引く。


 優しく手を引く「兄」に、少女は振り向いた。


「いこうぜ、クオン。」


 視線の先にいる「兄」は、楽しそうな満面の笑み。


 その笑顔を見た瞬間に、少女の頬に赤みが差した。


「ふぇっ……にいさ……。」


 再びぐいっと引かれる腕に、少女の鼓動は三度高鳴る。


「兄」の後ろ姿を見つめながら、花園の中を只管駆け回るだけの少女。


 脚が縺れながらも、少女は「兄」の手に導かれるままに、その背中を追っていく。


 肺の中の空気が押し出され、すぐに息が上がってしまう。


「ま、まってください……にいさん。」


「おいてかねぇよ。ずっとつないでっから。」


 だけど、楽しかった。


 いつも家の中に籠っていては見えない光景を、存分に目の中に焼き付けた少女の中で、心の中がカラフルに色づいていく。


 駆け回る花園の中で、すっきりとした草花の香りや色使いを存分に味わった。


 ぐるりと花園を一周した後は、ちょこんと花園の真ん中に二人で座り込む。


 座り込むとすぐに、「兄」は花を数本摘み取って、何かを作り始めた。


「兄」は手先が器用だった。


 少なくとも、少女のぬいぐるみを直せるくらいには。


 花の茎を糸のように組み合わせ、何かを形づくっていく。


 せっせと編み込む姿に、少女はまじまじと顔を寄せた。


「うっし。できた!」


「兄」の手の中にあったのは、鮮やかな色が散りばめられた花冠。


 にこやかに笑いながら、「兄」はぽんと少女の頭の上に花冠を乗せた。


 突然の「兄」の行動に、少女は目を点にして「兄」に顔を向けた。


「え……?」


「にあってるぞ、クオン。」


「そう……なのです?」


 きょとんと首を傾げる少女に、「兄」はにこやかに笑いながら肯いた。


「もちろんだ。クオンには、わらっててほしいから。」


「わらう……のです?」


「ああ。クオンがずっとさみしそうだったからよ。」


「さみしく……なんて……。」


 少女は僅かに、顔を俯かせる。


 図星だった。


 母親が父の手伝いになかなか手が取られていた事もあって、構ってくれる時間が限られていたから。


 母親ともっと遊びたいざかりの少女は、ずっと我慢をしていたのだ。


「兄」とは自分とは別の存在と思い、怖がっていた少女は、なかなか「兄」に遊びたいなど言えるはずもなかった。


「兄」はゆっくりと首を横に振るった。


「いいや、いつもそうだぞ。クオンはしょんぼりとしたかおをしてるから。……だから、わらってくれ。おれは、クオンにわらってほしいんだ。」


「なんで……。なんでわたしに……。」


 いつの間にか少女の頬を、滴が伝っていた。


 そんな少女の顔から滴を掬い取り、「兄」は少女を真っ直ぐ見つめた。


「きまってる。おれは……クオンのにいさんだからな。クオンがわらってくれることが、うれしいんだ。」


「兄」の言葉に、少女の胸はじわりと温もりが伝わる。


 それは、今まで感じることのないと思ったもの。


 何処か今まで壁を張っていた「兄」の心の温もりを、少女は己が心臓で感じ取っていた。


「にい、さん……。」


「クオン。おれはクオンのにいさんなんだ。クオンがいうことなら、できるだけしてやる。かわいいクオンのたのみだから。」


「なんでも……いいのですか……?」


「ああ。あたりまえだ。……さすがにできねぇことはできねぇけど……。」


「兄」は、少し気不味そうに顔を逸らした。


 どうやら自分に出来ないことでも思いついたらしい。


 そんな気不味そうな「兄」の顔が、何処か可笑しくて。


「……ふふっ、なんなのですか。にいさん」


 少女は、自然と微笑みを溢した。


 その時からだろうか。


 眼に映った綺麗な光景を、描きたくなったのは。


「兄」を自然と目で追うようになったのは。


「兄」に、頼るようになったのは。


「兄」に、喜んでほしいと思うようになったのは。


 そして。


「兄」を、かけがえのないものだと思うようになったのは。


お読みいただき、ありがとうございます

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