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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第伍章 迷宮の弓命・まもりぬくもの編

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兄妹の最初

 夢を、見ていた。


 何故夢とわかったのかは、視覚に映り込む色が全てセピア色に統一されていたから。


 何処か寂れた小さな劇場の中で、映像を俯瞰している。


 そんな感覚が、少女の中にあった。


 場所は、少女のよく知る村の中。


 剥き出しの土を緑が覆う草の原を、二人の子供が走っている。


 一人は男の子で、その顔つきは少しやんちゃなように見える。


 一人の幼い女の子がウサギのぬいぐるみを抱えながら、男の子の傍を離れようとしなかった。


 女の子の手を繋ぎながら、少年は先へ先へと前に駆けていく。


 土を踏みしめる感覚に慣れない少女。


 時々転びそうになるが、前の少年はずんずん進んでいくのだ。


 しかし、転ばないのは前の少年が歩く速度を調整しているせいなのか。


 少年に手を引かれ、幼い少女はスカートをはためかせながら後を追っていた。


 得意げに弾んだ顔をした男の子を、少女は今にも泣き出しそうな顔で見つめていた。


「にいさん……どこへいくのです……?」


「こわがんなって、クオン。たぶん、いいところがあっからよ。」


 にこやかに口元を上げる少年を見る、少女の心は不安で一杯だった。


 少女にとって、「にいさん」は生まれたときから一緒にいる、当たり前の家族だった。


 だが、少女は兄と容姿が全く異なっている。


 兄は橙色の髪なのに、自身は濡羽色の黒髪。


 自身の眼は翡翠を映し込んだ緑色なのに、兄の眼は紅玉をはめ込んだように紅い。


 兄の方が身体がごつごつしている。


 兄の股にあるものが自身にはない。


 性格も異なっている。


 共通点が、何一つ無かったのだ。


 物心ついた際に初めて見た「兄」は最初、全く別の動物を見るような感覚だった。


 故に、怖かった。


 何処か距離を置いて、近寄ることを躊躇っていた。


 自分とは別の、「何か」。


 それが、当時の少女が思っていた「兄」の姿だった。


 少女の母は、父親の手伝いで手を取られることがかなり多かった。


 医者の助手というものは初めてのことが多く、手慣れていないということもあったのだろう。


 母が父の手伝いをするということで、兄と二人きりになってしまうことは、少女にとって苦痛だった。


 何をされるのか、何と声をかけられるのか。


 何を話して良いのかすら分からない。


 そんな少女は留守番をしている時、ぬいぐるみを抱いて「兄」と離れて過ごすことが日常だった。


 だが、それが気になったのか。


 その日の「兄」の行動は違っていた。


「兄」から離れて椅子に座っていた少女に、お絵かきをしていた「兄」は紙から離れ、とことこと歩み寄ってきたのだ。


 僅かに目を引き攣らせる少女に気が付かないのか、「兄」は機嫌が良さそうににこやかな笑みを少女に見せていた。


「なぁ、クオン。そと、いかねぇか?」


「おそと……いくのですか? わたしは、いいのです。にいさんだけで、いけばいいのです。」


「そんなこといわれても……いつもうちのなかにいるだけじゃつまんねぇじゃん。クオンは、つまんなくねぇのか?」


 その日の「兄」はひたすらに少女に食い下がる様子を見せたのだ。


 どうしてそんな気持ちになったのか、少女は知る由もない。


 だが、「兄」はつまらなそうに口元を下げていたのは事実だった。


「……つまらなくは、ないのです。わたしは、ここでかーさまをまつのです。」


「でも、いっつもクオンはさみしそうなかおしてるじゃん。そと、いこーぜ。」


 少女の静かな抵抗も、暖簾に腕押しだった。


 弾けたように笑う、「兄」はクオンに目を合わせて見つめていた。


 いい加減にして欲しかった。


 ただでさえ、一緒にいることが苦痛ではあった「兄」と何故出かけなくてはならないのだろうか、と。


 僅かに、ウサギの人形を抱き締める力を強くした。


「……どうして、わたしをさそうのですか?」


「さびしそうだったから。それに、おれはクオンの「にいさん」だからな。いもうとがしょんぼりしてたら、きになっちまうしよ。」


「さそわなくて、いいのです。……さみしくは、ないのです。」


 少女は、ふるふると首を横に振った。


「兄」よりも、「かーさま」が待ち遠しいかったから。


 そんな少女を見てか、「兄」も気落ちしたように眉を下げた。


 これで諦めてくれるだろう、と。


 子供心に少女は思いながら、ぬいぐるみに顔を埋めこむ。


「かーさま」が帰ってくれば、「兄」の相手をしなくても良いのだ。


 そうしてその日も、苦しい時間が過ぎ去れば「かーさま」に甘えられる、はずだった。


 だが、その日に限って「兄」の行動は違っていた。


 ぱしん、と。


 ぬいぐるみを抱き締める手を、「兄」が握った。


「え?」


 突然のことに、少女は顔を上げた。


 自身と同じ温かい体温が、少女の掌にじわりと拡がる。


 今まで、「兄」に手を触れられた事など無かった。


「兄」は、目を細めて口元を上げた元気一杯の笑顔を少女に向けていた。


「やっぱり、おれはクオンとそとにでたい。いっしょにそとにでようぜ、クオン。」


 かけられた言葉は、何処までも明るい笑顔と共に、少女の胸にじわりと温かさを伝えていった。


 その時、少女は「兄」への苦しさを忘れていた。


 掌から伝わる体温のせいか、それとも目の前で笑う「兄」を見たせいか。


 少女の中で、ふと、考えが過った。


「兄」について行けば、どうせ気も紛れて満足するだろう、と。


 そう考えた少女は、渋々と肯いた。


「……わかったのです。にいさん。」


「きまりだな。いっしょにいこうぜ、クオン。」


 にかっと笑いながら、「兄」は少女の手を引いて椅子から下ろした。


 ぬいぐるみを抱え込んだままの少女は、その腕を「兄」に引かれて玄関まで走る。


 腕を引く、「兄」の表情は少女にはわからない。


 だが、その足取りは何処か嬉しそうだと少女は感じ取っていた。


 そして、握られた腕の兄から伝わる体温を感じ取った少女は、驚いたように「兄」へと目を向けた。


 同じだった。


 あれほど「自分とは別の何か」と思っていた「兄」の体温が、少女自身の熱と同じだったのだ。


 その事実に気がついた瞬間。


 少女の胸が、とくんと小さく跳ねた。


 何故なのかは、少女にはわからない。


 急に走り出したからなのか、それとも「兄」が自分と同じとわかったからなのか。


 だが現実として、手を引くその「兄」に心を向けたのは、それが最初だったのかもしれない。


 前を走る「兄」が、玄関の扉を開ける。


 眩く輝く、春の陽の光が、二人を包み込む。


 眩しくて、暖かかった。


 手を引く「兄」につられて、少女は外の世界に飛び出したのだった。



お読みいただき、ありがとうございます。

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