想起の疾走
黒い地面と窯壁を、紅色に輝きを放つ溶岩が妖しく隧道内部を彩っていた。
漂う不快な熱気の中を一人の人影が跳ぶように走り抜けて行く。
その前方には、ふよふよと飛び続ける小さな影が、一人の影を先導していた。
「キュー! こっちで良いのか!?」
「うん! 波動はこっちから感じる!」
隧道内部の岩を掻い潜るように飛ぶキューと、大地を跳び、時には滑るように駆け抜けるレクスの姿があった。
レクスは顔に少し汗を浮かべながら前方を飛び続けるキューを追う。
一方でキューはぱたぱたと透き通った二対の翅を動かし、疲れた様子など見せていない。
きらきらと煌めく鱗粉が、キューの飛んだ後に舞っていた。
纏わりつく熱気を振り払うように、二人は隧道内部を疾く進んで行く。
求めているものは同じであると、レクスは信じるしかなかった。
もしも求めているものが全く異なっていれば、キューと進んだ道のりは全く意味のないものとなってしまう。
クオンを助けられる可能性に、レクスはキューに頼ることしか出来ないのが現状であった。
「レッくん前見て! なんかいる!」
前を勢いよく飛ぶキューが叫ぶ。
ふわふわと正面に背を向け飛ぶキューを、レクスは器用に飛び続けるものだと思った。
走りながら、レクスは前方を見据えた。
「ああ!? ありゃ……。」
焦りを抑えて目を凝らす。
赤い肌と成人男性より大きな巨軀、頭部に二対の角を生やした魔獣の姿があった。
その正体を察したレクスは、顔を顰めて舌を打った。
「ちっ、赤鬼かよ……!」
赤鬼が三体。
隧道の先を塞ぐようにこちらへ向かって来ているように、レクスの目には確認出来た。
少々先だが、このまま進めば確実に会敵するのは必至だった。
前を飛ぶキューが、レクスに振り向く。
「ねぇ! どうするの!?」
「……時間がねぇ。無理やり突破するだけだ!」
レクスは素早くホルダーから黒嵐を引き抜き、デイブレイクと連結させた。
駆け抜ける姿勢のままに、レクスはキューと共に赤鬼たちへと突貫していく。
赤鬼たちもレクスとキューの二人に気がついたようで、目を吊り上げて身構えた。
接敵するのに、さほど時間は掛からなかった。
とん、と。
レクスは地面を踏み切り、右逆手に連結させた黒嵐を構えた。
赤鬼たちも、レクスに襲いかかろうとその剛腕を振り上げた。
斬撃。一体の頸を刎ねた。
骸を蹴り上げる。跳んだ。
身を翻し、赤鬼の爪がレクスの背中擦れ擦れを撫でる。
風圧をその身に感じながら、腕を伸ばす。
宙で身を翻し、頭蓋に黒嵐の先を押し付ける。
発砲。赤鬼の脳漿が弾け飛んだ。
蹴飛ばした。そのまま最後の赤鬼の前方に膝を付けた。
背後に殺気を感じながら、黒嵐を構える。
そのまま、くるりと。
身を返しながら。一閃。
後ろの赤鬼の胴を、デイブレイクで曳き切る。
手応えをその身に感じながら、回転に身を任せる。
正面へ向き直り、そのままキューが飛ぶ方向へ大地を蹴った。
三体の赤鬼の骸など、レクスは気にしている暇などないのだ。
それは最早レクスにとっては価値などないのだから。
斃したのも、追ってこられるのが厄介だったからに過ぎない。
黒嵐を手に持ったまま、レクスはごつごつとした地面を跳ねるように駆け抜けていく。
そんなレクスを見たキューは、振り向きながら引き攣った苦笑いを浮かべた。
「……ねぇ、レッくん強すぎない? 赤鬼だよ?」
「そんなもんか? 俺より強え奴はもっといる。俺は下から数えた方が早ぇくれぇだ。」
「とんでもない人だった……。……もしかしてぼくも下手すれば討伐されてた?」
「……かもな。でもキューは襲ってこねぇだろ? 害意が無えなら、俺も手出ししねぇよ。」
レクスが淡々と口に出すが、キューの顔は引き攣ったままだった。
「いやー……ぼくもあんな感じになっちゃってたと思うと……。流石にちょっと、レッくん怖いなって……思っちゃってさ……。」
「悪ぃな、怖がらせちまったか。」
バツの悪そうな顔を浮かべたレクスに、キューはぶんぶんと首を振った。
「い、いやいやそんなことはないよ。助かったのは確かだしさ。……ねぇ、レッくん。」
「なんだ? キュー。」
「レッくんは……なんでそんなに必死なの?」
それは、キューの何気ない疑問だった。
レクスの顔は、焦りのせいなのか修羅を映しているがような剣幕をしていたのだから。
キューの疑問に、レクスは走りながらも少し考え込むように眉を落とした。
クオンは、レクスが物心のついた頃から傍にいた可愛い義妹だ。
それはリナもカレンも同じではあるのだが、二人とは違い、クオンはレクスの家族であった。
義母であるシルフィの子供であるクオンは、いつもレクスの後ろを着いて歩いていた。
遊びに出る時もいつも一緒だった。
眠る時もよく一緒に添い寝をせがまれた。
寝る時のうつらうつらとした、天使のような顔を今でも偶に思い出すことがあった。
レクスが頭を撫でると、安心するのかすぐにすうすうと寝息を立てて眠ってしまうクオンを、レクスはとても可愛らしく、愛おしく思っていた。
皆を守ろうとレクスが剣の稽古を始め、レッドやマオの手伝いや畑仕事の手伝いをするようになってから、クオンと遊ぶ回数はめっきり減った。
だが、それでもクオンは「兄さんや父さんの為」と進んで家事を手伝うようになり、挙句の果てには家の家事をほぼ全て熟せるようになってしまった。
そんなクオンは、レクスにとって「帰る場所」の象徴でもあった。
剣の稽古をしても、父親の手伝いをしても、畑仕事をしても、何ならそういったことをほっぽり出してサボっていようと。
いつも帰ると、クオンが一番に出迎えてくれた。
流石にサボっていたらお小言を言われてジトッとした目で見つめられるが、それでもレクスにとってはクオンが当たり前に居ることが日常だった。
何もない日にはリナやカレンと一緒に出掛けることもあったが、三人で出掛ける時はクオンを仲間外れにしたことはなかった。
クオンもリナやカレンと本当の姉妹のように仲が良く、皆の妹として可愛がられていた記憶がある。
クオンが泣いていたり、困っていたりするならば、だいたいレクスのせいだと糾弾されることがいつもの流れだった。
事実としてレクスが泣かせたり、困らせたりした自覚も大いにあったので、甘んじて受け入れ、反省もした。
それでもクオンは「兄さんは悪くないのです。」と庇ってくれる事も多々あった。
そんなクオンを泣かせたり、困らせたくないと思いつつ、クオンの優しさに甘えていた部分もあった。
だからこそ「自慢の兄」になろう、と。
レクスは料理などの手伝いなど、クオンの手伝いになれる事を進んでするようになった。
そうすれば、クオンが笑ってくれるから。
クオンと二人だけで一緒に外に出掛けた事もある。
そんな時は決まってレクスがスケッチのモデルになった。
僅かでも動こうとすると、「動かないで欲しいのです! 兄さん!」とお叱りを受けた事もある。
そして、決まってクオンはお弁当を作って来てくれた。
彩り豊かで味わいも考えられたお弁当は、いつも美味しい記憶しかなかった。
褒めると、顔を赤くして照れるように恥じらっていたクオンの顔が今でもレクスの頭に浮かぶほどだった。
そんなクオンの想い出を数多く持つからこそ。
レクスにとってクオンは大切な家族の一員であり、愛すべき者の一人なのだ。
故に、クオンの幸せを願うのはレクスにとってごく自然なことだった。
例えクオンに酷い事を言われようと。
例えクオンに辛辣に当たられようと。
例えクオンに愛想を尽かされようと。
それはレクスがクオンの幸せを願わない理由にはならない。
レクスは、顔を上げた。
言うべき言葉は、決まっていた。
「……大切な家族が死にそうなんだ。必死じゃなくてどうすんだよ。」
レクスの答えにキューは一瞬きょとんとした顔を浮かべたが、直ぐに納得したように肯いた。
「……そっか。なら、急ぐよレッくん! 離れないようにぼくにぴったり着いて来て!」
「ああ! 元々そのつもりだ!」
前に向き直ったキューは飛ぶ速度を上げた。
レクスもキューを見失うことの無いように、その走りを加速させる。
蒸し暑く、視界もままならない隧道をレクスはキューに着いてただ走る。
その視線の先にクオンが居ることを信じ、筋肉を動かし脚を駆動させた。
はぁはぁと息が上がろうと、レクスの知ったことではない。
己の身体に鞭打って、クオンの姿を探し求めていた。
暫く走った後、急にキューの動きが止まった。
「キュー? どうした?」
レクスが尋ねると、キューの身体がぶるぶると震えていた。
顔は蒼白になり、自身を守るように身体を抱きしめている。
明らかに先程までのキューとは異なり、恐怖に呑まれているようだった。
「あ、あのね、レッくん。……向こうに、ぼくが追いかけてた魔術の波動があるんだけど……。……行きたくない。」
「行きたくない? どうしてだ?」
心配するように覗き込むレクスの顔に、キューは恐れたように右手を前に突き出し、隧道の先を指し示した。
「……向こうから、嫌な気配もするんだ。……ごめんね。レッくん。ぼくが向こうに行こうとすると、身体が言う事を聞かなくなっちゃってる。」
がくがくと震え、引き攣った苦笑をキューは溢す。
隧道の先に視線を移すと、そこは隧道の切れ目のようだった。
隧道の先に帰還結晶があったような空洞があるらしく、そこで隧道が途切れている。
耳を澄ますが、遠いせいか何も聞こえてこなかった。
レクスはキューに目を向ける。
「……行きたいんじゃねぇのか?」
「それは、そうなんだけどさ。……身体が動かないんだ。……怖くて、怖くて。本当に、どうしようもないんだよ。……だから……。」
ここまででいい、とキューが告げようとしているのはレクスにははっきりと解っていた。
レクスの行動は早かった。
レクスは自身のローブに着いている、フード部分に手をやると、ガバっと拡げる。
そして、フードの中を指し示した。
「……え? レッくん?」
「……行きてぇんだろ? なら、俺がそこまで連れてく。ここまでのお礼みてぇなもんだ。」
「いい、の? レッくん?」
「構うかよ。……あの先に怖ぇもんがあるなら、どのみちクオンも守らなきゃならねぇ。……キューも、絶対守っからよ。」
レクスの行動に僅かにおどおどと目を泳がせたキューだが、レクスの顔を見ながら肯いた。
「……じゃあレッくん、おねがい、できるかな?」
「ああ。任せろ。」
静かながらも強かなレクスの声に、キューはすぽっとレクスが拡げたフードの中へと収まった。
キューが収まったことを感覚で確かめたレクスは無言で立ち上がった。
目の前にある、隧道の切れ目に視線を這わせる。
その先に待つものが何であれ、レクスは向かうしかないのだ。
黒い大地を蹴り上げ、レクスは進む。
隧道の中を吹き抜ける疾風の如く、熱気を押しのけてレクスは駆け抜けた。
疾く、疾く、疾く、疾く。
そこにクオンがいる可能性に懸けて、レクスは隧道の切れ目へとたどり着いた。
黒い窯壁が切れた先、レクスの視界が一気に拡がった。
目に映ったのは、真赤な溶岩の上に浮かんだような、黒い岩肌の舞台。
そして、その瞬間にレクスは目を大きく見開く事になる。
何故なら。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっっっっっ!!!!」
異形の怪物に腕を切り飛ばされ、絶叫を上げるクオンの姿を。
その紅い瞳に刻み込んだのだから。
お読みいただきありがとうございます。




