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晴天のプレリュード〜幼馴染を勇者に奪われたので、追いかけて学園と傭兵ギルドに入ったら何故かハーレムを作ってしまいました〜   作者: 妖刃ー不知火
第伍章 迷宮の弓命・まもりぬくもの編

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落陽の雛鳥

 ぺたぺたと足音を立て、溶岩の紅い光に照らされた中を蠢く小さな影があった。


 緑色の小さな身体に、醜悪な面を隠すようにローブを羽織る。


 手には杖を掲げ、複数できょろきょろと視線を飛ばし、動きつつけていた。


 小鬼の変異種が群れを成し、集団で纏っていた。


 彼らは食糧を探しているのか、涎がきらりと光り、口の端を伝う。


 餓鬼の如く徘徊する小鬼たちの前に、ちらりと小柄な人影が前を通り過ぎた。


 ”グギャアアア?”


 目を凝らそうかと小鬼が一斉に目を細めたと同時。


 ひょう、ひょう、ひょうと、続けざまに何かが風を切り裂く音が洞窟を駆けた。


 瞬間。


 ”がぎゅ……!?””ギャッ……!?””グァッ……!?””


 小鬼たちの喉元を、冷たい金属の鏃が貫いた。


 魔核を貫かれなくとも、生命活動を止められれば魔獣は死するのだ。


 ばたばたと斃れ臥す小鬼たちに気付き、残る小鬼たちは杖を構えて矢の発射されたであろう方向に向く。


 しかし、その刹那。


 ひょう、ひょうと再び音が走ったかと思えば、振り向いた小鬼の喉元には既に矢が突き立っていた。


 ”グ……ギャ……”


 ばたり、と残りの小鬼がその場に斃れ臥した。


 絶命した小鬼たちの身体は、瞬時にさらさらと灰と化し崩れ去る。


 纏っていたローブと杖をそのままに、ころりと紅い魔核が玄武岩質の黒い地面の上に転がり落ちた。


 熱を帯びた地面の上に転がり落ちた魔核に、ゆっくりと少女が歩み、近寄る。


 濡羽色のツーサイドアップは、少し煤けて澱んでいた。


 ころころとした紅色の球体を、少女は大切そうに掴み上げる。


 光を喪った翡翠色の瞳が、透き通った魔核に映った。


「もっと……なのです。リュージさまに、ひつようとされるためには……もっと、まかくがいるのです……。」


 譫言のように呟き、紅く輝く球体を少女は腰に下げたポーチへと大事にしまい込む。


 全ての球体をしまい終えた頃には、既にポーチの中は紅く染まった珠で一杯になっていた。


 他に落ちる戦利品には、目もくれない。


 魔獣に刺さっていた落ちた矢を拾い、矢筒へと戻す。


 鏃は僅かながらに毀れ、風を切る羽は揃っていなかった。


 少女はゆっくりと前に足を進める。


 ごつごつとした感触にはもう慣れてしまった。


 歩くたびに足が悲鳴を上げ、足裏に激痛が走る。


 しかし少女は止まれない。


 歩みを止める事は死を意味するからだ。


 だが、少女が止まれない理由はもう一つあった。


 目の輝きを喪い、僅かにふらつきながらも歩く少女は、近くの岩に引き寄せられるかのように歩いていく。


 それは、無意識から表れた経験則だった。


 岩陰に隠れ、足を止める。


 瞬間、頭の中に言葉があふれ出す。


『……クオンちゃんには、ここで死んで貰おうかなって思うの。』


『あなたは《《用済み》》ってこと。……邪魔だからとっとと消えて。』


 ノアの声が少女の頭の中に反響した。


「あ、あっ………あああっ……!」


 少女は目を見開き、蹲りながら頭を両手で覆う。


 思い出した瞬間、震えが止まらなかった。


 それこそが、少女が立ち止まれなかったもう一つの理由。


 立ち止まった途端に、ショックが想起されてしまうのだ。


 少女は、今までに他人からの悪意に直接曝されたことなどなかった。


 だからこそ、その純粋たる悪意への抵抗を少女は知らない。


 ほぼ何の理由もない、自分本位の悪意の矛先を純粋に受け取ってしまった少女は、ただただ戸惑い、恐怖を覚えて怯えることしか出来なかった。


「ちがう……ちがうのです。……リュウジさまにみとめてもらえば、ようずみなんて……ない……のです……。ま、まかくをいっぱいあつめたら、ほめてもらえるのです……。」


 少女は頭を振るい、言葉を否定しようと藻掻いていた。


 だが幾ら頭を振るおうと、頭を掻きむしろうと。


 鋭く研がれた鉈のような悪意は、少女の奥底に深々と突き刺さっていたのだ。


 無意識なのか、ポーチを弄るように手で触れる。


 魔核で一杯のポーチが、がらりと音を立てた。


 それは、今のクオンの存在理由といってよかった。


 ぱんぱんに膨れたポーチの中身は、クオンが一人になってから魔獣を仕留め、集めたものだ。


 クオンのスキルは「弓聖」。


 クオンにとって、そのスキルの効果は過剰すぎるほどだった。


 環境も、精神も極限の状態であろうと、それは効果を見せていた。


 放つ矢の軌道を理解し、絶対に命中するように風向きや気温で引く強さや向きを調整する。


 それを無意識の内に行うことで、失矢などが全くといっていい程に起こらない命中精度をクオンの矢は誇っていた。


 疲れていようと、精神が正常でなかろうと。


 スキルの効果は無情にも表れるのだ。


 故に、遠距離からの狙撃を得意とするクオンは極限状態でも、魔獣を狙撃し魔核を回収し続けていた。


 ダンジョンの中、孤立無援でただ一人歩く。


 何が起こるかわからない中で、危険と隣り合わせだったクオンの心は、既にずたずたに引き裂かれていた。


 死の恐怖や身の危険、ノアの言葉によって怯えに怯えたクオンが取った道は、リュウジに縋ること。


 ダンジョンを踏破し、リュウジが自身を必要としてくれるなら、ノアの言葉を翻してくれる、と。


 論拠も飛躍しためちゃくちゃな思考だが、それでも縋りつくしかなかった。


 自身の存在理由をどうにか確立させることが、今のクオンにとってたった一つの希望だった。


「は、はやく……いかなきゃ……リュウジさまに、みすてられちゃうのです……。」


 クオンはポーチの奥底に沈んだ干し肉を取り出し、もそもそと食んだ。


 塩味の効いた硬い食感を唾液で解き、ゆっくりと歯を立てて噛み締めていく。


 クオンにとっては、あまり美味しいものでもなかった。


 それでもクオンの身体は食べ物を欲していた。


 今まで、食事を取るクオンの隣には誰かがいた。


 リナやカレンと共に食事を取りながら、和気藹々と会話をしていた。


 だが、今は隣に誰も居ない。


 ただただ腹の飢えを凌ぐ為だけに、口だけは小動物のようにもそもそと動いていた。


 隣に誰も居ない食事でも、食べている間だけは悪意の奔流が薄れていた。


 澱んだ瞳を揺らしながら、クオンはふらふらと立ち上がる。


 弓を片手に、当てもない危険な道をクオンがゆらゆら、ゆらゆらと進んでいった。


 脚の痛みも、灼け付くような暑さも、時折霞む視界も、石のおぶさるような疲労といった身体の悲鳴も全て、クオンが脚を止めてしまう理由にはならない。


 脚を止めれば、また恐怖がぶり返すから。


 身体が上げる悲鳴よりも、心を蝕む濁流の如き悪意の方が、クオンにはよほど恐怖であった。


(いまは、どのくらいじかんがたったのです……? はやく、かえらないと……。リュウジさまに、おこられてしまうのです……。すてられて、しまうのです……。……しにたく、ないのです……。)


 先の見えない薄暗い道を、クオンは時間の感覚も喪いながらよたよたと進む。


 嘲笑うかのように、洞窟を流れる生暖かい風が濡羽色の髪を揺らした。


 焦る気持ちはあれど、クオンの脚は覚束ない。


 心も、身体も。


 ダンジョンの恐怖とノアの言葉、身体を酷使した度重なる狙撃によって草臥れ果て、ぼろぼろになっていた。


 煤けた身体を動かすだけで精一杯なのだ。


 ただ一人で、クオンは藁をも縋るような希望だけを胸に先へ先へと進んでいく。


 その姿は、何処か親を探す雛鳥にも似ていた。


 それでも休みなく、クオンはダンジョンの悪路を只管歩き続けた。


 ただただ希望を求める一縷の望みを掛け、紅い光に導かれるままに己が足を止めない。


 恐怖から逃げ続けるように、導きに従って筋肉が悲鳴を上げ続ける脚を酷使し続けた。


 そのまま暫く歩いただろうか。


 道の先の光景が、僅かに異なっていることに気がついた。


「あれは……? なんなのです……?」


 澱んだ眼に映った光景は、洞窟の切れ目だ。


 隧道のような道の先に、再び大きな空洞があるようだった。


 その大きな空洞の先に、またもや隧道のような洞窟が見える。


 魔獣の姿は、クオンには確認出来なかった。


(……もしかして……またけっしょうが……あるのです……?)


 半開きだった眼がまた開かれる。


 罅割れきったクオンの心に、ごくわずかな希望が灯る。


 ほんの少しだけ、足取りが早まった。


「はぁ……はぁ……もうすこし、なの……です……。」


 よろよろとクオンは足を前に出していく。


 僅かでも帰ることの出来る希望があるのなら、縋りつきたかった。


 また再び、大好きな人たちに会いたかった。


 リナや、カレン、リュウジ、そして✕✕✕。


 ノイズと共に浮かび上がった、大嫌いな最低野郎(義兄)


 どうして浮かび上がったのかはクオンにはわからなかったが、そんなことは今のクオンにはどうでも良かった。


 ただただダンジョンから脱出し、必要とされたいという望みだけが今のクオンを突き動かしていた。


 蹌踉めいた足でクオンは隧道を抜ける。


 辺りを見渡すと、そこは紅い光に照らされていた。


 円形の台地だけが、溶岩溜まりの上に浮いているような形だ。


 天井もドーム状で、滴る溶岩を冷やし固めた岩石の氷柱が槍先を下方に向けている。


 まるで村の広場で行われた演劇のステージのようだとクオンの頭を一瞬過る。


 見渡す限りでは、結晶のようなものは何処にも見当たらない。


 どうやらステージを通らなければ、ステージの先の隧道まで行くことは出来ないようだ。


 灯された希望が、一気に吹き消されたような思いがした。


 希望が潰え、クオンはその場で俯く。


 灼熱の熱気を諸に浴びたせいか、喉はカラカラに乾いていた。


「はぁ……はぁ……いかなきゃ……なのです……。」


 それでもクオンは、一歩を踏み出す。


 大好きな姉たちに会うこと。


 憧れのリュウジに、必要とされること。


 そのためには、生きて外に出なければならないのだから。


 よろよろとしながらも転ばないように、クオンはステージへの細長い一本道を進んでいった。


 ごぽりごぽりと、溶岩溜まりから吹き出た泡が弾けた。


 落ちれば、一巻の終わりだ。


 灼熱の溶岩の中で、溺れて焼け死ぬことなどクオンは想像したくもなかった。


 熱さを纏う空気の中を恐怖で震えながら、クオンはステージの端へとその足を進めていく。


 ステージの反対側となる端から、さらに細い道が反対側の隧道へと繋がっていた。


 先の隧道を目指し、クオンの足がステージの端にかかった。


 瞬間。


 真っ赤な光の粒子が溶岩から大量に湧き上がった。


「な……なんなのです……?」


 咄嗟のことに、声が漏れた。


 目を見開き、粒子が集まっていく様子をクオンは足を止めて眺めた。


 真っ赤な粒子は、どんどん反対側の道の前に集まり、人のような形を成していく。


 そして、ぱん、と弾けた。


「ひっ……!?」


 クオンの口から、悲鳴が上がる。


 そこに立っていたのは。


「ナツカシイ……ニオイガスルナァ……!」


 黒く焼け爛れたような人型のナニカが、クオンの進む道を阻むように。


 鼻のない醜悪な顔で、立ち塞がっていた。


お読みいただき、ありがとうございます。

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