1.友人と兎
擱座した馬車の前に行くと、そこには見知った顔がいた。成人の儀で友人になったフォール子爵の子息、エイドリックと、その日にエイドリックに難癖をつけられていた少女だった。エイドリックもこの少女も成人の儀で【騎士の才】を授かったのは私も見ていた。平民だった少女は成人の儀を以て騎士爵が叙爵され、一代だけの貴族位を王国から授けられていた。
一悶着の後に即日改心したエイドリックは、これから権謀術数の渦巻く貴族社会に入る少女の手助けをすると誓っていたのを思い出す。
「エイドリックじゃないか!どうしたんだい?」
「これは!エフォリア様!……見ての通りでございます」
「あーこりゃ酷い……車軸が変形しちゃってるよ……トムボさん、これ応急処置で何とかなるかな?」
僕の問いにトムボさんは首を横に振る。これだけ変形した場合だと、木工職人の工場に持ち込んでの修理が必要との答えが戻ってきた。
魔道路での緊急連絡は行っているが、代わりの馬車の手配を行うのを考えると、それこそ日数が掛かってしまう。余裕を持つように出発しているとはいえ、万が一でも王都学院への入学式に遅れた場合のペナルティが怖い。
私はトムボさんに馬車の積載を聞き2人を乗せれるかを聞いた。
「トムボさん、流石にこれは置いていくのは心苦しいのだけど……乗せれるかな?」
「フォール子爵家の馬を連れて行ってよいのであれば、可能ですわい」
「4頭引きにするんだね、ありがとうトムボさん!」
「坊ちゃんのご友学になられる方なら、ワシにとっても息子みたいな者ですからの」
トムボさんはそう言うとフォール子爵の御者と手際よく荷物の載せ替えを行う、その傍らでワゴン(2頭立て以上4輪馬車)に4頭配置できるようにチームハーネスを調整を始めていた。
「ところでエイドリック、この娘はあの日の」
「はっ!……その……例のあの娘です」
「そっか、本気で手助けするって決めてたんだよね」
「王都学院に通うのであれば、僕と一緒に王都へ行った方が、少なくともフォート子爵家の遠縁とも見れるでしょうし、余計な問題も避けられると思いまして」
そんな会話をしている傍ら、成人の儀でエイドリックに責められていたあの少女がぎこちない足取りで貴族の礼を私達に行う。
「こ……こんにちはエフォリア様、私はレーナのと申します」
「こんにちはレーナ嬢、エフォリア=ヴァイトです。元気そうで何よりだね、王都学院ではよろしく」
「っ!こちらこそよろしくお願いします!」
地面に突っ込む勢いで頭を下げるレーナに対し、これからは学友だからと頭を上げるように促す。目の前に領主の息子がいるのだから仕方ないのかもしれないが、学院内は身分は関係ないのだ、今から慣れてもらおう。
そう考えていると、トムボさんから気になる部分があると呼ばれた。
「エフォリア坊ちゃん、このフォール子爵家の馬車ですが、この横の部分に……」
「何か穴が開いているね、その周りもへこんでいるし、何かが衝突した後かな?」
「恐らく、ホーンラビットかと……この大きさだと1mの大きさを超えている可能性がありますわい」
ホーンラビット、ラビットと付く名の通り、兎のような魔物だ。
額部分に角が付いており、兎特有の突進力で突き殺しにくる。見た眼とは裏腹、とても凶悪な魔物で毎年シャレにならない犠牲者が出ている。そんな魔物が近くにいるのは気が気でない。
フォール子爵家の御者は領兵が来るまで、擱座した馬車に立て籠るとの事なので、手分けして周辺に魔物除けを撒いた。これである程度は身の安全が確保できるらしい。少量ながら貨幣を渡し、ヴァイト辺境伯のエフォリアが2人と共に学院へ向かったと言付けを頼んでおく。
多少の心配はあるが、整備された街道とは言え馬車で王都までは3日はかかる。道のりを考えると先へ進むことにした。
「エフォリア様、ありがとうございます。正直、途方に暮れておりました」
「あの、私も乗ってよろしかったのでしょうか?」
「気にしないでよ、持ちつ持たれつって言葉があってね、僕とエイドリックとレーナは友人なんだし互いに助け合おうよ」
何気なく本心を言ったのだが、目の前の2人はえらく感動した表情をしている。
「おぉぉ流石!流石エフォリア様!このエイドリック、あの日より貴族としての心得を見直し、ノブレスオブリージュを信条と決めております!しかぁぁし!エフォリア様の足元にも及びますまい!なぁレーナ!僕もきっとあの高みへ行くぞ!そしてレーナ達を……その……レーナを守れるくらいにはなって見せるぞ!」
「はい!エイドリック様!私も騎士としてヴァイト領のみんなを、そして辺境伯様!エイドリック様を守れるように頑張ります!」
おやおや?……おやおやおやぁ?
若いっていいですね、と言うかこの2人いつの間にねぇそんな……あらやだ奥さん……眩しすぎましてよ?
私も今は15歳だが、49歳と言う元を合わせると還暦超えてる精神年齢なんだよ?オジサンどころか、お爺さんにはこの光景が眩しい気がしますねお2人さん?
「そ、そう?まぁほら、私は父様と母様がそこら辺は厳しかったので……」
「なんと!流石はクエルクス様と【慈愛の伯爵夫人】ミルシナ様!エフォリア様の高潔な精神はお二方の賜物なのですね!それなのに僕は……立派なお父様を持ちながら……」
「エイドリック様もこうして立派な貴族になろうとしていらっしゃいます!あの日、エフォリア様に窘められ腐らずに立ち上がったエイドリック様を私はその……尊敬してます!」
「おぉぉ……レーナ……僕を許してくれるばかりかそのような言葉まで!よし!僕はやるぞ!」
「は……ははは……なんというか元気だねー」
惚気なのかヨイショなのか理解に苦しむ2人の掛け合いを眺めながら馬車の旅を楽しむことにした。
◆◆◆◆<<夕暮れ>>◆◆◆◆
夕暮れに街道沿いの宿泊所へ到着する。雰囲気としては旅籠屋だろうか?その周りはキャンプ場みたいな感じで野営しているグループも多数いた。
本来なら我々も王都に着くまでは実習も兼ねてこのような宿泊所ではなく、その周りで野営を行う予定だった。しかし、先程のようにホーンラビットの襲撃と思しき状況もある。魔物が樹海から近場に下っている可能性を考慮して、トムボさんが強く宿泊所の利用を薦めてきた。
魔物との戦闘を考えると、私も経験は無い。幸いにも周りには商隊の護衛の冒険者が多く、戦える者たちが居る。よほどの事がない限りは問題ないだろう。
「なんて考えると、フラグが立ったような気もするが、世の中そんなに不条理とも思えないよね」
「エフォリア様!エイドリック様!レーナ嬢ちゃん!」
バンっとドアを開け、トムボさんが部屋に入ってきた。表情は険しい。
「どうしたの?トムボさん」
「ま……魔物の襲撃ですじゃ!!!」
世の中不条理がまかり通るものなんだ……前世からの経験だよ。
その報告を聞いて私は木窓の隙間から外を見ると、50羽は下らない数のホーンラビットが既に冒険者たちと戦闘を繰り広げている。そして奥にはひときわ大きいホーンラビットが耳をピコピコ動かしながら手下に支持を送っている様子だった。
「ジャイアントホーンラビットが居るなぁ……」
「エフォリア様、ここはトムボにお任せくだされ!」
「まってトムボさん!無理は禁物!冒険者が戦っているから様子を見よう?」
ホーンラビットは群れる性質を持つが、知能も戦闘力も大きく向上したジャイアントホーンラビットという個体が稀に発生する。見た目だけは【もふふわ】なくせに獰猛な性質と肉食という生態のため、一般からは恐れられている個体だった。
ジャイアントホーンラビットは手下のホーンラビットに指示を行い、野生の魔物のくせに効率よく攻めてくる厄介な相手だった。だが、冒険者達も馬鹿ではない、タンク役が正面に構えると魔物の突進を止め、横合いから戦士が切り込む、後列に対してはアーチャーが寸断するように矢を放つ。
初見な面子も多いだろうに、正しく連携を取る姿はベテランそのものだ。
連携を横目に私はエイドリックとレーナに鑑定を行う。
名前:エイドリック=フォール
年齢:15歳
職業:王都学院生【騎士の才】
称号
【王都学院生】【騎士見習い】【剣技訓練生】【更生者】
【子爵家跡取り】【レーナが好き】【エフォリアの従士】
名前:レーナ
年齢:15歳
職業:王都学院生【騎士の才】
称号
【王都学院生】【騎士見習い】【剣技訓練生】【奮い立つ者】
【エイドリックが好き】
余計な情報まで入ってくるが、そこは無視だ。どうやら二人とも騎士の才を得てからフォール子爵の手引きで騎士から剣術の訓練を受けていた様子だ。それなら戦えるだろう。スティ……女神から才を賜った時点で、該当する技術がある程度は使えるようになるのは、チートだよなぁと思ったりもする。
「トムボさんは待機!場合によっては馬車に避難してくれ。エイドリック!レーナ!私は冒険者の人達の援護に出るよ!君たちは無理しない範囲で動くように!」
「おぉ!エフォリア様!このエイドリック、あの日より修練を重ねてます!ジャイアントホーンラビットはいざ知らず、普通のホーンラビットに後れは取りません!レーナ!僕の後ろを守ってくれ!」
「は……はい!」
2人とも宿から出ると剣を抜き放ち構える。中々に堂に行った中段の構えだ。エイドリックが前に出てホーンラビット1羽を切り伏せ、その右斜め後ろでレーナが周りに目を光らせている。前衛同士のパーティーならではの布陣だと感心する。
周りを見回すと、冒険者たちは陣形を組み、ホーンラビットを押し返しては数羽を仕留め、一定で引く戦法を取っている。決して深追いせず連携を重視していた。だが、ジャイアントホーンラビットを退けない限りは延々と湧いて出てくるホーンラビットに多少の疲労感が現れている。
陣形に穴が開くとそこから角を構えて飛び込んでくるホーンラビットの突撃に負傷者も出ている。死者が居ないのが幸いと言えるだろう。
「これは……私が前に出るよりは、こっちの方が良いか……」
私はストレージから白樫の杖と共に、一つの筒を取り出しベルトに装着する。その中には鉛筆より二回り太く短い鋭く尖った鉄の棒が十数本入っていた。私が修めた神道夢想流杖術には、師によっては様々な併呑武術を教えてくれる。神道流剣術、一角流十手術、内田流短杖術と色々あるが……その中でも私の師は根岸流手裏剣術を修めていた。
「お遊びのつもりで教えを受けた手裏剣術が、まさか実戦の場で役立つとは思わなかったなぁ……ふっ!」
ホーンラビットが陣形の穴を付き、体勢を崩した1人を目掛けて突進してくる。体勢を立て直す間もなく誰しもその1人が額の角の餌食になると思った瞬間、直打法で投げられた手裏剣が高速でホーンラビットの目にズドッと突き刺さり致命傷を与えた。
周りの冒険者も一瞬、何が起こったのか理解が追い付いていないのだろうか、そんなのはお構いなしだ、私は2投目を放つと瞬く間に2羽のホーンラビットを仕留めた。
「はは……エフォリア様……すげぇ……」
その口調がエイドリックの素なのだろう、残心を解かず3投目の準備に入りながら、目線で前を見ろとエイドリックに注意を促す。視線を広く取り前を見据えているレーナの方がまだ実戦に向いてるぞ?と思ったが、レーナはレーナでテンパっているのか、肩に力が入っているのが一目瞭然だった。
後で油断の恐ろしさと残心の大切さを伝えなきゃな……そう思いながら、3投目が放たれた。
どんなに見た目がモフフワでも獣は獣。
あぁぁぁ……どんなにチェックしても誤字する病気ですいません。
誤字報告感謝いたします!!!




