6.クエルクスとミルシナ
「よく無事に帰ってきてくれた、ミルシナ」
「ご心配をおかけしました」
書斎では辺境伯夫人ミルシナが、夫であるクエルクス辺境伯に
深々と頭を下げていた。
クエルクスは手で合図を送るとミルシナは下げていた頭を上げ、
目を合わせる。
2人は相思相愛だが貴族として互いに作法は重んじていた。
「さて、何があったのだ?専任の護衛が2人、そして長年勤めている
御者も命に係わる負傷を負っているぞ?余程の事か?」
「はい、辺境伯閣下、我が領に盗賊団が入り込んだと確信いたします」
盗賊と聞いて、クエルクスの顔が険しくなる。
この世界の盗賊は高ランク冒険者の成れの果てだ。
対人・対魔物のスペシャリストである騎士の追撃を退ける実力を持つ。
騎士や冒険者ならともかく、一般の領民や領内を通行する行商人には
掛け値なし、下手な魔物よりも最悪の存在だ。
1人でも脅威なのに、それが【盗賊団】ときた。
クエルクスは痛くなる目頭を押さえる。
「そうか、ミルシナたちが捕らえた盗賊だが、4名はその場で死んでいるのが
確認された。リーダーと思われるあの1人が酷く打ち据えられていてな。
あれでは回復するまで情報を引き出せぬ」
「……」
「今のミルシナの報告で、解散させようと考えていた騎士団を
展開させるしかないか?」
「心中お察しいたします……」
「いや心中ってもね我が辺境伯家の財政の問題だからね?ミルシナ」
「ですので、心中お察しいたしますと申し上げているのです」
ミルシナも深いため息がでる。
ヴァイト辺境伯領は他の貴族よりも頭一つとびぬけて裕福だ。
隣国との国境があるため、通行税の徴収だけでも国が潤う。
それこそ、領民や領内で商売を行う商人への税を優遇する政策を執っても、
十分以上に領地運営は成り立つのだ。
しかし、騎士団は軍隊だ。軍隊の常時展開は話が変わってくる。
「騎士団の常時展開はさすがに厳しいですね」
「必要と分かっていても無い袖は振れないからね。
今は袖があるから良いのだけど」
「クエルクス、盗賊団が居ると仮定してですが、根城にするとしたら?」
「あぁミルシナ…樹海…だろうな」
「あそこは王都へ続く街道もあります。
万が一でも王都へ盗賊が紛れ込んだら家名の名折れです」
「樹海は、魔物の狩場だ。材木や森の恵みも我が領の要の一つ。
戦争時には防壁の役割もあるからな、焼き払うわけにもいかん」
クエルクスは考えた結果、騎士団を樹海沿いにある村や町に小隊として
駐屯させることにした。警備兵と伝令係を交代で常駐させることにし、
併せて冒険者ギルドに樹海内の斥候を依頼する。
街道護衛にも兵力を割く必要があるため、多少危険でも小部隊を
運用する策を取った。
「町と村の警備も強化しなきゃな……
頭痛いねミルシナ、もう貴族喋りもしなくていいや」
「何をおっしゃるの?とっくに崩してたくせに」
クエルクスは書斎にある専用の椅子からソファーへ場所を移動する。
ミルシナは言われるまでもなくその隣に腰を掛けた。
それにしても気になることが一つある。
それを確認しなければならない。
「なぁミルシナ、あの盗賊の男だが、かなりの手練れだぞ?
お前ほどの使い手も打ち倒されたと聞く。アレは誰が倒したんだ?」
「それが……」
「それが?セリアじゃ、ああはいくまい?御者も馬車の横転時に吹き飛ばされて
あの怪我だ。専任護衛の2人もあの状態だしな侍女のナーリャか?」
ミルシナは、自身が妖魔の類にでも化かされているのではないだろうか?
そのような疑心暗鬼に駆られながらも、あの盗賊を打ち倒したのが
エフォリアとクエルクスに伝えた。
「はぁぁぁ?エフォリアは10歳だぞ?剣の修業は行ってはいるが流石に…」
「私も何を言っているのか…何を見たのか未だに理解が追い付かないのです。
ただ、あの子が不思議な技、こう、棒をクルっと巧みに操ってたのです。」
「うーむ、相手はかなりの使い手なんだがなぁ……もしや……」
「もしや?」
「女神様のクリスティアーネ様の祝福を授かっているかもしれん」
「まさか!?女神様の祝福はそれこそ数十、数百万人に1人なのですよ!?」
クエルクスは驚き立ち上がるミルシナをそっと抱き寄せる。
女神の祝福を授かっている場合、ほかの貴族や王家が放っておかないだろう。
万が一どころか、数百万が一の話だ。
女神の祝福は喜ばしい事だ。ただ……
「女神よ、願わくば政争なんぞに我が子の人生が翻弄されぬよう
お願いする。」
『オッケー♪』
「誰かいるのか!?」
突然声を上げたクエクルスに、ミルシナはびっくりした表情を向ける。
と同時に、控えていた侍女のナーリャが飛び込んできた。
そしてナーリャはクエルクスとミルシナが抱き合っているのを見て一瞬
顔が赤くなるが、すぐ冷静に。
「失礼いたしました閣下…私は下がらせていただきます」
「んーんっ!ごぉくろう!今日はナーリャも休みたまへ!」
一礼し書斎を出ていったナーリャは小走りで侍女控室へ戻って行った。
「もう…あの娘は真面目すぎるのよねぇ。
叱らないであげてねクエルクス、あの娘は頑張ったんだから。」
小さく笑いながらクエルクスの顔を見上げるが、当の本人はキョロキョロと
辺りを見回していた。ナーリャじゃないのかしら?とミルシナは首を傾げた。
「いや、なんか今、誰かの声が…」
「私には何も聞こえなかったわよ?」
今日は色々あったので、疲れているのだ。
頭の痛くなる事案も忘れてもう寝よう。
ミルシナとクエルクスは早々に休むこととした。
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