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年に一度のスポーツテスト。
全てにおいて、力を抑えながら挑んでいる。結人だけでなく、結人とともに修練を行う滝音家の鏡水も桐葉家の刀貴も一緒だ。
反復横飛びも100m走もいつものように抑えて平均点を出していた。
だが、ソフトボール投げで結人はやってしまうことになる。
握り締めたソフトボールには縫い目があり、そこに指を掛けた。第一関節と第二関節とも二つの縫い目に掛けられる。これだけの凹凸に指を掛けられれば、どれだけの回転をかけられるだろうか。
頭がその興味に集中してしまった。
結人は縫い目に指を掛け、振りかぶり、大きく腕を振った。
皆が、しん、と黙りこんだ。
結人が投げたボールは強烈なスピンがかかり、重力などこの世に無いかのようにぐんぐんと浮き上がっていった。10m刻みに引かれた白線が虚しいほど、軽く100mを越え、グラウンドの端までいってもボールの勢いは死なず、そのまま高さ20mの防球ネットも越えて住宅地へ消えていった。
しまった。
呆気に取られるクラスメイトたちをよそに、何もなかったかのように順番待ちに座る。みんなが結人を見ていた。
スポーツテストが終わり、周りがざわざわする中、知らんぷりを決め込んで教室へ戻ろうとした。
ふと、腕が握られた。振り向くと、副島が、目をきらきら輝かせて、結人を見ていた。
「ちょ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってえや、白烏くん。さっきのエグいわ。あんなん、プロでも無理や。野球……やらへん?」
「……いや、俺は、しゅぎょ……うん。悪い。止めとくよ」
少年のような目をした副島には申し訳ないが、そうやって断った。副島は「そっかぁ」と呟いたが、言葉とは裏腹に目の輝きは失っていなかった。
昨年、三年生が抜け、野球部が活動できない人数になったことは噂で聞いていた。部としては認められず、同好会となったこと、副島がその主将であることも知っていた。人数を集めねば、部として認められず、あの夏の甲子園を目指せないらしいということも、知っていた。
だが、結人は二年生の学年通信には目を通していなかったのかもしれない。最後の二ページを使って、名前とその下に一言づつ座右の銘が書かれている。
副島の座右の銘は、こう書かれてあった。『絶対に諦めない』
数日後。
「白烏くん」
授業の合間の5分休み。机に肘をついて、昨晩の修練を思い返していると、後ろから声を掛けられた。
振り返ると副島がいた。丸坊主も目もどちらも輝いている。
「これ、何やってんの?」
副島は結人の机に二枚の写真を置いた。
「ほら、これ。忍者のコスプレして。ほら」
昨晩の修練中、二回ほど確かに何かが光った。手裏剣だけに集中してしまい、周りへの警戒を怠っていた。まさか副島とは。というより、修練は人目につかない22時からだ。副島はあの時間に山へ追ってきたということか。
それにしても、よく撮られてしまっている。白い烏の刺繍が入った装束に身を包んだ結人が、手裏剣を構えて屈んでいる。写真を見ながら、コスプレと言われたことに対して歯を食いしばって耐えた。
「……何これ。これ、俺ちゃうよ」
結人が写真を返そうとすると、副島はスマホをポケットから取り出した。
「いやいやいや、白烏くんの家から出てくる動画も撮れとるから。これ、背中のは家の紋か何かなん? 白い烏やし」
「お、お前、副島。こんなん犯罪やぞ」
副島のスマホには「白烏」という表札のアップから裏口から出てくる結人までがしっかりと動画で撮られている。
「うちの高校ってさ、代々忍者が入学してくるって都市伝説みたいな噂あるけど、それが白烏くんなん?」
結人の額から汗が滴る。
忍者はいつ任務が降りてくるか分からない。正体がバレるなど忍ぶ者としてもってのほかなのだ。親父にも結人にもまだ忍者ショーの依頼しか来ていないのが現状ではあるが……。
正体がバレてしまえば、いつ誰がどこから天誅下さんと襲って来るか分からない。
「副島……やめてくれ」
副島が微かにニヤリと口角を上げたのが、副島の勝ちを物語っていた。
「止めるって、これ言うたらあかんってこと? そしたら、交換条件として野球部入ってもらわないかんと思うわぁ。俺、この動画と写真みんなにうっかり見せてまうかもしらん。野球部入ってくれへんかったら」
副島がおよそ高校球児とは思えない闇の取引を持ちかけてくる。
甲賀流がこの街にも数家ある。交流のある滝音家や桐葉家以外にもたくさん流れがあるはずだ。白烏家が甲賀忍者だとバレおった。そんなことが回れば、下手すると親父は自害してしまうかもしれない。
結人は副島からの闇取引に応じた。
「分かった……入るから動画を削除してくれ。お前、一体なんでそこまで……?」
結人と副島が対照的な表情をしている。始業ベルが鳴るまで、あと1分。
「俺、絶対に諦めないんだ。それだけ。…………でさ、この写真のこの奥、ここに写ってるのってさ、四組の滝音くんちゃう?」
結人が顔を白くさせると同時に始業のベルが鳴った。結人は始めて授業中にスマホをいじった。
『すまぬ、鏡水。後で話がある』




