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一回表、藤田はなんと三者三振という抜群の立ち上がりを見せた。しっかりとデータを暗記した滝音のリードによるところもあるが、何といっても藤田のボールは走っていた。
「よっしゃあ、やるやんけ藤田」
「ナイピー、ナイピー!」
ベンチへ戻る藤田の背中がバシバシと叩かれる。最後に副島が藤田の尻をぽんと叩いた。
「ええぞ、藤田。最高のボールやった。お母さん、喜んではったぞ」
帽子の鍔に指をあて、藤田が笑顔で応える。この人の情熱を甲子園に連れて行きたいという気持ちも強い。僕らの誇れるキャプテンだ。
「藤田、ナイス」
ベンチから出てきていた白烏がハイタッチする。
「いけるとこまで行きます」
「オッケー、いつでも受け継いだるから」
一方の遠江姉妹社ベンチは慌ただしかった。そもそも登録ギリギリに部員が揃った甲賀高校のデータはほとんどない。唯一知られていたのは藤田と副島だったが、藤田がここまでの球を投げるとは予想を越えていた。
「良いぞ、あのピッチャー」
「3人にかかってるかもしらん。ゼロで頼むで」
ベンチ前でキャッチボールをする3人のピッチャーに遠江姉妹社の選手が頼んだ。
「ああ」「分かってる」「うん」
遠江姉妹社の三枚看板が同時に頷いた。古豪とはいえ、やはり甲子園出場経験のある高校だ。その巧みなベンチワークが甲賀ナインへ牙を剥く。
一回裏、犬走が打席に入り、だらりとバットを下げている。何事かとキャッチャーが犬走を見上げるが、表情はいたって真剣だ。
遠江姉妹社の先発は右の本格派。犬走の構えにも動じている様子はない。犬走は昨日の伊香保の話を思い出していた。
「3人のピッチャーは三者三様。右の本格派に、左の技巧派、それに右のアンダースロー。それぞれ特徴はあるけど、ものすごい球を持ってる訳じゃないの。……ただ、この3人、怖いくらいに淡々と投げてくる。感情がないんじゃないかって思うくらいよ。そういうキャラだからなのか、コントロールは3人とも素晴らしいわ。だから、序盤はこのデータは役に立つと思う」
犬走は伊香保の話の中で気になっていた部分があった。伊香保は「序盤は」データが役に立つと言った。おそらく分析されていると気づけば、途中からリードを変えてくるという意味だろう。この序盤でデータを駆使し、先制点、できれば一点でも多く取っておく必要があるのだ。
犬走は初球に賭けていた。初球は主に2つのパターンだと伊香保は分析していた。ストレートもしくはカーブ。球速差があるから、普通の打者はどちらかにヤマを張らないと合わせづらい。ただ、試合開始の初球に絞ると、ストレートが8割を超える。コースは低めを丁寧についてくるらしい。コントロールが良いから、低めと絞れるのは犬走にとってありがたい。しかも、守備位置は普通の守備位置だ。ちょこんと当てるだけなど毛頭にないらしい。この初球、集中しさえすれば、犬走が圧倒的に優位だ。
初球。おおかたの予想通り、真ん中低めにストレートが来た。少し走りながら犬走はバットに当てる。背中にキャッチャーが動揺している姿が浮かぶ。ピッチャーが冷静にいち早くボールを追って前にダッシュしていた。が、ボールを取って一塁を見ると、既に犬走は一塁に到達する手前だった。遠江姉妹社の内野陣が呆気にとられている。
セーーーフ!
先頭の犬走、光速で駆け抜け、ノーアウトでランナー一塁となる。伊香保と副島が派手にガッツポーズしていた。




