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月掛はひとつ犬走と目配せをした。単純な確認だ。
『走りますよね?』
『ああ』
遠江姉妹社のバッテリーは最大限の警戒をしていた。さっきの一塁への到達スピード。走らない訳がない。ピッチャーがしつこく牽制球を送るが、犬走はさほどリードをとっていない。仕方なく、遠江姉妹社バッテリーはサインを確認し合う。
『あの足だ。走らない訳がない。一球外すぞ』
『……』
ピッチャーが大きく外角に外し、ストレートを投げ込む。犬走がスタートを切ったのはピッチャーが完全に月掛に向かった後だった。遅い。ピッチャーのモーションが早く、牽制球なのか月掛へ投げ込むのか、犬走には判断が難しかったのだ。盗塁はスタートが命だ。こんなスタートではさすがに成功しない。
が、黒土の上に閃光が走った。キャッチャーが大きく外したボールをすぐさま二塁へ送る。犬走の足が勢いのまま滑り込んで、ベースを捕らえる。直後に遊撃手がタッチするが、犬走の方が早かった。盗塁成功。
二塁上で、沸くベンチに向かって犬走は手を上げて応えた。
「やっぱり奥が深い。どんなに早く走ってもスタートを磨かないと……。危なかった」
先ほどの遠江姉妹社ピッチャーのモーションはクイックモーションと呼ばれる。犬走の足でもこのクイックをきっちりやられると危ない。犬走の課題である。
だが、月掛は二塁上の犬走へもう一度目配せした。
『ここでやらないと意味ないすよ』
『分かった。やってみる』
──犬走と月掛はこの大会前、桐葉と白烏、滝音とともにある作戦の練習に取り組んでいた。
その名も、電光石火の先制点。
先ずは犬走が何としても出塁し、二盗、三盗を仕掛ける。二盗は犬走ならほぼ成功する。実際に何度も練習したが、白烏の信じられない速球と滝音の正確な送球でも一度も犬走は刺されなかった。
「ほんと、エグいな。犬走の足は」
滝音は呆れるように笑い、二盗の練習は切り上げた。一転、三盗となると、犬走でもグッと成功率は落ちた。
「やっぱり三塁は捕手近いから、警戒されると難しいんやね」
三塁でアウトになった時、犬走がそう呟くと、副島と伊香保が五人のところへ寄ってきた。
「三盗はどんなに足が早くても隙を突かんと難しいんや」
「そ、その通り。でも、ひとつだけ付け加えるとね、三盗は二盗と違って隙は突きやすいの」
「まあ、せやな」
? 五人が首を傾げる。
副島の指示で桐葉がショートに残り、副島がサードに入った。
「滝音、何度か牽制のサイン出してくれ。犬走は隙を見て走れ」
何度か白烏は牽制を入れ、犬走はその度に二塁へ戻る。五球目に白烏はやっと投げたが、犬走はスタートを切れなかった。
「これだけ牽制されると走りづらいな」
「ふふ。そうやろな。けど、ほんまにそうか? 牽制されればされるほど、分かりやすないか? さっきの四球目までと五球目の違いさえ分かれば、犬走なら三盗も楽勝になんぞ」
副島はそんな禅問答のような問いを犬走へ投げた。滝音だけが、「なるほど、確かにな」と理解したようだった。




