始まり-5
魔族たちは、数メートル上空で急に気を失ったように見えるアギオンを見て、困惑していた。どういうことだろうか。取り敢えず落ちてきたところを殺せばいいかーーそう思って彼らが気を緩めた瞬間、落ちてきていたハズのアギオンはそこから消えていた。
「なっ……?!」
本当に、居ないのだ。どこにいる、と思って目線を移動させた時、視界の端で鮮血が飛び散った。それと共に、悲鳴が上がる。
(ーーどういうことだ)
動揺を隠すようにしてそちらを振り向くと、血を浴びながら美しい銀色の髪を振り乱している女の姿が見えた。彼女は目にも留まらぬ速さで次々と魔族の仲間を斬りつけて倒してゆく。先ほどまで素人のような剣さばきを見せていた少女が、何故。
彼が驚きと恐怖に目を見開いて固まっていると、彼以外の仲間は皆血を流して草へと倒れ込んでいた。噎せ返るような、鉄臭さ。死のにおい。何でだーー。私たちはただ、ひ弱そうな少女を数人で倒して不安な芽を摘んでおくだけの役割しかなかったはずだ。簡単な仕事だったはずだ。それなのに、こんなーーまさか。
少女が、顔についた血を甲で拭いながら彼の方へ目線を移動した。綺麗な青い瞳は、血を映してるからかどこか赤く揺らいでいるように見えた。表情は、凍り付くようだ。彼女は、これから殺す相手として自分を見ている……そう理解した時、彼は恐怖に戦慄した。
少女は彼の方へとゆっくり歩いてきてーー立ち止まった。そしてチラリと魔族と人間の本軍の方を見て、息を吐く。
「ーーこんな所で戦っても、ダメだわ。気付かれてないもの」
何がダメなのかが検討もつかない魔族の男は、訝しげに少女を見ていたが、見上げてきた彼女の瞳と目があった瞬間、蛇に睨まれたカエルのように動けなくなった。……情けない話であるが。
彼女は少女だとは思えないほど妖艶な笑みを浮かべ、手に持った血で汚れた剣の切っ先を魔族の男の首に突き立てた。
「ヒッ……!」
「貴方は特別に逃がしてあげましょう。その代わり、本軍に戻って知らせなさい。とあるアギオンが、本軍の横から奇襲攻撃を仕掛けようとしている、とーー」
「そ、それは……」
つまり、混乱させる作戦ということだろうか。彼が眉を寄せると、少女は今度は無邪気に朗らかに、声をあげて笑った。血とは無縁な純粋無垢な少女のように、明るく。
「まあどっちにしても攻撃を仕掛けるのだから、本当なのだけどね。」
貴方が触れ回ってくれた方が、いい塩梅に引っ掻き回せるでしょうーーその言葉は静かに呑み込んだ。そして剣をゆっくり下ろすと、魔族の男は恐怖に満ちた表情のまま本軍の方へと逃げるように走っていったのだった。




