始まり-2
「さあ、お菓子よ!」
満月の日のお昼頃、その女性は現れる。
片手に大きなカゴをぶら下げ、そのカゴの中には王都で有名な色とりどりのお菓子がたくさん入っているのだ。そして、そのお菓子を村の子供たちに配り歩いてくれる。三年ほど前から始まったそれは今では村で有名で、女性の声を聞き付けると待ってましたとばかりに子供たちは女性の周りに群がるのだ。
「お姉ちゃん何があるの?!」
「今日はねえ、いつもの花の飴と、星が散りばめられたチョコレートと、あとはこの膨らますと動物の形になるガムよ」
ほら、と女性が頬を膨らますと、その口から黄色いキリンの風船が現れた。
「うわあ!キリンだ!」
「すごおい!欲しい!」
子供達は目をキラキラと輝かせて、僕も、私も、と手を差し出す。女は風船を割ってまた口に含み、いいわよ、と微笑んだ。
「飴は一人三個、チョコレートは一人一枚、ガムは一人二個よ!人のを取る悪い子には、もうお菓子はやってこないわよ。いい?」
はーい、と子供達が声を揃えて手を挙げる。その返事に満足し、女はお菓子を配り始めた。
「これはなあに?」
「ピンクはカレイスという鳥のガムよ」
「カレイスって?」
「南の方の島に住んでる、ピンク色の綺麗な小鳥よ」
「へえ〜〜!」
ワイワイと子供たちと楽しそうに会話している女を見て、村の大人たちは笑っている。
「本当にあの方は、どこから来るんだろうねえ」
「あの長く綺麗な銀の髪に、綺麗な青い瞳ーーアギオンじゃねえのか?」
「そうかもなあ。満月の日にだけくる……さしずめ月の女神か!」
「月の女神、しっくり来るな!」
はは、と笑いあう村人たちは、興味があるにも関わらず女を問いただすことはない。一度何者なんだと聞いたところ、困ったように笑って緩く拒絶されたからだ。人が聞かれて嫌なことを無理に訊く必要は無いだろう。彼女は現に子供たちに優しく、お菓子を配ってくれているだけだ。知っているのはそれだけでいい、と村人たちは思っていた。
カゴの中のお菓子が無くなった頃、女は立ち上がって子供たちに笑いかけた。
「そろそろ帰らなきゃ」
「ええ?!もう行っちゃうの?」
「まだ遊ぼうよう!」
「そうしたいんだけど、ごめんね、用事があるの」
困ったように笑うと、いつもそうじゃん、と彼女の薄青色のスカートの裾を掴んでいた男の子が不満げに呟いた。女は手を伸ばしてその子の頭をひと撫ですると、子供たちに向かって「また来るから」と微笑んだ。子供たちはそれを見て渋々といった感じで各々頷いた。
それから手を振り、女は王都の方に去っていったーー
「ただいま」
裏口から入ってきた銀髪の女を見て、オーウェンは緩く笑った。
「おかえり。少し見た」
「……見なくていいのに」
恥ずかしいから、と言って女ーーエリシアは元の姿に戻った。腰まであった銀髪は肩甲骨までの亜麻色の髪に、青い瞳は薄紫色の瞳に、徐々に戻っていった。
そしてようやく元の姿に戻ると、エリシアはゆっくりと椅子に座った。
「楽しいけど疲れるわ。いつバレるかと気が気じゃないし」
服はいちいち着替えてるけど、それだけじゃ心許ない。
「月の女神とか言われてたぞ」
「……勘弁して……」
はあ、とエリシアが苦笑した。
オーウェンはその姿を見て、ゆっくりと目を伏せる。月の女神じゃなくて、お前はーー。そこまで考えて、オーウェンはエリシアに近付いた。
するりと頬を撫でる大きく無骨な手に、エリシアは顔を上げた。
「叔父さん?」
「……戦争になど、行って欲しくない」
その絞り出されたような掠れた声に驚いて目を合わそうとすると、叔父は微笑んでいたが、何故か泣いてしまいそうに見えた。エリシアは口を開き、そしてまた閉じる。それからまた、口を開いた。
「行かないよ」
言い聞かせるようにそう言った。
「大丈夫、行かないから」
もう一度確かめるように言って、エリシアは叔父の頰に手を伸ばして微笑んだ。兄のような、父のような、叔父さん。大切な人。あなたを悲しませることはしたくない。そう思いを込めて。
すると、オーウェンは少し口角を上げて、頰にあった手を離してそのままエリシアの頭を撫でた。そして自然に額にキスを落とす。
「……少し出かけてくる」
その声は、いつも通りのオーウェンの声だった。
「いってらっしゃい」
エリシアが安堵して笑うと、彼はもう一度だけエリシアの頭を撫で、そして裏口から外へと出て行った。




