使徒契約
「お前、前世の記憶は無いのか?」
そう言って、ぼくの瞳を見つめてきた。
「前世のき・お・く?」
「あるわけないじゃん。」
「そうか、ならいい。」
「俺の言葉がわかっている時点で、前世の記憶が残っているってことなんだが、まあいい。」
「お前、俺の使徒になれ。そうすれば、お前の飼い主を助けられるかもしれん。」
「本当は、お前と彼女が出会ったあの夜、彼女は死ぬはずだった。」
「だが、お前と会うことで彼女は救われたんだ。」
「じゃあ、お前、いや、死神、あの時は、ぼくじゃなくて、彼女を狙ってたの。」
「狙ってた?変なことを言うな!俺は、そんなストーカーのような趣味は無い。」
「お前の幸運が、彼女に移っただけだ。」
「お前に気付かなければ、彼女はこの先の交差点で車に轢かれて死ぬ予定だった。」
「そして、俺が天国に連れていくはずだった。」
「もともと、彼女は子供の時から、何も良いことが無くてな。早くに母親を失くして、再婚した父親の後妻に毎日、いじめられていたのさ。」
「だから、高校を出てすぐに働きだして一人暮らしを始めた。」
「そして、ぼくのためにそのアパートを追い出された。」
「僕のせいだ。」
「そう、お前のせいだ。」
「だから、俺の使徒になれ。」
「それまで、一度も笑ったことのない彼女が、お前と居たときは毎日笑っていた。」
「その幸せを少しでも続けさせろ。」
「実は、おれは、彼女を導けなかったことで、彼女の案件からは外されたんだ。」
「今は、他の奴が・・・いや、そんなことより。」
「もし、お前が分けた幸運が、少しでも彼女に残っていればまだ間に合うかもしれん。」
「使徒になれって言っても、何をすればいいんだ?」
「俺たち死神は、死んだ人間が、魔に取り込まれないように現生の思いを断ち切りあの世に連れて行くのさ。」
「そして、使徒は、俺たちがその人の死に、間に合うようにストーカー、いや、監視してもらう。お前のように、全身真っ黒な奴が、使徒には好都合なんだ。」
「俺の使徒になれば、今すぐ彼女のもとに連れて行ってやる。」
「わかった。使徒にしてくれ。」
「よし、じゃあ契約のために、お前の髭を一本貰うぞ。」そう言うと死神は、有無を言わさずぼくの髭を引き抜いた。
「痛い。」ぼくの体が3mぐらい吹っ飛んでいった。
そして、死神の手には、猫のひげが、1本、2本、3本、4本・・・。
「お前、俺に恨みでもあるのかよ?」
「いや、おれが、お前の所為でお払い箱になったことなんかちっとも恨んでない。ちょっと、手元が滑っただけだ。」
「滑っただけで、どうして片方の髭が全部なくなるんだよ。」
「悪かった。バランスが悪いのなら、反対側も抜いてやろうか?」
「いいよ。」
「そうか。まあいい、契約には、この髭を俺が舐めればいいのさ。」
「おい、それって、ぼくの髭を抜く必要があったの?」
「いや、特に無いけど、俺がお前に顔を近づけたら、お前、俺の顔をひっかくだろ。」
死神だけあって鋭い。
死神が、ぼくの髭を舐めて、その闇のように黒いマントから、これまた同じように黒い袋を取り出してその髭をしまい込んだ。
「まあ、全部入れとくか、何か有った時のために。」
それから、死神は、自分の指の先を噛んで、赤い血を僕の額に擦り付けた。
「これで、契約は終了した。さあ。行くぞ。」
そう言うと、死神は、僕の体をひょいっと片手で拾い上げるとその黒いマントの中に放り込んだ。
黒いマントが、ぼくを取り込むと死神は、ニタっと笑って、雨の降る暗い街を北極星の方向に飛んでいった。
『何て不吉なんだ。』




