第八話 友人としては善人である
「あー、髪……髪の手入れか。困ったな。特に何もしていないんだが……」
ノクトは首を傾け、口ごもる。
すると、質問者の赤い服の少女は言った。
「じゃあ、とくにお手入れもしてないのにそんなに綺麗な髪なの?いいなぁ」
それを聞いたノクトは、何かしら少女にとって役立つ情報がないかとしばし考える。
「ああ、そうだ」
思案顔の後、はっとして言う。
「家に置いてある、あれは──誰かが置いていった女性用のヘアオイルのブランドの……なんだったかな。種類が色々あって、思い出せないな……あれを使うと確かに髪の調子がいい気がする」
「まてまてまてまて」
トロントが、慌てて小声で止めに入る。
「小学生と教師相手にしていい話か?本当に大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない……いちばんいいヘアオイルの話だぞ。問題あるわけないだろ」
全く意味がわからないという風に言うノクト。
トロントは周囲に聞こえないように静かにコソコソ話を続ける。
「つーかお前、養父のエイトと一緒に実家暮らしだろ。なんで家に女用のヘアオイルが沢山あるんだよ。絶対におかしいだろ」
「え……?おかしくはないだろ。実家以外にも生家があるんだ。皆、自分用のオイルとかシャンプーとか使いたいから置いときたいって……」
「皆って誰だ皆って!この話、今すぐ終わりにしろ!」
トロントは囁くように叫びながら、拡声機を奪い取る。ノクトは話を強制終了されて不満そうだった──教師もこの話を聞いている。幻獣調査団員のモラルが終わってると思われるのは、絶対に避けなければならない。
そうしながらトロントは、こいつ一回女に関してはガチで説教したほうがいいかもしれない、と真面目に思っていた。
ノクトはしぶとくトロントから拡声機を取り返した。そして早口に、
「えーとつまり──完全に髪を乾かす前にヘアオイルを一滴だけ手のひらに広げて、それを髪に塗布してから乾かす。そうすると朝にはまとまりが良くなってると思う。よければお母さんにオイルを買ってもらうなりして、活用してくれ。以上だ」
と、赤い服の少女に伝えた。
少女は満面の笑顔でうなずいた。
とりあえず、少女の悩みの助けになるような情報が伝わって、ノクトは安堵して、笑顔を見せた。
トロントは対照的に凄まじく渋い顔をしていた。
なんだそのキラキラした笑顔は。オレは、お前と幻獣調査団の社会的信用を守ってやったんだぞ。
噂には聞いていたノクトの自堕落生活の一端と、この根っからの善人ぶりの落差に、頭が猛烈に痛くなった。
……こいつ、どうしたらいいんだろう。なんというか、友人として。
そうこうしている内に、また質問をしたい小学生たちの「はいはーい」という元気な声がたくさん聞こえた。
ノクトはトロントの気など知らず、次の質問者を指し示す。
「それじゃあ、後ろのほうにいる、眼鏡の少年」
さされて、緊張する面持ちで、黒髪の眼鏡の少年は立ち上がった。知的な顔立ちが印象深い。
「あの、幻獣調査団の一部の、すごく強い《ナイトキラー》は、機械のスコーピオンといっしょに行動してるって聞きました。ノクトさんは、スコーピオンと一緒にいるって聞いたんですが……」
それを聞いて、トロントは「ほう」と感嘆する。そして思った──この子、幻獣調査団マニアだな、と。
一部界隈で、幻獣調査団クライメシスには、熱烈なファンがいることをトロントは知っていた。
「良く知っているな」
ノクトはそう言って、首を少し傾ける。すると、その首筋から黒いサソリが這い出してきた。
一瞬イベント会場はざわつくが、ノクトがすぐに制した。
「このサソリは、オレの相棒、ナイトスコーピオンの『アイリーン』という。機械のサソリで、毒はない」
機械で毒はない、と聞いて、会場の人々が一斉に安堵する。
アイリーンはノクトの肩に落ち着くと、会場の皆にぺこりとその頭を下げた。そのかわいい仕草に会場は湧いた。
ノクトの胸に、不用意に、とてつもなく誇らしい気持ちが湧いた。
「何だったら、このノクトよりもアイリーンのほうがはるかに常識があってまともだ」
どうしても一言いいたくて、トロントは彼の拡声機に向けて喋った。
「お前、余計なことを言うな」
ノクトのその声はモロに拡声機に入っていて、会場の笑いを誘った。




