第七話 常軌を逸する講話
小学校で行われている幻獣調査団の地域交流会は和やかな雰囲気で進んでいたが、ノクトが登壇した瞬間、雰囲気が変わった。
ノクト自身は普通に挨拶しただけだったが、殺意の塊のようなその出で立ち、そしてその端正な顔に、会場のざわめきが止まらない。
彼は全身に会場中の注目を浴びながら、壇上でゆっくりと口を開いた。
「……えー、エリオス王国は、近隣と比べて比較的治安が良い。しかし、治安が良いと言っても、危険が全くないというわけではない──今日は君たちに、力が強い大人に対しても有効な護身術を一つ、授けたいと思う」
脇で待機していたトロントが呼び出され、相手役として引っ張り込まれる。
「不審者にもし手首を掴まれたら」
トロントが、力を入れて手首を掴んでくる。彼はウエイトのある剣士であり、力が非常に強い。
一方でノクトの腕は無駄がなく、比較すると華奢にすら見える。無抵抗であればへし折られてしまいそうだ。
ノクトは、がっちりと掴まれた手首を会場に示す。押しても引いても、それが外れるような気配は無い。
「こうやって馬鹿力の奴に腕を掴まれたとき、普通に引っ張ってもなかなか抵抗できない。
支点・力点・作用点を活用して──自分の手首を小さくひねって、払い落とす」
血管が浮くまで力を込められたトロントの手が、手首だけの小さな捻る動きで、するりと外された。
その実演に、おおーという歓声が上がる。
「もう一度やろう。手首をこうして掴まれたら、小さく手首を捻る力を加えて、払い落とす」
何度やっても、トロントの掴む手は外された。一瞬彼はムキになって、手首を折らんとする勢いで掴むが、結果は同じだった。
ノクトは一瞬だけ目を細め、トロントに対して勝ち誇って鼻で笑った。
それを見て、彼は当然のごとくムカッ腹を立てる。
「あとは」
ノクトは、トロントをスルーして続ける。
「基本的に不審者に対してまともに相手をしないこと……逃げることを最優先にするんだ。そして、大声を出して、人を呼ぶこと」
彼は会場を見渡して、はっきりとした言葉を紡いでいく。
「我々、幻獣調査団はエリオス王国を区分けして、王都のパトロールを行っている。きっと誰かが近くにいると信じて、困ったときは大声で知らせて欲しい」
はーい、という良い声が会場の小学生から返ってくる。
「そして、もし再び掴みかかってくる、接近して拘束しようとしてくる場合、君たちにも比較的簡単にできる攻撃を教えよう」
ノクトはラベンダー色の瞳を刃物のように光らせた。
「──小指を折れ」
「おいおい」
思わず実演役のトロントは吹き出して、突っ込んでしまった。子供たちにえげつないこと教えんな、という顔をしている。
「小指を鍛えることは大人でも難しい……経験上、折ったその瞬間の痛覚によって、一瞬敵が怯む可能性が高い。その隙に大声を出して、逃げる」
ノクトは一呼吸置いて、続ける。
「指を折ることが目的なのではない。どうしてもしつこく掴み掛かられて脱することができない時、最終手段としてそうやって隙を作り出すんだ。そして、一瞬の可能性に賭ける……わかったか」
ざわざわしながらも、小学生たちは「はーい」と返事をした。
ノクトは満足してうなずいた。
(お前の場合は、もし折られたらその瞬間に猛然と反撃してくるだろうけどな)
トロントは、ノクトの戦闘スタイルを思い出して心の中で突っ込んでいた。肉を切らせてなんとやらを地で行く男だ。
「護身術の実演は以上だ……我々幻獣調査団は、君たちの安全を、心から願っている。
引き続き、質問に入りたいと思う。質問がある者は挙手」
すると、はいはーい!と多くの小学生たちが勢いよく挙手をする。
「意外と多いな……、じゃあ前から三番目の君」
ノクトは拡声機を装着した女教師に目配せすると、彼女は該当の少年に質問を聞きに行く。
「お兄ちゃん、人を殺したことあるの?」
質問一人目からこの内容、「どうすんだこれ」という顔のトロント。
しかし、ノクトはなんということもない様子で答えた。
「ある」
会場は一際騒がしくなった。
トロントはあちゃーという顔をした。幻獣調査団の地域交流会として、本当に大丈夫か……?
「他の幻獣調査団員がどうかは知らないが、オレは敵に対して一切の容赦はしない……君、なぜだか、わかるか?」
壇上から涼やかな声で逆に問われ、質問した少年は心底驚いて、どうすることもできずにもじもじする。
「な、なんでだろう……わかんないです……」
ノクトは、ラベンダー色の瞳で少年をまっすぐみつめた。
「それは、敵に情けをかけることによって、大切な仲間や国民が怪我をしたり、命の危険に晒されたりするからだ。オレは、罪のない人々と、仲間の安全を最優先に考えている」
ノクトのまっすぐな視線。
目の前の黒装束の男は、人を手に掛けたことがある──それは少年にとって、未知で、恐怖の存在だ。しかし、彼がそうする理由は、少年の心にまっすぐ届いた。
「じゃあ、次。質問がある人」
ノクトがそう言うと、再び「はいはーい!」とたくさんの挙手があがる。
「えーとじゃあ、そこの赤い服の女の子」
「はい!」
赤い服の少女は、元気よく立ち上がり、女教師の持ってきた拡声機に声を吹き込む。
「髪がすごくきれいなんですけど、お手入れはどうしてるんですか?」
トロントはノクトの隣で、もう笑いをこらえきれずに爆笑した。
「幻獣調査団関係ねえ!」




