第六話 黒き夜を辿った者
ノクトは、『幻獣調査団の地域交流会』に駆り出されていた。
近所の小学校で子供たちに講演を行い、どんな仕事をしているのかを周知し、相互理解を深めるのが目的とセドリックから聞いている。
ノクトは、正直気がすすまなかった──子供の前で講演するとか、全くもって、ガラではない。
が、仕事であるからには行かなくてはならず、気が重い。
本来ならとっくに幻獣調査に行っていたはずなのに、あのリリィの父親のせいで──ノクトは恨み言を思わずにはいられなかった。
小学校の昇降口前には、コートの男が荷物を運びこむ作業をしていた。
「あれ?まさかノクト……?」
ノクトに気づくと、彼は荷物を一旦置いて軽く手を振った。
「ここに書いてあるナイトキラーの講演って、まさかと思ったけどお前かよ」
さも可笑しいといった様子で話しかけてきたのは、明るい色の生成レザーのコートを着用した、黒髪を後ろにセットした男だった。
その言葉を聞くとノクトはぶすくれて──彼がそのように表情豊かに話すのは珍しかった──そう言った。
「うるせえな、トロント……幻獣調査に行く予定だったのに、くだらない怪我で戦闘依頼出禁にされたんだよ」
「ほーん。お前が怪我するとか、珍しいな。どんな強敵だそりゃ」
トロントと呼ばれた男は、興味深そうに、タイガーアイのような目を輝かせた。
ノクトとトロントは、以前共に危険度SSS級依頼をこなしたことがあり、戦友のような間柄だった。
「聞きたいなら、今度聞かせてやるよ。──そんなことより、トロントは何の仕事できたんだ?」
ノクトが尋ねると、彼は「特におもしろくもない仕事だよ」と言って、続ける。
「ただの荷物持ちポジ。地域交流会の会場作りだろ、荷運びだろ、会場案内だろ……」
「だる」
思わずノクトは吹き出し、続けて言う。
「せっかくだし、お前の飛刀と剣技を活かせる──《ソイブレイカー》として活躍できるような、なんか他の依頼なかったのかよ」
「そう思うだろー?セドリックのやつにめちゃくちゃ頼まれて、マジで面倒だけど、しょうがないから来てやったんだよ。まあ、子供好きだし、いいけどな〜」
「まあ、そういうの、ほんとお前らしいよ」
ノクトは心からそう言って、笑った。
そうしている内に、ノクトの講演がはじまる時間が近付いていた。
『幻獣調査団のおしごと』という内容で、何となく子供たちに対して話す内容については考えてきているが──戦闘をしていたほうがずっと楽だな、と彼は思っていた。
ノクトの腰ほどの背丈の子供たちが、所狭しと会場に座っている。
講演会の司会は、小学校の女性教師が行っていた。小さな拡声機を使って、会場全体に声を響かせている。
同じ拡声機が、ノクトの胸にもつけられていた。
『ではー、幻獣調査団クライメシスより、夜間戦闘・隠密のエキスパート、《ナイトキラー》のノクト・アシュベルさんに来てもらいました!よろしくおねがいします!』
よろしくおねがいしまーす!と、会場の小学生たちが大きな声で挨拶をする。
(めんどくせぇ……)と思いつつ、渋々ノクトは壇上に上がった。
「あー……只今ご紹介に預かった、幻獣調査団クライメシスの戦闘員、《ナイトキラー》のノクトだ。本日は、よろしく」
ざわ、と会場が鳴った。
ノクト本人はそつなく挨拶したつもりだったが、小学生の子供たちの前に立つにはあまりに異質な存在だった。
隠密行動のための黒い革装束。黒い脚衣と、音がしない仕様のぴったりとした黒い長靴。そして、腰から下げられた、これもまた黒い、殺意の塊のような刀──
『闇夜で敵を仕留めること』に全てを賭けたその暗殺者然とした出で立ちの一方、彼の顔は若々しく、端正に整い、しかし少しだけ翳りを帯びている。
何よりも印象的なのはその瞳──ラベンダー色の目は、それを見る者にありとあらゆる苦難を越えてきたことを思わせた。その上で強い意志と、暗いが美しい、陽炎のような光が揺らめく。
会場の子供たち、そして教師たちが、過去に一度も出会ったことがない人種なのは明白だった。
その姿を見て会場はざわざわとしていたが、その中には、
「本当の暗殺者みたい……」
「……めっちゃこわい」
「でも、かっこいい」
などの声が挟まっていた。
トロントはノクトが小学校の壇上で挨拶しているという状況が正直面白すぎて、必死に笑わないようこらえている。
だが、顔がニヤニヤとおかしくなるのだけは避けようがない。
ノクトはその様子に烈火のようにイラッとして、一瞬トロントにクナイを投げつけてやろうかと思った。
ノクトがクナイを投げるまでに要する時間は、一秒の半分だ。
壇上から殺気が滲んでいることに気付いたトロントは、一瞬にして背筋と表情筋を正した。その何事もなさは見事だった。
ノクトは、壇上で小さく舌打ちした。
──気付くとは、腕を上げたな。




