第五話 帰還と、上級任務禁止令
迷子事件と新人の研修を終えて彼らがエリオス王国の王都へとたどり着いたのは、その日の深夜だった──
帰還は急ぐ必要がなかったため、疲れている二人は、途中の宿で半日を休んだ。
そして国境付近の山奥から王都に帰るまで、徒歩の長い道程と馬車を乗り継いだ。
無事王都まで戻った頃には、空はすっかり暮れ、深夜の星々が空に瞬いていた。
「本当に、疲れましたね……あんな遠くまで行かされて、休む間もなく狼とかグリフォンとか」
夜の幻獣調査団本部の門前で、心の底から疲れた様子で、フィーネはそう言った。
「新人研修で魔獣に会うというのは、普通はないな。運がいいやら、悪いやら」
「悪いですよ……」
ノクトの軽口に、げっそりとした様子で彼女は答えた。
それを見て、ノクトは苦笑した。
「まあ、報告書は明日以降に頼む。今日は帰って休め」
「はい。泥のように眠ります。あの、ノクト先輩、今日は──」
フィーネは、ノクトの目を見て言う。
「何度も命を救ってくださって、ありがとうございました。一緒にいたのが先輩じゃなかったら、私もう生きてなかったかも知れません」
それを聞いてノクトは、大げさだな、と言った。
「新人がいきなり死ぬことがないように、エキスパートのバディが必ず研修に同行するようになっている。当然のことだ」
「そうかも、しれないですけど」
そう言ったフィーネの顔は少し赤かった。
「本当に、ありがとうございました。あの、おいしいもの食べて、ゆっくり休んでくださいね。おやすみなさい、ノクト先輩!」
言うとすぐに走り出し、フィーネは急ぎ足で帰路へとついた。
ノクトはそれを見送って、あんなに慌てて走ったら転ぶだろうに、と思いつつ──
「フィーネのやつ、なんか顔が赤かったな」
と、彼女の最後の表情を心配して、一人つぶやいた。
「風邪でもひいてないといいが……」
幻獣調査団本部前でフィーネと別れ、報告は明日にして、ノクトは自宅へと帰った。
今回は緊急性の高い仕事で、昨日の内には帰れなかった。父さんはもう寝てるだろうな、と思いつつ、自宅であるカフェの裏口に行く。そこには、彼がいつ帰宅してもいいように、こんな時間でも燈が灯されている──
ノクトはそれを見て、温かい気持ちになった。
鍵を開けて、裏口から暗い店内に入る。そして、鍵を閉めたその時。
深夜の暗いカフェ店内に入って、急激にほっとしたためか──安堵感と、疲れと、失血した分の抗いがたい目眩が同時にノクトを襲った。
まずい、と思って、どうにかカフェの待ち合いのソファまで行き着くと、そこにもたれかかるように倒れ込み、意識を失った。
柔らかくて、温かい。
意識が混濁した状態で、ノクトはわずかに目をあける。
見慣れた室内は暗い。まだ夜か、朝方だ。
温かいベッドに寝かされている。
「ベッド……なんで……?」
そもそもどうしたんだっけ、と思う。
そうだ。帰宅した瞬間に強い目眩に襲われて、カフェの待ち合いのソファに倒れてしまったんだった。
ぼんやりと、自分の状態を確認する。
黒い革製のナイトキラーの上着は脱がされていて、体が休まるよう柔らかいチュニックを着せられていた。
左腕の包帯も新しく巻き直されている。
こんな甲斐甲斐しくてパワフルな真似をするのは、どっちにしろ父さんしかいないな──ノクトは疲れと温かさ、安心感で、また眠りについた。
次の日。ノクトは少し家でゆっくりして、傷口を濡らさないように苦労しながらシャワーを浴びて、午後から出勤した。
依頼をこなしたら、報告書を必ず提出するのが、幻獣調査団クライメシスの決まりだ。
自宅兼カフェのすぐ近くにある本部へ到着し、決められた『報告書作成用デスク』で、今回の迷子探しの件の報告書を作成する。
報告内容は緻密だ。今回程度の依頼であればそれほど記入に時間はかからず所要時間は一時間ほどで済むが、大きな依頼ともなると報告書作成に数日、数週間を要する時もある。
「ノクトさん、迷子探し任務から帰ってきたんですね。おかえりなさい!」
いつも報告書を確認してくれる若い事務員のセドリックが、彼に近寄ってきた。
黒い髪に碧眼が印象的な、若い青年。
彼は、ここ一年以内に事務員として幻獣調査団に入った、有能な新人だ。
ノクトは首席合格で《ナイトキラー》になって五年目で、二人の年は近かったが事務員の彼からしたら大先輩というだけでなく、憧れの英雄だった。
「ああ、セドか。昨日の深夜にな」
ノクトは、ラベンダー色の瞳を穏やかに細めた。ちょうど書類が出来上がったので、セドリックに提出する。
彼は書類を受け取りながら言った。
「迅速な解決、本当にお疲れ様でした。……ええ、新人研修で魔獣グリフォン!ま、迷子探しでしたよね?」
ノクトは、それに対して肩をすくめて言った。
「そのはずだったんだけどな」
セドリックは更に報告書を読み進める。
「ノクトさん、怪我されたんですか……?」
「まあ、情けないことにな。大した怪我じゃない。処置は済んでいる」
セドリックは、左腕の革が大きく裂けてしまったナイトキラーの制服を見咎める。
「新しい制服をお渡ししますよ。そちらは補修しておきますから、後で脱いでください」
てきぱきと他の事務員に言って手配を進める。さらに、裂けた制服の下から覗く白い包帯を確認する。
「回復魔法やある程度の医療処置を受けているといっても、止血や鎮痛、炎症止めが主ですし──状況把握したいので、一旦、傷口を見せていただいてもいいですか?」
「マジか。面倒だし、別に確認しなくていいよ」
「ダ・メ・で・す」
セドリックは、嫌がるノクトに対して強い口調で言った。
急いで救急箱を持ってきて手指を消毒したセドリックは、ノクトの左腕の包帯を外していく。
グリフォンの鋭い爪で抉られた傷だ。今は応急処置をされ、開かないよう透明なテープで固定されている。出血は完全に止まり、炎症も比較的抑えられているが、中の異物が完全に取り除かれているかどうかまではわからなかった。
「ノクトさんは、これから医療室。中を徹底的に洗浄してもらって、縫合するかどうかの判断を受けてきてくださいね」
「えー」
セドリックの結論に、心底嫌そうな顔をするノクト。
「えーじゃないです。あと、薬もらってきてくださいよ。感染したら辛いですよ」
「別に大丈夫だよ。この程度……」
今までの体感でノクトは言おうとするが、セドリックから怒りのオーラが立ち上っているのを感じてやめた。
「まあ、うん、わかった。この後医療室へは行こう……それはそれとして、その後のオレの任務は何かあるか?」
ノクトはやむなく処置することは認めて、次の任務がどうなっているのかを確認する。
セドリックは困ったように言葉を紡ぐ。
「実は新しい幻獣の情報があって、本当はノクトさんにはそちらに当たって欲しかったのですが……」
「新しい幻獣か。いいね、面白そうだ」
ノクトは、ニッと口角を上げた。
しかし。
「何言ってるんですか。幻獣なんてSSS級の超危険任務、怪我してるのに行かせられないですよ!本当はノクトさんにお願いしたかったんですけど……」
「……え?」
「怪我が治るまでは、おとなしく戦闘のない依頼をこなしてくださいね」
「……マジ?」
というわけで、と彼はノクトに一枚の紙を手渡した。
「ノクトさんが幻獣調査になんらかの理由でいけない場合は、これに行って欲しいって希望が上官から」
「なんだ?」
その紙にはカラフルな色彩で、こう書いてある。
『小学校でかいさい!げんじゅうちょうさだんの、ちいきこうりゅう会。こうえん会もあるよ!』と。
「……この依頼……」
ノクトは紙から顔を上げて、一言。
「マジでオレがやるの?」
「そうですよ」
セドリックはさらりと言った。




