第四話 君よ、いつか大空へ羽ばたけ
もう時間は朝の四時を回っていた。夜明けが近い空は、夜闇から美しく白みはじめていた。
無事にリリィを家へと連れ帰ると、父親はまずは娘を抱きしめた。
いきなり問答無用で喧嘩が始まるのではとフィーネはひやひやしていたが、面倒事にならず安堵した。
さて、ここからが問題だ。ノクトはわざと剣呑な声を作って言う。
「ゲイルさんよ。グリフォンの話は聞いていなかったぞ……おかげで、不用意にリリィに近づいてしまってグリフォンの爪で大怪我をしたが。
オレだったから良かったものの、そこのフィーネだったら死んでいた。この情報共有違反、どう責任を取る」
回復魔法で幾分マシになったとはいえ、血にまみれた服と大きく裂けた左腕を見せると、ゲイルは見る間に震えて青ざめた。
「そ……それは本当に申し訳なかった……喧嘩しただの、グリフォンだのは、調査に直接は無関係だと思っていて言わなかったんだ。悪かった」
フィーネは、ただ世間体を気にしただけじゃん、と思っていたが口には出さなかった。
さすがにこの父親の世間体のためにこんな怪我をする目にあったのでは、ノクト先輩がかわいそうだし正直納得はいかないと思った。
ノクトは、ラベンダー色の瞳をじとっと半目にして言う。
「まあ、それは後から幻獣調査団より規約違反の追徴金請求書がいくだろうから、それは今はいい。幻獣調査団は団員を守る規約が強くて無茶を言う客には色々うるさいんだ。残念だったな」
「……えっ追徴き」
「そんなことより、あんたの娘のことだが」
ノクトは強制的に本題に入る。フィーネはちょっとだけ(ざまあ)という顔をしていた。
「魔獣を飼うな、というのは至極真っ当な意見だ。魔獣は子供や一般人に制御できるようなものではない。だが、頭ごなしに反対するだけじゃ、信頼を失ってこういった事件の引き金になる」
それに対して、ゲイルは不服そうに言う。
「それは、そうだけども……反対する以外に、何ができるっていうんだ。あんたですらそれほどの怪我をしたんだから、危険なのはわかるだろう」
すると、ノクトはリリィのほうを見て言う。
「現場で確認したが、グリフォンのライアとリリィの間に信頼関係があるのは間違いない。
だが、ここに他者、村人が絡むのは良くない……お互い興奮して、警戒しあい、一触即発で何が起きるかわからない。そこでだ」
リリィはどきどきしながらノクトのほうを見ている。
彼はそれを見て、優しくふっと笑った。
少女は、ぱっと顔を赤くした。
「森の餌場でだけ、ライアとリリィは会って良いことにしてやれ。
そしてリリィはライアに対して、村に侵入してはいけないことを教え込むんだ。
お互いの領域を侵してはいけない──そういうルールを分からせるんだ」
ゲイルはほう、と唸るように言った。
「それなら、リリィにも危険は少なく、満足して、我々も安全か……?」
「そう思う。何でも禁止にすれば解決するわけじゃない……全員が少しずつ譲ることで共存を模索すべきだ。それでいいか、リリィ」
ノクトの言葉に、リリィは喜んでうなずいた。
「うん、それでいい!」
「あとそれから」
彼は、追加するように少女に伝える。
「毎日、ちゃんと日が暮れるまでに帰るんだ。森には夜の狼がいて危険だし、父親が心配するだろう。これは喧嘩をしてるとかしてないに関係なく、だ」
「わかった……」
深夜に崖下で動けなくなってしまったことについては反省しているのだろう。少女は素直にうなずく。
するとノクトはしゃがみこんで、リリィと目線を合わせる。
そして、首を傾けて笑顔を見せて、その頭を撫でた。
「いい子だ」
「……!」
リリィはまたパッと顔を赤くする。
フィーネは微笑ましい気持ちでそれを見ていたが、心のどこかで(この、ナチュラル罪作り男めが……!)とつぶやいていた。
そんなフィーネの胸中など知らず、ノクトは少女に言う。
「リリィ。オレたち《幻獣調査団》には、《ビーストテイマー》という特殊クラスがある」
「ビーストテイマー……!」
驚いて、リリィは復唱する。
ノクトは少女の目を見ながらうなずく。
リリィは、ノクトの明るいラベンダー色のきらきらする虹彩を、至近距離で眺めていた。少女は、自分の心臓がどきどきしすぎてうるさいと思っていた──
「それは魔獣を扱う専門のクラス……もし本当に、人生を賭けてグリフォンを相棒としたいのであれば、まずビーストテイマーについて、そして魔獣について勉強をすることだ。王都に戻ったら、本を送ってやろう」
「……いいの?」
まぶしくて直視できなくて、リリィはちょっと下を向く。しかし、彼女の目だけは下から覗くように、ノクトのほうを見ていた。
「オレからできるのは、その程度のことしかないしな。その本の知識をどうするかは、リリィ次第だ」
聞いて、リリィは嬉しくて、嬉しくて、いても立ってもいられなくなり、目線を合わせてしゃがんでくれているノクトの首に勢いよくぎゅっと抱きついた。
「ありがとう、ノクトお兄ちゃん!あのね……あのね、来てほしいの!」
リリィはノクトの怪我をしていないほうの右手を引いて、朝の村へと駆け出した。
フィーネはびっくりして叫んだ。
「ノクト先輩、ちょっと、まだ応急処置だけで、手当がちゃんと終わってないですよぉ!」
「すまん、後回しだ」
もお、生傷晒して良くないですよ!と叫ぶ声が後ろから聞こえたが、もう走り過ぎてしまった。
少女はノクトの手を引いて、早朝の山間を走る。
「ライア、きてー!」
村の終わりまで走ると、リリィが大きな声で呼ぶ。すると、茂みのむこうからグリフォンのライアが現れ、リリィのそばへと着地する。
「お兄ちゃん、乗ろう!」
そういうことか、とノクトは笑った。
グリフォンはグルル、と小さく唸る。それはまるで、気が変わらない内に早く乗れ、と言っているかのようだった。
「主人の御意に」
ノクトはうやうやしくリリィに一礼すると、勢いよくグリフォンに跨った。そして、ノクトの前に、リリィが乗る。
「ライア、いくよ!」
リリィの言葉と共に、ライアは逞しい翼で舞い上がる。一気に、地を離れ飛び立った。
──世界が大きく開けた。
視界いっぱいに、薄紫色の空と暁月が広がる。数々の経験を踏んできたノクトでさえ、魔獣に乗って空を飛ぶのは人生で初めての経験だった。
それは胸が空くような──今だけは、彼の中に数多くわだかまる感情を気持ちよく押し流すようだった。
「グリフォンってやつは、すげえな……」
眼下に広がる村、そして朝日のほうに広がる美しいエリオス王国を見つめながら、ノクトはその瞳を輝かせた。
ナイトスコーピオンのアイリーンも、邪魔しないようにこっそりとノクトの首筋から出てきて、その幻想的な風景を、吸い込まれるように眺めた。
そしてノクトの、少年の頃のように輝く表情を見ることができ、アイリーンは幸せを感じていた。
「でしょ!ライアはすごいんだよぉ。この景色をね、お兄ちゃんに見てほしかったんだぁ……」
それはとても誇らしく──リリィの琥珀色の瞳も、朝日を浴びてきらきらしていた。
家へと戻ったノクトはきちんと手当をしてもらってから、別れを惜しむリリィとゲイルと別れた。
元きた道を、今度はゆったりとしたペースで歩きながら。
研修という最初の仕事を終えて、フィーネは充実感に満ちあふれていた。
「……私、最初は夜の森なんて怖くて仕方なかったんですけど……今日、少しだけ分かった気がします。
幻獣調査団って、単純に魔物を倒すだけじゃないんですね。
人を助けるっていうか……道を作るっていうか、そういう仕事なんですね」
「入団の時から、そう言われてただろ」
ノクトは苦笑する。
「実感したってことですよ、ノクト先輩!」
そしてフィーネは、ノクトの顔を覗き込んだ。
「?」という顔で、ノクトはこっちを見ている。
この冷たい風貌の優しい男に騙される女の子は多いんだろうなぁ、と心底思う。でも。
「騙されるのも、幸せなのかもなぁ……」
「……なんの話だ?」
ノクトは首をかしげる。
彼はありとあらゆる森羅万象に鋭かったが、女性の心理というものに関してだけは全く、1ミリも、わからないタイプだった。
これは一週間後の事だったが──
リリィの家に梱包された荷物が届く。
中には、ビーストテイマーと魔獣に関する本が三冊。
そして、追徴金請求書が入っていた。
──第一章 ナイトキラーと夜の迷子・完──
第二章へ続く
【第一章あとがき】
第一章をお読みいただき、ありがとうございます!
筆者のザイン=エルと申します。
本作は【火・木・金・土】の週4、夕方更新の連載予定となっております。
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本作は、前作『されど胸の灯火は消えずに歩ませて~幻獣ハバキネスの件~』の続編となりますが、完全新作につき、前作をお読みでなくても楽しめるように執筆しています。
本作は軽い読み口に仕上げておりますので、気軽にお読みいただければ幸いです。
前作はノクトが13歳の頃から始まる物語で、より主人公の過去まで深く知りたい方はそちらも是非ご一読ください。
前作『されど胸の灯火は消えずに歩ませて~幻獣ハバキネスの件~』
https://ncode.syosetu.com/n7868mq/
ぼちぼち書いて参りますので、どうぞよろしくお願いいたします!




