第九話 磨いた技巧と、君と、認めた相棒
「このナイトスコーピオンのアイリーンは、《ナイトキラー》の戦闘行動全般をサポートする」
相棒のアイリーンを不意に褒められてノクトはとてつもなく嬉しい気持ちになっていたが、それを表情に出さないように全力を尽くしていた。
トロントだけは、それを察してニヤニヤしていた。
「ナイトスコーピオンは、《ナイトキラー》の指示によって、探知・火炎放射・攻撃の三種行動を行う。ナイトスコーピオンからの情報伝達は、《ナイトキラー》にしか聞き分けられない特殊なシグナルによって伝えられる」
会場から、おおーという感嘆の声が上がる。子供たちは、今から何が見られるのか、ワクワクが止まらない。
「火炎放射と攻撃は危険なので、今回は探知行動を実演しよう」
言うと、ノクトはポケットから一枚のコインを取り出す。そして、ナイトスコーピオンのアイリーンの目を隠し、一時的に会場で何が起こっているのかを見えないようにする。
「誰か、このコインを受け取ってくれ」
ノクトは親指の上にコインを乗せ、大きく弾く。
天高く弾かれたコインは、中央あたりに座っていた白い服の少年の手に見事に収まった。目を覆っていた手が離されたアイリーンには、コインがどこにいったかわからない。
しかし。
「それでは、いくぞ。アイリーン、探知せよ!」
ノクトの指示によって、アイリーンは彼の肩から迅速に降り、コインの探知を開始する。
ざっと見て、会場には三百人ほどの子どもたち、二十人ほどの教師たちがいる。
多くの者が、この中からコイン一枚を探し出すのは不可能だと思っていた。
アイリーンは会場を駆け巡る。
彼女が通過した場所は、子供たちのきゃっきゃとした歓声が上がる。
「サソリ、怖いかと思ったけど、なんかかわいいね〜!」
「お膝にのぼってきた!」
「さわれたよ!」
会場の少年少女たちは、アイリーンの動きで大はしゃぎしていた。
それだけで、ノクトは今日ここに来て良かったと思えた。
時間にして三分ほど、アイリーンは白い服の少年の手の中からコインを見つけ出し、素晴らしい拍手と歓声を浴びていた。
トロントが近寄ってきて、笑いながら小声で言った。
「お前、アイリーン褒められてどんだけ嬉しいんだよ。顔緩みすぎ気をつけろよ」
「……うるさい」
ノクトは顔を少し赤くして、口元を隠し、わざとらしく咳払いをした。
アイリーン探知能力に大湧きに湧いた会場が、少し落ち着いてきた頃。
壇上のノクトは最後の講話を切り出す。
「さて……質問は終わりだ。最後に、このナイトブレードで実演をしよう」
ノクトは、腰に下げられた漆黒の刀に手をかけた。
その行動には何の殺意も込められていなかったが、その動きを見た子供たちに戦慄が走る。
さっき人を殺したことがあると言っていたその人が、武器を手にかけたのだ。
「色々と面白い余興はできるのだが、今回は君たちを前にして危険なことをするわけにはいかない。そこにいるトロントに一枚の葉っぱを放ってもらい、それを空中で斬る」
「任せろ」
トロントは一枚だけ緑の葉っぱを持って、それを会場の子供たちにひらひらと示す。
教師たちが急いでやってきて、壇上に置かれていた演台を片付けていく。
ノクトは、無言で鞘からカチ、と一センチほどブレードを浮かせる。その状態で身を捻り、抜刀斬撃を繰り出す直前の姿勢に入る。
「……空中に飛んだ葉っぱを、このナイトブレードで見事斬り裂いてみせよう──瞬き厳禁、うまくいったらご喝采、だ……」
それは演舞の口上のようなおどけた言葉だったが、最後の方は低い声で、薄く殺意さえ滲んでいた。
それは、この場にいる子供たちや教師が初めて聞いた、人を殺せる男の声色だった。
大きく見開かれたラベンダー色の瞳が、彩度を上げて煌めいたように見えた。
過度の集中状態に入ったノクトに対して、トロントは余計なことを言わない。
無言で、緑の葉っぱを一枚放る。
ノクトの鋭い視線が瞬間的に葉っぱを捉え、ナイトブレードが黒い雷のように鞘走る。
その気迫、修羅の如く──目にも止まらぬ早業で、葉を一閃、二閃、三閃、四閃と斬り裂いた。
次の瞬間には、元通り、黒いナイトブレードが鞘へと戻っていた。
葉っぱはバラバラになり、パラリと落ちた。
トロントは、細かくなった葉っぱを全て拾って、白いボードに貼り、会場の子供たちに見せた。
切り裂かれた葉っぱは、全てが同じほどのサイズになって、九パーツに分断されていた。
それは子供たちにも一目でわかった。達人的な技巧だと──
今日いちばんの歓声が、爆発するように会場中に響いた。
こうして、大喝采の中、幻獣調査団クライメシスの地域交流会は幕を閉じた。
小学生たちの間でノクトは、「ものすごい剣技のお兄さん」「髪がきれいでカッコいいお兄さん」「人を殺したことがあって小指を折ることを勧めてくる兄さん」として永く語り継がれた。
「なかなかに、盛況だったな。お前、何気に子供に人気あるんだな」
無事に幻獣調査団の地域交流会を終え、ノクトが帰る身支度をしている最中に、トロントがそう声をかけてきた。
「……そうか?普通だろう」
「ノクトの言う普通が普通だったこと、ねーんだよなぁ……」
トロントはしみじみと色々思い出しながら言う。
そうしていると、急に腹が鳴った。
彼は、この地域交流会のために、昼飯もろくに食べていないことを思い出した。
「そういやお前、そろそろ二十歳過ぎたんじゃね?」
トロントの質問に、彼は首を傾げつつ答える。
「ああ、まあ、少し前にな……それが、どうした?」
「おっ、なら酒場で打ち上げ付き合えよ!幻獣調査団の連中ときたら若いのが多くて、酒に付き合えねえんだから……」
見た目は若々しく精悍だが、三十路をとうに越え、子供もいるトロントは思わず愚痴る。さらに彼は、続けてぼやく。
「お前と会ったのも、なんせお前が十七の頃だからな。だけどやっと二十歳過ぎたっていうなら、酒に誘ってもいいだろうよ」
「別に構わんが……言っとくけど、飲んだことがないから、オレが酒を楽しめる体質かどうかは知らないぞ」
そのノクトの言葉を聞いて、酒に慣れ親しんでいるトロントは安請け合いした。
「初めてなら、余計に酒に慣れた付き添いがいたほうが安心だろ。よし決まりだ、今日は飲むぞ!」
そうして、トロントの手によって地獄の扉が開け放たれた。
──第二章 ナイトキラーと地域交流会・完
第三章へ続く
【第二章あとがき】
第二章をお読みいただき、ありがとうございます!
戦闘のプロとしてのノクトの新しい側面を、この交流会で描けたのではないかと思います…w
本作は【火・木・金・土】の週4、夕方更新の連載予定となっております。
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