第二話 復讐者の面影
黒い狼の不意打ち。飛び出してきた狼は、反応しきれないフィーネの喉笛をかき切ろうとする──
だが、ノクトにはその一挙手一投足が完璧に見えていた。大口をあけたまさにそこへと抜刀済みの黒い刀・ナイトブレードを叩き込み、狼をきれいに上下に両断した。
フィーネは自身の無事を半テンポ以上遅れて確認したが、ノクトがいなければ今まさに死ぬところだったのだ──全身がガタガタと震えていた。
ノクトは引き続きなんでもないことのように言う。
「……狼か」
胸にある古傷が疼く。だがそれも一瞬だけだ。
闇夜の影から、続けて二体の狼が同時に飛びかかってきた。
ノクトは下から弧を描くようにナイトブレードを斬り上げ、その二体の共通軌道を同時に薙いだ。狼二体はキャン、と鳴いて絶命する。
カチ、と黒いナイトブレードを鞘に収めると、ノクトはへたりこんでしまったフィーネのほうへと行く。
「大丈夫か?」
ノクトは手を差し伸べるが、フィーネは全く動けないようだ。
「こ、腰、ぬけちゃって……」
「……背負うか?」
するとフィーネはひい、という謎の奇声を発する。
「ノ、ノクト先輩におんぶしてもらうとかあまりにも恐れ多くて無理筋すぎます!ちょ、ちょっと待ってていただけたら動きますので!全力で!」
非常に必死に断るので、ノクトはその様子を見て笑ってしまった。
「はははは!おまえ、必死すぎるだろ」
声を出して笑うナイトキラーを見て、フィーネは心底驚いた──そんな風に笑うんだ。
「ノクト先輩って、笑う機能あったんですか?」
「オレを何だと思ってるんだよ」
「え……人非人とか、暗殺者とか……?」
「普通に悪口やめろ」
「悪口じゃなくてそういうイメージというかなんというか……!」
フィーネは、とにかくあわてて自分に回復魔法を使い、へたりこんだ腰を動ける程度に回復させた。
「あの、もう大丈夫です。ありがとうございます。リリィちゃんのところへ、行きましょう」
「ああ」
ノクトは短く答え、腰に括り付けたカンテラを掲げて先導する。
ナイトスコーピオンのアイリーンから、彼にしか聞こえない通知がきていた。
フィーネは思っていた──笑ったノクト先輩は可愛かったな、と。しかしあわててその考えを打ち消した。今は任務!
ナイトスコーピオンのアイリーンと合流し、二人は崖の近くまでやってきた。
崖下を覗き込むと、夜の雲が引いたのか月明かりが照らしていた。
その下に、栗毛の女の子が倒れていた。
「リリィちゃん……!」
フィーネは崖上から呼びかけるが、返事はない。意識を失って久しいようだ。急いで状態を確認しなくてはならないと、彼女は思った。
しかし、下へと行ける道らしい道もなく、その崖は垂直に十メートルほども下。
どうやって崖下に行けばいいのかも、彼女には想像もつかない。ルートを探すには時間がかかりそうだ。
「急ぐ必要があるな。抱えるぞ」
ノクトはフィーネの許可を得ることなく、彼女を一気に抱え上げた。
「あわわわわ、先輩、なんてことを!」
急にふわっと抱き上げられたフィーネは、慌てて叫んだ。
「怖かったら首にしがみついていろ。飛び降りる」
「えええええええ」
ノクトはフィーネを抱えたまま、崖にある岩を三回ほど足場にして、高所を飛び降りた。
崖下まで到着してフィーネを下ろすと、また彼女の腰はへなへなと崩れてしまった。
ノクトは急いで少女のほうへと駆け寄る。口元へと耳を寄せる。息はある──しかし、足をくじいていた。
「生きている。致命傷はない。フィーネ、回復魔法を頼む」
と、そう指示をした瞬間──
鋭い衝撃。
ノクトに激痛が走り、鮮血が舞う。
「ノクト先輩!」
フィーネの絶叫──
ノクトはアイリーンからの危険信号、そして脅威の反射神経で致命傷を免れていた。
しかし、無事ではない。
鷲の頭、獅子の体を持つ魔獣グリフォンが、ノクトの胴体を貫こうと音もなく滑空してきたのだ。驚異的な反射神経で、彼は左腕を犠牲に盾としたが、その鋭い爪が彼の腕を深く抉っていた。




