第一話 夜闇の試し
「ま、待ってくださいよ、ノクト先輩〜」
鬱蒼とした暗い山道に、情けない声が木霊する。
淡いグリーンの髪を、肩の下まで柔らかく伸ばした女性。
彼女はその髪を振り乱しながら、必死に歩いていた。
「私、貧弱系の《クレリック》なんで、はあ、はあ、そんなに早く歩けないですよぉ、はあ……夜だし、怖いし……もうやだぁ」
情けない雰囲気ではあったが、服装は立派だ。
僧侶たる《クレリック》に相応しい、厚手の絹、金の装飾でもって飾られた素晴らしい法衣。
「……《クレリック》にそんなに色々種類があるとは知らなかったが」
前を行く、黒装束の男がそう言いながら振り向いた。この状況で息を乱さず、無駄な動きは一切なくぴたりと止まる。
銀色の髪、美しいラベンダー色の瞳がひんやりと輝いている。
「新人研修で危険度が低いとは言え、急ぎの依頼だ。子供の命がかかっている……全力でついてこい、フィーネ」
「え〜ん、ノクト先輩、厳しい……」
泣きそうになりながらも、フィーネと呼ばれた僧侶は、何とか黒装束の男についていこうと必死だ。
しばらく行くと、山間の村に到着した。燈が灯っているのを見て、フィーネは心底ほっとした。
「やっと来てくれたか!うちの娘が行方不明なんだ。早く、今すぐ探しに行ってくれ!」
二人は山間にある指定の木の家までやってくると、到着するなり木こりの男にそうまくし立てられた。
フィーネは長く険しい道程から一瞬も休む暇を与えられず、絶望していた。顔にもその絶望の色が露骨に出ていた。
ノクトは落ち着いて、木こりに対して青く輝く竜のバッジを示す。同じバッジが、フィーネの首元にも輝いている。それは、二人が《幻獣調査団クライメシス》に所属する証だった。
「遅くなってすまない。オレは幻獣調査団、《ナイトキラー》のノクト。夜間戦闘や隠密行動を専門にしている。
こっちは《クレリック》のフィーネ。研修中だが回復や支援魔法を得意とする神職だ」
ノクトの紹介で、彼女はぺこんと頭を下げた。
幻獣調査団とは、本筋は伝説の獣たる《幻獣》の調査をする団体だが、仕事は多岐に渡る。
国民から寄せられる困りごとの依頼解決も、その仕事の一つだった。
今回は、フィーネの新人研修も兼ねている。
木こりの男は娘が行方不明で焦っていたが、情報も聞かず闇雲に探しても見つかるはずがない──ノクトは続けて言った。
「で、まずは依頼人であるあんたの名前。そして、行方不明になっている娘さんの名前、特徴、最後に見た場所を教えてくれ。その他、心当たりや出ていった理由、ありったけの情報を細かく知りたい。
焦る気持ちはわかるが、情報がなければ探すことはできないんでな」
そう言って、彼はフィーネにメモをとるように指示した。
依頼人である父の名はゲイル。彼の娘リリィは、かれこれ丸一日戻っていないらしい。急がなければならないと、二人は、夜も更けた二十三時過ぎの真っ暗な山中へと駆け出した。
「えと、情報を復唱しますと──」
燈の魔法を上手に使いながら、フィーネはしたためたメモを読み上げる。
「行方不明のリリィちゃんは十歳。栗毛をポニーテールにしてる女の子ですね。
父のゲイルさんが最後に見かけたのは昨日の夕方で、この森に入っていくのを見たとのこと。
もう丸一日以上戻っていません……」
早く探したいという気持ちはわかるが、こんな暗い森の中を探せと言われても、二次被害でこっちが遭難してしまいそうだ──フィーネは絶望的な思いに駆られた。
「ていうか、どうやって探すんですか、こんな状況で……」
「だから、《ナイトキラー》のオレがいるんだろ」
ナイトキラーは、夜間行動に非常に強い。
暗い中で夜目が効き、五感が高まり、気配を殺す──夜は彼の独壇場だった。
「でもでも、私は夜は凡人なんですよぉ~!ぴったりへばりついていいですかノクト先輩」
「触るな」
「ひどいい」
フィーネは泣きそうになる。
見知らぬ真っ暗な森の中、顔はとてつもなくいいけど冷たい先輩と二人きりで……こういう時は顔は普通でいいから、優しい人がよかった……などと思いながら。
「相棒、出番だな」
ノクトが静かに言うので、フィーネは「え?」と聞き返してしまった。
ノクトの制服の中──その首筋から黒いサソリが出てきたのだ。
「せ、せ、せ先輩!くくくくく首のところにサソリが!危ない!」
「ああ、知らないのか。本当に強いナイトキラーは、スコーピオンの相棒を連れてるんだぜ」
なんでもないことのように、ノクトは言う。
「……サソリが、相棒?」
フィーネがぽかーんとして聞くと、黒いサソリがこっちを見てぺこっと頭を下げたような気がした。よく見たら、機械のサソリだ。
「アイリーン、探知せよ」
ノクトはそのサソリを「アイリーン」と呼び、指示を送る。その暗闇のなかを駆け出し、どこかへと走っていった。
そしてすぐに応答がある。ノクトは早口に言う。
「この先の崖下に少女を発見。だが──」
彼は愛用の黒い刀、ナイトブレードを抜き放ちながら言う。
「その前に、敵だ」
「えっ!リリィちゃんいたんですか?えっ、敵?」
情報密度が高すぎてフィーネは処理が追いつけない。
木々の向こうからガサガサという音が近づいてきて、黒い狼が急に飛び出してきた。




