第十七話 お茶会と、初めての友達
完全服従したポメちは、大好きなノクトを傷つける気配など微塵もなく、今日も元気に尻尾を振っている。
という訳で、フィーネの仕事は無に等しかった。
ノクトが怪我をしない、それは最も素晴らしいことだ。それはそうだが、支援役のフィーネにとっては微妙に複雑な心境だ。
(ノクト先輩にいいとこ見せたかったのになぁ……)
現状のままでは、いいところも何もなく、そこにいるだけである。
給料は発生しているから、大いに仕事にはなっているが。
ノクトはポメちの躾などで忙しそうにしているし、フィーネは完全に手持ち無沙汰だ。
もう、ノクトの形のいい顔を永久に眺め続けて癒やされ続けるか……と思った瞬間だった。
「フィーネさん、よければ一緒にお茶会しませんか?」
伯爵令嬢のアリアが、ティーセットを持ってやってきた。
恐れ多くて、フィーネは一瞬後ずさってしまった。
「伯爵家のお嬢様にそんなお茶のご用意をさせてしまって、すみません!」
「私がしたくてしていることですから、いいんですよ。テラスのほうへ行きましょう」
アリアはくすっと笑いながら、光さすテラスのほうへ向かう。
伯爵令嬢という立場ある人なのに、優しくて気さくだなあ、と思いつつ、フィーネは彼女についていった。
緩やかに日のさすテラスにある、白いテーブルセット。そこにアリアは、お茶とお菓子を広げていく。
ティーポットから紅茶を注ぐと、花のような香りが広がり、フィーネの心を癒した。
「すっごく、いい香りですね!」
「うふふ、ありがとう。隣のテンクルジヴァーからわざわざ仕入れた紅茶なの。さあ、座ってください」
勧められるまま、白い椅子に腰掛ける。
テラスに座ると、室内でノクトがポメちを躾けている姿がよく見えた。
アリアは、その姿を頼もしく思いながら、フィーネに対して言った。
「私、この屋敷の中であらゆる家庭教師の教えを長年受けていてね。あまり外へ出たことがないの」
「えっ、学校じゃなくて、ずっと家庭教師なんですか?」
フィーネはびっくりして聞いた。
さすが伯爵のお嬢様は育ちが違う……
アリアは、ゆっくりとうなずいた。
「ええ。ずっと、屋敷の中。
でね、ポメち専属の、今病気療養中の《ビーストテイマー》の方は、四十代の方で、なかなか厳しい人で……つまりその」
アリアは口ごもるように言った。
「私の身の回りって、厳しくて年の離れた方が多かったんです。年の近い方って、いたことなくて……。あの、だから、二人と会えて嬉しいの。良ければなんですけど、私とお友達になってくれませんか?フィーネさん」
フィーネはその言葉に衝撃を受けた。
伯爵令嬢は何不自由なく生活しているものと思っていたのに──苦労があるんだな、としみじみと思った。
そして、友達になってほしいと言われたことについて、純粋に嬉しかった。
「私なんかでよければ!しがない僧侶ですけど……」
フィーネがそう言うと、アリアは心から、大輪の花のような笑顔を見せた。
「ありがとう!断られたらどうしようって、緊張しちゃった」
「そんな可愛い申し出断る人なんて、絶対いませんよぉ」
フィーネは笑顔で言った。
最初、伯爵ガイゼルの隣にいた初対面のときは人形のようなお嬢様だと思っていたが、こうして話してみると、優しくて普通の女性だった。
「あのね、フィーネさん」
「なんでしょう?」
「だからあの……家庭教師の先生たちと、ビーストテイマーの方と、あとメイドたちと、親戚の人たち、いつもの兵隊さん、そういういつもの人しか見たことなくて、その」
なんとなくフィーネには、彼女が何を言うのかわかっていた。
「あんな殿方が、いるのですね、世の中には……私、びっくりしました」
「そうですよねえ……私も最初顔の良さにびっくりしましたもん」
なんと返事をしていいものか悩んでいたが、結局フィーネも心から共感して言った。しかし、フィーネはつい、困ったように呟いてしまう。
「でも……あの人のお友達から、あの人を好きになるのはやめとけって言われちゃいまして」
そう言ったフィーネの頭の中に浮かんだのはトロントだったが、アリアは何かを勘違いして言った。
「あら、その女性は、どうしてそんなことを言うんですか?もしかして、その人もあの方を好きだったりして……もしかして、フィーネさんの想いを妨害したいんじゃないですか?」
その反応を見て、フィーネはちょっと面白くなってしまった。その発想は、ロマンス小説の読みすぎかもしれない。
しかも、トロントは、アリアの中で女性だと思われている。
あの精悍で男らしいトロントを脳内で頑張って女性っぽくしようとしたが、到底不可能で笑ってしまった。
「そんなことないですよ〜。純粋に助言してくれたんですよ。ノクト先輩、多分めちゃくちゃモテるから、幸せになれないよーって言いたかったん……」
いや、待てよ。とフィーネは一瞬思う。
トロントさん、もしかしてノクトさんのこと……?
フィーネは腐りかけた脳内を全否定した。
いやいやいや、トロントさんは既婚でお子さんもいるみたいだから。大丈夫。それだけは絶対大丈夫。多分。多分?
「フィーネさん?どうしたの?」
フィーネの固まった表情に、アリアが心配して声をかけてくる。
「えっ!あ、大丈夫です、なんでもないです!……ていうか、もしかしなくても、私いま、ノクト先輩のことが気になってるって、アリアさんに伝わっちゃいましたね……」
一切の隠し事ができない体質で、フィーネはがっくりと肩を落とした。
するとアリアはかわいらしく手を叩いて言った。
「え、いいじゃないですか。だって素敵な方なんだし、そう思うのは当たり前じゃないですか。だって、めちゃくちゃ格好いいですもの!会ったことがないです、あんな綺麗な人に」
アリアはキャッキャとはしゃいで言った。フィーネはそれを聞いて、なんとなく共感で嬉しくなった。
「そうですよねえ!ノクト先輩って、めちゃくちゃ顔がいいんですよ!でもですね……顔がいいだけじゃないんです。仕事がものすごくできるだけでもないんです」
「えっ、なになに?」
「実は……ものすごーく優しくて、酔っ払うと、かわいいんです!」
ドヤッとした顔で言い切ったフィーネ。
その後響いたアリアの歓声が、かしましくノクトの耳にまで届いたが、テラスと室内では、何を言っているのかまではわからなかった。
ノクトはポメちに色々教えながら──しょんぼりとした顔色だったフィーネが楽しそうに笑って、アリアも生き生きとした表情をしていたので、そっと安堵した。




