第十三話 振り回されながらも、君を知りたい
三人は息を切らしながら、王都の外れの河原まで来ていた。
「あー、なんか普段より、疲れた……」
酔っ払っているノクトは、河原の斜面に生えた柔らかい草の上でがっくりと膝を折り、そのまま倒れるように横になった。そして、次の瞬間にはもう寝ていた。
ナイトスコーピオンのアイリーンが、彼を守るようにその胸に乗った。
「さすがに、ここまでは追ってこないだろう……」
トロントも、荒い呼吸を整えながら、その隣に座り込んだ。
大きく遅れて、息も絶え絶えなフィーネが淡いグリーンの髪を乱しながらゆっくりとやってくる。
「二人とも……足が、早すぎますよぉぉ……」
そしてトロントの隣にバタンと倒れ込む。
「まあ、とりあえず逃げ切って何よりだ」
トロントはニヤッと笑った。
自分たちが元来たあたりが、遠くのほうで騒ぎになっているのが、この河原からも察することができた。
「だいぶ騒いでんな。こりゃあ、当分は戻れねぇな……下手したらここで一泊だ」
「ええええ」
フィーネは絶望的な声を出した。
「私、明日も仕事なのに……」
「安心しろ。ここにいる全員がそうだ」
トロントは、もう割り切ってこの非日常を楽しむことにしたようだ。
寝ているノクトの隣に寝転がった。
「言うて、さすがに夜も更けたら追跡隊も散るだろうから、夜半には一旦戻ってみよう」
「は〜い……私たち、全然悪いことしてないのにぃ……」
フィーネは、がっくりと肩を落としつつ、ノクトのほうを見る。
「ノクト先輩、寝ちゃったんですか?」
トロントは肩をすくめて言った。
「ここに到着した瞬間、爆睡したよ。こいつ旅先だと恐ろしく眠りが浅いんだが、今日は酒がキマってるから多分起きないな」
「健やかですね……すごく」
ノクトの穏やかな寝顔を見て、フィーネはあまりの非日常を感じて不思議な気持ちになった。
彼女は思っていた。
あの新人研修の時に一緒に来てくれたノクト先輩──何度も命を救われた。
研修のときは、冷たい風貌の中にある数多くの優しさに触れ、心を惹かれた。
しかし今は、あれほど大人びて強いのに年下と知り、酒の影響もおおいにあったが更に多くの側面を知り──
もっと強く、彼に惹かれている自分がいることに気づいた。
そして思う。
このナチュラル罪作り男め、と。
「あー、フィーネ、こいつはやめとけ」
トロントは何かを察して言う。
フィーネは「えっ」と声を上げる。
「幸せにはならんぞ」
「ちちちちちがうんです!私が幸せになりたいとかじゃなくて」
彼女はトロントの言葉に、大きく首を横に振った。
「尊敬してるんです。あと……目が離せないっていうか、ものすごく気になるっていうか……」
それを聞いて、トロントはふっと息をついたように笑う。
「まあ、そりゃ、わかるよ。目が離せないのは、オレも同じだ」
我ながら振り回されているな、とトロントは思う。しかし別段、悪い気分ではないから困る。
言いながら、半身を起こして、トロントはノクトの寝顔を見る。
気づいて、トロントはできる限り気配を殺して驚いた──眠るノクトの目から涙が伝っていた。
そのとき、小さな寝言が、トロントの耳だけに聞こえた。
トロントは、胸に小さな棘が刺さったような痛みを感じた。
そして、彼の小さな言葉と弱さを、心の中にしまいこんだ。
何にしろしばらく起きないだろうと思い、自分の長いコートを脱いで、彼にかけてやった。
トロントはなんとなくそのままにしておけず、フィーネに察されないよう、そっと涙をぬぐってやった。
ぽつんと、隣にいたフィーネが独り言のように言う。
「いつか、私も……トロントさんみたいに、ノクト先輩に頼ってもらえるような人になりたいなあ」
するとトロントは、不敵に笑った。
「それなら、幻獣調査団の仕事が向いてないだとか、言ってられねえな」
「ほんと、そうです……」
反論もできず、フィーネはがっくりと肩を落とした。
「でもでも、今日はいっぱい元気をもらったんです。だから多分、明日からは、大丈夫!」
この新人クレリックにとっては、今日の出来事は良い方向に転んだようだ──トロントは安堵した。
「なら、今日のこの河原の──星降るような夜空のこと、忘れんなよ」
トロントは、この高々と広がる美しい夜の空を、目を細めながら眺める。
「またなんか挫折しそうになったとき、夜空を見上げるんだ。そして、今日のことを思い出せ」
その言葉は、フィーネの胸に、強く響いた。
「はいっ!つらいとき、この夜空を思い出します。そして立派な、幻獣調査団の僧侶、《クレリック》になります!きっと!」
──第三章 理性を喰らう美酒・完
第四章へ続く
【第三章あとがき】
『第三章 理性を喰らう美酒』をご覧いただきありがとうございます!
ノクトは素晴らしい戦闘技術を持つ幻獣調査団の精鋭ですが、偏った考え持ち自分に厳しく、常に気を張っていて、強くなければいけないと思いが非常に強い人物です。
酒を飲んで強い理性が減退したらどうなるかを書いた結果、こうなりました。少しでも面白いと思っていただければ幸いです。
本作は【火・木・金・土】の基本週4、夕方更新の連載予定となっております。
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