第十二話 酒を超越せし者
騒いでる最中にフィーネが注文したパスタがやってきて、毒気を抜かれた三人は店員に頭を下げて大人しくなった。
店員が一度やってきたことによって、少しだけ冷静になったトロントとノクトは揉めるテンションではなくなったようで、フィーネは一旦ほっとした。
涙をふいて、美味しそうに湯気をたてるパスタを見る。
「じゃああの、いただきますね」
フィーネはよく考えるとお腹がぺこぺこだった。
クリーミーなスープパスタを一口運ぶと、そのおいしさに嬉しさがこみ上げた。
それに、揉め事の原因にはなってしまったが、ノクトが自分のことを認めてくれていたことが本当に嬉しかった。
酔っ払い二人はもうお互いに怒ってる風ではなかったが、その反動かノクトのほうは異様に凹んでいた。
「ていうか、トロントはさぁ……ちょいちょい思うからいっそハッキリさせようって思うんだけど」
酒のせいか感情の起伏が激しくなっているノクトは、尚も納得がいかない様子で絡んでいく。
「オレのことが、嫌いなわけ?」
トロントは口に含んでいたウイスキーを吹き出しそうになる。フィーネも同様に、喉にパスタをつかえそうになる。
──何を言い出すんだ。
「き、嫌いなわけねえだろ。嫌いだったらオレはこうやって相手しねぇし、酒の席に連れてきたりしない」
どもりながらトロントは言う。
「嫌いじゃ、ないのか……なら、いいんだけどさ……」
ノクトは納得のいかない声でつぶやく。
「何か、トロントはすぐ怒るし……オレなりに考えてやってることもすぐ否定するし……」
その声がだんだん悲しみを帯びてきた。
その様子に、ナイトスコーピオンのアイリーンも心配になったのか、ノクトの顔を覗き込んだ。
「それは、お前が無自覚で問題行動をしているからで……」
もう怒鳴るようなことはなかったが、トロントは途方にくれてしまった。
絡み酒か、こいつ。
するとノクトは、下を向いて言う。
「オレは、お前のこと好きだし、もっと仲良くしたいよ……」
それを聞いたトロントは一瞬呆然としてしまう。あのノクトが今、オレのこと好きって言った……?え?
トロントははっと正気に戻り、
「お前、だから、そういうとこが人心を惑わすって言って……!」
と肩を掴むと、
ノクトはすでにすかーっと寝息をたてて、下を向いたまま寝ていた。
トロントは全身の力が抜けて、ソファの背もたれに脱力した。
こいつに飲ませていい酒は二杯までだ……トロントは真剣に心に誓っていた。
フィーネは、パスタをもぐもぐしながら、やっぱりノクト先輩は隠れかわいい属性なんだな、と思っていた。
三人は勘定を済ませて、まだ喧騒が残る酒場の外に立っていた。
「つまんねぇー。もう帰るのか?」
叩き起こされ、尚も酔っ払っているノクトが相変わらずごねている。
トロントは、心底困ったように言う。
「お前、酔うと本当にめんどくせえ奴だな……」
「なんでオレのことめんどくさいとか言うんだよ。悲しくなるだろ……」
「うるせぇ、いちいち真に受けるな!実際めんどくせえよ!今のお前!」
フィーネはそのやりとりが絶妙に面白くて、笑っていた。
その時だった。
「おいおい、お兄さんよ、女二人連れとはいい身分だなあ?」
知らない、野太い声がトロントにかけられる。
それは酒場から出てきた二人の無法者だった。一人は髭面、一人は巨漢。
トロントから見て、彼らも自分たちと同様、泥酔しているように見えた。
王都のど真ん中でこういう事が起きるのは珍しいな、とトロントは他人事のように思っていた。
フィーネは恐怖で、ひっとなってノクトの後ろに隠れる。
「あんたに女二人はいらんだろう。そこの銀髪の女を一人こっちに寄越しな。今夜使ってやるからよ」
髭面の男が下品な表情で言う。
「あぁ?」
トロントは深刻に苛立った声で言う。
「オレが誰を連れてようがお前らに関係ないこった。ていうか、こいつは男だ。それとも、そういう趣味か?」
「え……」
髭面の男は、驚いて口をあける。
トロントは、微妙に困ったようにノクトの髪を掬った。
「ていうかお前、今日は女に間違えられすぎだぞ……髪が伸びすぎなんだよ」
「うーん、別にオレはなんでも構わないが。整えてはいるが、もっと短くしたほうがいいか?」
確かに、とフィーネは思う。この巨漢や髭面の男と比較すると、容姿に差がありすぎて、ノクトは同じ存在には思えない。
その傍らで突然、酔っ払ったノクトが制服の上着のボタンを外して脱ぎだした。
フィーネは驚いてそれを止めようとする。
「ノクト先輩、ななななにしてるんですか!」
髭面と巨漢、トロントさえも、ノクトの理解を超える行動にぽかーんとしている。
「いや、とりあえず上着だけ脱いで男であることを証明しようかなって思って……胸、ぺったんこだから……トロントみたいな胸筋ないし……」
「悪漢にそんな誠意見せる必要ありますか!しまってください!……ていうか実はトロントさんより胸筋ないの気にしてました?」
ノクトは、フィーネの言葉をきちんと聞いているとも思われなかった。
「誠意を持って接すれば……魔獣も心を開いてくれる……から……」
「あれ魔獣じゃないですから!人間ですから!」
あわててフィーネが、ノクトの制服の前を強引に留めた。
トロントは、何だか嫌な予感がしていた。
今のノクトは酔っ払ってアホになってて使い物にならないか、急にナイトブレードを抜いて敵を斬首するか、二つに一つな気がしてきた。
使い物にならないのは、まだいい。自分だけで十分に切り抜けられる。
問題は、思わず殺ってしまうほうだ。さすがに王都の往来ど真ん中で、幻獣調査団員が殺人を犯すのは問題がありすぎる。今日の小学生たちもびっくりだ。
この場は、可能な限り手早くオレが片付けなくては──
「悪いが、邪魔なんでな!」
トロントは先手必勝、髭面の男に一気に掴みかかった。腕を取り、肩関節を決めながら相手を背負い投げる。
肩を外すと同時に、地面に髭面の男を叩きつけた。
「ぐあっ!」
潰れたカエルのような汚い悲鳴が上がる。
「トロントさん、強い!」
見た目通りの場馴れぶりで、フィーネは感動して叫ぶ。
「やりやがったな!」
仲間をやられた巨漢が叫ぶと、腰にさしていたナイフを抜き放つ。
それを見て、フィーネは思わず悲鳴を上げる。
王都の雑踏が一気にざわつく。
巨漢の男はナイフをふりかぶり、襲いかかってくる。
トロントは酔った頭で冷静に、どう捌いてやるかな、と考えていた。次の瞬間──
その時にはすでにノクトが影のように無音で動いていた。
トロントに対してナイフが抜かれた瞬間から、彼の目付きは酔っ払いのそれから暗殺者のそれに劇的に変化していた。
ノクトのカミソリのような回し蹴りが巨漢のナイフを鋭く弾き飛ばし、一気に間合いを詰め懐に入る。
小太刀のような鋭い貫手を、巨漢の鳩尾に突き立てるように刺し込んだ。
巨漢は悲鳴を上げることもできず──横隔膜への衝撃で息ができなくなる。激痛と呼吸障害で、あっという間に意識を失って、どう、と倒れた。
ノクトは凍てつく眼差しで、巨漢が倒れ伏すのをぼんやり眺めていた。
トロントは、事が収まったこと、そして酔ったノクトがサバイバルナイフやナイトブレードを抜かなかったことに心から安堵した。
しかし、騒ぎが拡大すると面倒だ。
「とりあえず、王国騎士や幻獣調査団が来ると事情聴取で面倒くせえ。ずらかるぞ!」
トロントはまるで悪党のようなセリフを吐いて、彼とノクトは迅速にその場を駆け出した。
ワンテンポ反応が遅れたフィーネは、泣きそうになりながら二人に必死でついていくしかなかった。
「ま、待ってくださいよぉ、先輩!トロントさん~!」




