第十一話 夜の狩人、酒に飲まれる
「は〜もう、幻獣調査団のお仕事、私に向いてないのかなあ……なんだか、疲れちゃったなあ」
ぶつぶつと独り言を言いながら、暗くなった道を歩いているのは、僧侶である《クレリック》のフィーネだった。淡いグリーンの髪が目を引く。
王都の街中は街灯が多く設置されていて治安が良く、通常このあたりは一人で歩いていても特別心配することもなかった。
何より、幻獣調査団のパトロールもあることを彼女は知っていた。
「明日も頑張れるように、酒場でおいしいもの食べちゃおっかな〜。自分に投資!そうしよう!」
ちょっと贅沢するつもりで気持ちを切り替えて、フィーネは大衆酒場へと入っていく。
「フィーネちゃんじゃないの。いらっしゃい!最近見なかったんじゃないのぉ?」
フィーネが酒場に入ると、店の元気な女将が威勢よく話しかけてくる。
「えへへ、女将さん、こんばんは。仕事が忙しくて、なんか余裕なくて」
「大変そうだもんねぇ。今日は珍しく、幻獣調査団のお客さんが他にもいるんだよねぇ。まあ、席についてゆっくりしてってね」
他にも幻獣調査団の客がいる……もしかして同僚とか知り合いいるのかな?と思い店内を見回すと──
若い男の、荒々しい声が耳を刺す。
しかもそれは、彼女にとってあまりにも意外で、聞き覚えのある声だった。
しかし彼女の知っているはずの声の主は、こんな風に声を荒らげたりはしない。他人の空似かな、と思いながらも声の主を確認すると──
思わず、フィーネは驚いて大きな声を出してしまった。
「ノクト先輩!」
というわけで──
「あの、ごめんなさい……ここにお邪魔してよかったんでしょうか……」
フィーネは円状のソファのすみっこにちょこんと座っていた。
トロント、ノクト、フィーネという順番で、テーブルを囲むことになった。
しかも、トロントはやや酔いが回り、ノクトに至っては、普段と比較して様子が明らかにおかしい。
トロントは、片手で頭を抱えて言う──しかし、その反対の手にはちゃっかりウイスキーのグラスを持っていた。
「いや、まあ、いいんだ。こいつがすげえ困った状態になってるから、頼むからここにいてくれ──あんたとはお初だったな」
トロントは酔っ払いながらもまともにフィーネに挨拶をする。
「オレは幻獣調査団の《ソイブレイカー》、トロントだ。このノクトとは古い付き合いでな」
「そうなんですね!私は新人僧侶、《クレリック》のフィーネっていいます。ノクト先輩には、新人研修でバディを組んでもらったんです」
「なるほど新人研修か。懐かしい響きだな」
トロントはウイスキーをちびちびと飲みながら、昔のことを思い出して笑った。
「まあ、オレらは腹いっぱいだが、あんたは腹が減ってるだろう。なんか注文するといい」
「はい、じゃあ……」
言って、フィーネは自分が好きなスープパスタを注文した。
「酒はいいのか?」
「あ、はい。お酒は苦手なので……あと、神職ですし」
「まあ、そりゃそうか」
トロントは笑って納得したように言った。
「あの……ていうか、ノクト先輩は大丈夫なんでしょうか……」
フィーネは、自分の隣に座って背もたれにだらりと寄りかかって、トロントの肩を借りて目を閉じているノクトを気にしていた。
「あー、こいつな。なんかまあ、初めての酒で、すいすい飲み過ぎちまったみたいで……」
トロントは困ったように言う。
フィーネは一人、衝撃を受けた。
「え、ノクト先輩、初めてのお酒なんですか!」
「ん?ああ……こいつ二十歳になったばっかりだからな」
そのトロントの言葉にフィーネは愕然とした。
ノクトより、自分のほうが年上だった……
幻獣調査団としては、ノクトが勤務五年、フィーネが勤務0年という大きな差があったが。
フィーネは一旦、この衝撃的な真実を心の中にしまいこんだ。
彼女が心配そうにノクトの顔を覗き込むと、反応があった。彼が半目を開けた。
フィーネの青い瞳と、ノクトのラベンダー色の瞳があった。
「あれ……、なんでフィーネがここに?」
今初めて気づいたようで、ノクトは言う。
「ノクト先輩、こんばんは。……その、任務がうまくいかなくて、むしゃくしゃして……おいしいものでも食べて元気だそうかなって思ったら、ノクト先輩とトロントさんがいたので、つい」
「……そっか。任務、あんまうまくいかないのか」
すると、酔っ払ったノクトは、フィーネに対してにこっと笑顔を見せた。
フィーネは予想外の、あまりにも眩しい笑顔を見せられて「……えっ?」となってしまう。
ノクトは、フィーネが初めて聞くような優しい声で言った。
「フィーネは研修のとき、めちゃくちゃ頑張ってたと思うぞ……魔獣を目の前にして怖かっただろうに、すごく、助かったよ」
という恐ろしい殺し文句を口にしたので、彼女は耳を疑った。
ノクトは続ける。
「オレの怪我、痩せ我慢してたけど、痛くて……でも、フィーネが回復してくれたから、任務継続できるぐらいには動けるようになったんだ。あの時、本当に頑張ったな。ありがとう、本当に」
「ノ、ノクト先輩!ほんと、そういうのダメ!ずるいです卑怯です!」
彼女の目にじんわりと涙がにじんできて、必死でこらえる。
彼女が今日ここにきたのは、幻獣調査団の仕事に向いていない自分を、おいしい食事で鼓舞し、なぐさめるためだ。
自分に飽き飽きし、才能がないことを思い悩んでいた。
ノクトは新人研修の当時そんな素振りも見せなかったが、自分のことを評価し、勇気を認めてくれていた……?
視界が一層揺れ、ぐっと唇を噛んだ。
フィーネが泣きそうに首を振るのを見て、トロントは(あー……無自覚なんだろうが、やってんなこいつ)という目で見た。
「すまんフィーネ、多分こいつ今、あらゆる世間体取っ払って本心しか言えない謎の状態なんだわ。酔っ払いすぎて」
トロントがすかさずフォローを入れるが、それは彼女にとって何のフォローにもなっておらず。
「つまり先輩の本音はこれってことですかあ……?ふええ」
フィーネはとどめをさされたように、感極まって泣き出した。
トロントはやらかした事に気付き、「あちゃー」という顔をする。初対面の後輩が泣き出したことに対して、困り果ててしまった。
一方元凶となったノクトは酔いが深く、二人の話をあまり聞いていない。相手がどうであれマイペースに話を続けている。
「まあだから、フィーネが頑張ってるのをオレは知ってるし……うまくいかないのは、初めてだから当たり前だし……、毎日がんばってることが立派だと思うよ」
その言葉は再びフィーネの涙腺をクリティカル&ダイレクトに直撃し、両手で顔を覆って更に泣き出した。
トロントがもう勘弁してくれという様子で叫ぶ。
「お前それ、わざとやってんのか!」
「え……なんでだよ。思ったことを言ってるだけだ」
「なんでもいいけど、店内で後輩をこれ以上泣かすな!」
「泣かしてるつもりなんかねぇよ。お前さっきから、なんで文句ばっか言うんだよ」
「泣かしてるからだよ、事実としてぇ!」
幻獣調査団精鋭の二人が大声で揉め始めたので、フィーネは慌てて立ち上がって、泣きながら止める。
「あの、お二人とも……私のことで争うのは、もうやめてくださいい……」
誰かが声を荒げたり、後から神職が合流したと思ったらその神職が泣き出したり、傍から見るとこの一角は修羅場と化していた。




