6「VSオーク」
大きさで言うなら二メートル以上あるだろう、巨大な体の魔物。
この世界にもオークはいるのだ。
「エルムオーク、この辺りで生息が確認されているオーク、Cランク上位クラスの魔物よ」
こんな巨体なのに土砂降りの雨で接近に気づけなかった。
「......これは私の不運じゃなくて、あんたの所為だからね」
フィオはセレスを睨んだ。
「問題ない、片付ける」
セレスは杖を振り上げた。
「愚かな敵を焼き払え、テラフレ......」
「ちょっと待て!」
セレスの詠唱を止める。さっきの炎系の魔法を使われたら俺たちまで焼け死んでしまう。
「俺たちを殺す気か!」
「すまない、加減は苦手だ」
「なんかこう、範囲が狭くて威力が高い魔法はないのか?」
オークの方を見てみるとフィオが戦っている。凄いなアイツ、あんなに威力が高そうなオークの攻撃をいなしてるぞ。
「ある、しかし」
「きゃっ!」
横薙ぎの攻撃にフィオは吹き飛ばされていた。
「しかしなんだ?」
「詠唱の必要がある。オークを足止めしてほしい」
「了解だ」
フィオは、木に背中を強く打ち付けてうずくまっている。
「フィオ!」
「私は、大丈夫......二人とも逃げて」
「馬鹿野郎、仲間を見捨てて逃げるわけないだろ」
俺がやるしかない。
目が合った。笑みを浮かべながら、奴は近づいてくる。
「十秒、稼いでくれ」
セレスはそう言って、杖を真っすぐ構えオークに向ける。
「炎よその槍を以って敵を打破せよ」
詠唱開始、さっきの炎魔法よりも長い詠唱だ。威力には期待できるだろう。
魔法の気配を察してか、オークは目の前の俺よりも、俺の後ろにいるセレスを警戒している。
もしやすると、避けられてしまうのではないか?
となれば俺は奴の足を止めなければならない。文字通り足止めだ。
よし、狙うのは足だ。
「行くぞ!」
俺もオークも走り出した。
奴はもう俺を見ていない。セレスを潰そうと真っすぐ走る。
俺は間にいるだけだ。だがそのままぶつかっても俺が吹き飛ばされて全身強打お陀仏ENDになるだけだろう。狙うは膝、そこに剣を突き刺して動けなくしてやる。
「なっ!?」
俺の考えは甘かった。奴はセレスだけを見ていたのではない。警戒のリソースを、適切に割り当てていた。俺への警戒は最低限で十分だったということだ。奴は自らの手を差し出して、俺の剣を受け止めた。そしてそのまま俺を弾き飛ばす。
「オォォォ!!」
セレスの詠唱はまだ終わっていない。まずい、間に合わない。
「くらえ!」
しかし、オークの右脚に剣は突き刺さった。フィオの剣だ。フィオは起き上がって剣を投げていたのだ。オークはバランスを崩し片膝をつく。しかしすぐさま無事な方の脚で立ち上がろうとしている。
「行かせるかぁ!」
全身が痛む。だが俺も立ち上がり、飛び込みながら剣を突き刺す。当たったのは左の足首あたりだ。
奴は再度、体勢を崩す。かろうじて膝立ちになったが、もう遅い。
「『炎槍魔法』」
セレスの杖先に炎が溜まる。そして、炎はすさまじい速度でオークの体を貫いた。
そのまま炎は後ろの木々をも貫き、消失した。
オークは少しだけ苦しそうな表情を浮かべたが、すぐにその場に倒れ込み、そして絶命した。
「......オークの討伐を確認」
「やった!」
俺とフィオはセレスの元に駆け寄っていた。
「あんたやるじゃない!」
「今の魔法凄かったな!」
「......二人のおかげだ。時間稼ぎが無ければ私が死んでいた」
セレスの頬が少しだけ赤くなっていた。照れているのだろうか。
「長居をするとまた魔物に襲われる恐れがある。帰還しよう」
帽子を深々とかぶり直し、セレスは歩き出した。
「そっちは逆方向だぞ」
ご愛嬌というやつだな。
帰りは特に強い魔物に出くわすこともなく、三人で街に帰還することができた。
今回も受付で依頼の精算と討伐モンスターの確認を行ったのだが、俺たちの討伐実績にオークの名前があり、昨日に引き続き驚かれた。あと半月ほど依頼をこなせばEランクに上がれる可能性が高いとのことだ。
セレスは俺達とは別の依頼だったので、改めて受付嬢に報告していた。
「セレスさん」
「無事依頼は完了した」
「......森は燃やしてませんよね?」
「燃やした」
「何やってるんですか!」
「消火はした」
「そういう問題じゃありません!」
とまあ見事に怒られていた。
「やっぱり常習犯じゃん」
「前回は崖を一つ消し飛ばした件についてもですねーー」
「あれは仕方なかった」
「本当に、何したんだよお前」
セレスがひとしきり怒られた後は晩御飯だ。
「では私はこれで失礼する」
「あんたも一緒に食べなさいよ」
ということで、帰ろうとしていたセレスを呼び止め三人で食べることになった。
「それでは、オークの討伐祝いに乾杯!」
「かんぱーい!」
「乾杯」
昨日は飲み過ぎてしまったからな。今日は少しセーブしておこう。
セレスは帽子を脱いでいた。綺麗で長い青髪が露わになる。目鼻立ちが整った美人系の顔だ。変わり者でなければ男にモテるんだろうなぁ。
よくよく考えてみれば美人さん二人と飯だ。ハーレム達成ではないだろうか。いやもう一人こうなんていうか、清楚系の女の子がいると最高だな。
「何よニヤニヤして」
「おっと失礼」
しかし今日の酒はなぜか美味しい気がするな。苦労した分だけ美味しく感じるのだろうか。
「ひっく」
見るとセレスの顔が真っ赤になっていた。いやそれまだ一口目だよな。
「おいセレス大丈夫か?」
もしやこいつまだ酒が飲めない歳なんじゃないだろうか。いやでも流石に俺達より大人っぽいしなぁ。単純に弱いだけか。
「......えへへ」
おや、様子がおかしいぞ。
「クオーン! 私のフレイムランスは凄かっただろぉ!」
急にセレスが隣に座ってきて頭を俺の肩に乗せて来た。
「近いって」
「フィオも凄かったぞぉ、剣をこうビュンって!」
今度はフィオの頭をなでている。
「セレス、あなた本当に一口しか飲んでないわよね?」
「えへへ今日は楽しいな!」
「人格が変わってるわね......」
魔法を唱えている時のあの凛とした感じはどうしたのだ。あんなに無表情で正確な魔法使いが、たかだか酒の一口程度でこんな姿になってしまって。
だが、悪くない。
「フィオは凄いな!」
「何よ急に」
「クオンも凄い! 弱いのに一生懸命頑張ってて偉い!」
「弱いは余計だ」
最終的にセレスはフィオの隣に落ち着いた。
今はフィオの方に寄りかかっている。
「フィオは良いやつだなぁ」
「重いわよ」
「私はフィオの事好きだぞ」
「はぁ!?」
「剣も強いし、赤い髪も素敵だ」
「なに、あんたそっちのケがあるわけ?」
「違うしー」
「なんだ、俺はお前らが仲良くなって嬉しいよ」
「なってない!」
フィオもまんざらではなさそうだ。
セレスはひとしきりフィオに甘え切った後、眠ってしまった。
「セレス、起きろ」
「まだまだ飲めるぞぉ......」
「だめだこりゃ完全に潰れてる」
「どうすんのよこれ」
「宿まで運ぶしかないだろ」
「じゃあお願いね、男の子さん」
「都合いい時だけ男扱いしやがって」
と言う訳で、俺とフィオはほどほどに酔っぱらったくらいでギルドを後にした。
「そいつも、寂しかったのね」
「かもな」
フィオもセレスも、二人とも境遇は似ている。
フィオだってまだ俺とパーティーを組んだばかりだ。こいつの気持ちは痛いほどわかるのだろう。
今日の酔い方は今まで溜まっていた物が出てしまったのかもしれない。良い匂いもするし、背中にとても幸せな感触があるのでオールオッケーだ。
「フィオも、ああいう甘え方しても良いんだぜ」
「しないわよ!」
まあこいつの場合は酔っぱらったら馬鹿をするタイプだろう。多分俺も同じようなタイプだ。
「今日は......楽しかったなぁ」
俺の背中でセレスが寝言を言っているのを聞きながら、俺達は宿に戻った。
翌朝、女をもう一人連れ込んでいるとして女将さんにからかわれた。
「昨日は依頼の報告をした後から記憶が無い」
「あんた相当酔っぱらってたのよ。昨日は私のことを好きって言ってたわね」
「言ってない」
「言った!」
とまあ一晩明けてみればセレスは見事に元に戻った。
「......二人とも、相談がある」
宿を出てギルドに向かおうとしたとき、セレスが俺達を呼び止めた。
「なんだ?」
セレスは無表情だが顔が赤い。
「私を、お前たちのパーティーに入れてほしい」
恥じらいながらもセレスはそう言った。
「魔法で森を不用意に焼くような奴とは組めないわ」
と、フィオはあっさりと断る。
「私は強い魔法にしか興味が無い」
「じゃあ無理ね」
「だが、迷惑をかけないように善処する」
フィオは少しの間セレスを睨み、そして小さくため息をついた。
「......ふん、好きにしなさい」
「俺は歓迎するぜ」
「感謝する」
そんなわけで、セレスが俺たちの仲間になった。




