5「魔法使い」
皆さんこんにちは、クオンです。
俺は今、窮地に陥っています。
昨日はパーティーを組んだ仲間と気持ちよく飲んでいたはずなのですが、どうやら俺はその仲間と一線を越えてしまったのかもしれないのです。
羞恥に顔を真っ赤にしてこちらをにらむ彼女、そう彼女こそが俺とパーティーを組むことになったフィオです。真っ赤な下着に包まれた体を、今は必死に毛布で隠しています。昨日の朝に見た下着と同じですね。着替えはしていないという事です。
さて、俺はパンツ一丁のままベッドの前に正座しました。何も覚えてはいないのですが、越えてしまった昨日はもうやり直すことができません。
しかしですね、記憶がなくとも女の子の純情を散らしてしまったとあっては、やはりそれ相応の責任を負わなければならないのです。
よくもまあこんなに言葉がつらつらと出てくるものですね。これが賢者になったという事でしょうか。いいえ違いますね。
ピンチを前にして、頭がとんでもない速度で回っているだけです。
「申し訳ない。何も覚えていないんだ」
異世界人のフィオに見せつけてやりましたよ、ジャパニーズ土下座を。
「初めてだったのよ......私の初めてを......」
フィオも穢れを知らぬ乙女だったという事です。
ちらと顔を見てみると、真っ赤な顔はその赤毛よりも赤くなろうかというところで、目には涙を浮かべていますね。
「あんたたち早く起きな、朝飯が覚めちまうよ!」
と、そこでドアを開けて入ってきたのはこの宿屋のふくよかで豪快な女将さんだ。女将さんは俺達を見て一言。
「何やってんだいあんた達、ほらゲロまみれになってた服もちゃんと洗っといたよ」
そういって女将さんは手に持っていた衣類を無造作に部屋に投げ入れた。
ゲロまみれの服?
「なんも覚えてないんだね。あんた達昨日は帰ってくるなりいきなり二人とも吐いたんだよ。まったく、服を脱がせて部屋に入れるのも大変だったんだからね。早く服を着て飯を食いに来な」
そう言って女将さんはばたんと扉を閉めて出て行ってしまった。
沈黙が流れる。
俺たちは無言で服を取りそれを着て一階へと降りた。
「なんだい、あんた達は夫婦なのかと思ってたよ」
女将さんが出してくれた朝飯を食べつつ、女将さんと話していた。
フィオは相変わらず顔を真っ赤にして黙って食べている。
「一昨日から仲良さそうにしてたから、てっきり出来立てほやほやの新婚さんだって勘違いしてたのさ。悪いことしたね」
「いえこちらこそ、お店を汚してしまい服まで洗ってもらうだなんて申し訳ないです」
「いいのさいいのさ、良くあることだからね」
そういっておばさんはぞんざいに手を振って洗い場の方へと向かった。
「あの、フィオさん?」
「......なによ」
「これは不幸な事故ということで、お互いに忘れましょう」
そう言うとフィオは両手で頭を押さえて唸っていた。
「うぅ、私の不幸体質が恨めしい」
しばらくフィオは口数が少なかったが、少しするといつもの調子を取り戻し、ギルドに向かう頃には何もなかったかのように元気になっていた。
事故は、起きなかったのだ。
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さて、昨日とは街を挟んで反対側の森が近い草原。そこに俺たちはゴブリンを狩りに来ていた。
ゴブリンを六匹討伐するEランクの依頼だ。
「ゴブリンは一匹一匹はそんなに強い相手じゃないわ。一対一なら武器を持った成人ならまず負けない。だけど舐めてかかると後ろから殴られて返り討ちに合うこともある。二人で周りを見ながら倒しましょ」
事前知識は道中フィオに教えてもらいばっちりだ。
「基本的には裏を取られないように、お互いに注意しあって倒すのがベターなやり方ね」
ということだ。さて、現場についてみると、いた。
緑色の体をした、身長一メートルくらいのガリガリの小僧って感じだ。
ぱっと見は八匹いる。依頼は六匹なので、六匹倒した時点で撤退してもいいし、倒しきってもいいとのことだ。
「頼りにしてるぜ、フィオ」
「こっちこそ、クオン」
とりあえず六匹、大きなケガも無いように倒そう。
「フィオ後ろから来てるぞ!」
「了解!」
少しだけ緊張していたのだが、思ったよりも順調に倒せている。
「これで、最後だ!」
最後は俺のトドメだった。正直、人型の生物を殺すのには抵抗があったが、やってみれば意外と良心は痛まなかった。これで人語をしゃべるとかだったらキツかったかもしれないな。
俺が三匹、フィオが五匹だ。やっぱり、フィオの強さは俺の数段上だな。
「......無事に倒せたな」
「何を驚いているの?」
「いやあ、何にも起こらなかったからさ」
「私を何だと思ってるのよ!」
とまあ軽口を叩く余裕もあるくらいだ。
「ゴブリンは特に珍しい素材が採れる訳でもないけど、死体を放っておくのもあまり良くないわ。森にでも放っておけば獣のエサになる」
「なるほどな。ちなみに放置するとどうにかなるのか?」
「魔物に限らず人間もだけれど、死体を放置するとアンデッド化することがあるわ。アンデッド化したら専用の魔法やアイテムでしか倒せなくなるから大変なのよ」
他の冒険者のためにも、事前に予防しておくということだな。
「さてと、これで全部か。フィオ、あとは何かすることはあるか?」
「いや大丈夫。帰ってギルドに報告しましょ」
昨日に比べたら大したことはなかったな。昨日が大変すぎただけでもあるが。
二人で草原を後にしようとした時、森の中から轟音が聞こえた。音のした方から煙が上がっている。
「なんだ!?」
「今のは、魔法の音ね」
魔法、まだお目にかかっていない物だ。剣もワクワクはするが、魔法はもっとワクワクするな。俺も魔法を使って物を浮かせたり箒に乗ったりしたいものだ。
「見に行ってみよう」
少し危ない気もするが、でも魔法は見てみたい。
「そうだな」
俺はフィオの誘いに乗った。
森の中を進むと、数分で現場であろう場所が見えた。
そこにはゴブリンに囲まれた、黒いローブととんがり帽子を身にまとい、長い杖を手に持った女が立っていた。
ゴブリンの数は、三十は越えているだろうか。
俺たちは見つかっていないらしい。
ゴブリンたちは今にも女に襲い掛かろうとしていた。
「三十四匹、捕捉した」
女はそう言い、杖を上に振り上げた。
「愚かな敵を焼き払え、『灼炎魔法』」
杖の先、魔石のようなものから炎が飛び出て、渦を巻きながら円状に広がっていく。
ゴブリンたちは為すすべもなく、炎に呑まれその身を焦がした。
ゴブリンをすべて焼き尽くしても炎は変わらず広がり続けていた。
ってこれ、俺たちの所にも広がるんじゃ。
「やばいやばいやばい逃げろ!!」
何とか走り逃げたところで炎は消えた。木々が燃えている。
「おいおい何やってんだよ」
近づいて魔法使いに声をかける。流石にやりすぎだ。
「すまない、人がいたのか」
「このままじゃ森が全部燃えちまうぞ」
「確かに、これではまた怒られてしまう」
常習犯かよ。
「神よ怒りを鎮めたまえ、『天水魔法』」
今度は杖の先が光り、すぐさま空は雲に覆われた。
ほんの数秒で土砂降りの雨が降り、木々に広がっていた炎が消える。
「すげえな、これが魔法か」
「これで大丈夫」
しかし雨で服が濡れてしまったな。
「もう大丈夫なんじゃないか?」
俺がそう言うと、魔法使いは不思議そうな顔をした。
「この雨は今日いっぱいは止まない」
「止められないのか?」
「発動した魔法を止めるのは苦手だ」
なるほど、こいつぁ中々の変わり者とみた。
「聞いたことがあるわ。加減を知らない魔法で、依頼はこなしてもその場をめちゃくちゃにして帰ってくる魔法使い」
フィオはこの魔法使いのことを知っているらしい。
「これ以上自然や街に被害をもたらすのなら看過できないわね」
フィオは剣を抜いて、魔法使いに向ける。
「お、おい何もそこまでしなくても」
「あまりにも制御が効かない暴走ぶり、どのパーティーからも距離を置かれている女よ」
「いやそれフィオが言えたことじゃないだろ」
「うるさいわね!」
「まあとりあえず落ち着けよ」
魔法使いはさっきからずっと無表情だ。顔を見てみると、かなり整った美人系の顔立ちをしている。フロスティブルーというのだろうか、綺麗な青髪だ。雨に濡れてどこか全体的に色っぽく見える。
「俺の名前はクオン、こっちはフィオだ。昨日パーティーを組んだばかりの初心者冒険者だ」
「私はセレス。魔法使いだ」
淡白だな。真面目なのだろうか。
「でもすげえな、あんな数のゴブリンを一斉に倒すなんてさ」
ゴブリンは火に炙られ、雨に消火されていい感じに焼きあがっている。いや気持ちは悪いんだけども。
「俺達もゴブリンを倒しに来たんだ。依頼が終わったのなら一緒にエルムまで戻らないか?」
「いい、私は一人で帰る」
セレスはそう言って歩き出したが、そっちは街の方とは真逆だ。
「そっちはエルムじゃないぞ」
「......」
「もしかして方向音痴か?」
「違う」
「じゃあどうしたんだよ」
「方角を勘違いした」
「それを世界は方向音痴って呼ぶんだぜ」
というやり取りもあり、俺たちは一緒にエルムまで向かうことになった。
しかし雨が降り続いているせいか、地面がぬかるんでいる。
さっきからフィオが転びっぱなしだ。
「うわっ!」
後ろを歩いていたフィオが思いっきり転んで、俺まで巻き込まれた。
俺は倒れた勢いで木にぶつかる。
「いってぇ」
すると次は木の上から小袋が落ちてくる。
中を開けると銀貨が三枚。
「ゴブリンは木の上に人間から奪ったものを隠しておくことがあるのよ」
「つまり、儲け?」
「......変な人たち」
「君に言われることじゃないだろ」
「君、ではなくセレスでいい。個体識別名で呼ぶ方が間違いが起きない」
「セレスは、さっきフィオが言ってたみたいにパーティーには入っていないのか?」
「......同行したパーティーはみな二度と一緒に冒険には行かなくなった」
つまり浮いてんのね。フィオと似てるな。
俺も人の事言えたもんじゃないかもしれないが。
「さっきの魔法凄かったけど、確かにあんなに広範囲の魔法ばっかり使ってたら連携とか取れないもんな」
「魔法で全て消すのが効率的だ」
「例えば、スライム一匹を倒す魔法はどんなやつを使うんだ?」
「家が消し飛ぶくらいの火炎魔法」
「やり過ぎだな」
さっきからフィオが黙っている。もしかしてこいつら相性が悪いのだろうか。
「おい、何か喋れよ」
「だって、私こいつあまり好きじゃないし......」
さっきのやり取りもそうだけど、フィオは少し正義感が強い感じがするんだよな。悪いことじゃないけどさ。
「そんなんじゃ友達出来ないぜ」
「うるさい」
セレス、俺、フィオの並びで歩いているが、どうにも気まずいな。片一方と話すと片一方が黙ってしまう。
「クオン、気は遣わなくていい」
「そうよ、放っておいて」
こいつら水と油だ。
うーん、どうしたものか。そんなことを考えながら歩いていくと、地響きが聞こえた。
「何の音だ?」
ズッズッと、地響きは近づいてきている。
「止まって!」
何かに気づいたのか、フィオが俺達を制止し、剣を抜く。
「逃げられないわね。来たわよ」
俺も剣を抜いて後ろを振り返る。
枝をへし折りながら、そいつは現れた。
名前を聞くまでもない。
巨大な体躯に太いこん棒、見た目だけで言えばゴブリンに少し似ているが、その脅威度は全く違う。
「ウォォォォ!」
オークだ。




