12「嘆きの巣窟」
「エリシアを連れて帰るぞ」
そう意気込んだものの、何の情報もなくSランクダンジョンに飛び込むほど馬鹿ではない。
いや、ここまで来てる時点で十分馬鹿かもしれないけど。
「なあ、中のことを教えてくれないか?」
紅蓮の盃の男に尋ねる。
「……本当に行く気かよ」
「ああ」
「死んでも知らねえぞ」
「できれば死にたくないから聞いてるんだよ」
男はしばらく俺の顔を見た後、大きくため息を吐いた。
「途中までは一本道だ。俺たちが倒したアンデッドが転がってるから、それを目印に進め」
「転がってる?」
フィオが首を傾げた。
「どういうこと?」
「そのままの意味だ。倒したはずの奴らが、消えねえんだよ」
「……消えない?」
フィオとセレスが顔を見合わせた。
「何か変なのか?」
「アンデッドは、普通なら光魔法で浄化すれば消えるわ。体も残らないはず」
「そうなのか?」
「少なくとも、そのまま死体が残ることはない」
へぇ、アンデッドなんてまだ戦ったことないから全然知らなかった。
「中に入れば分かる。骨だろうが腐った死体だろうが、残ってやがる」
「それが数が減らないって話と関係あるのか?」
「分からねえ。ただ……」
男の表情が険しくなった。
「俺たちが帰ってくる途中、さっき倒したはずの奴がまた動いてるのを見た。だからこそ、Sランクなんだろうな」
「……」
なるほど。
全然入りたくない。
「やっぱ帰る?」
「今さら何言ってんのよ」
「言ってみただけです」
「あと、嬢ちゃんが一人で進んだのはこっちだ」
男は簡単な地図を地面に描いてくれた。
途中に大きな空間があり、そこから道が何本かに分かれているらしい。
「俺たちはそこで引き返した。嬢ちゃんは一番奥の道を選んだ」
「分かった。ありがとう」
「……無理だと思ったら絶対戻れよ」
「ああ」
さて、いよいよか。
俺たちは嘆きの巣窟の入り口に立つ。
中から冷たい風が吹いてきた。
「……寒っ」
「行くわよ」
「待って心の準備が」
フィオはもう中に入っている。
セレスも当然のように後へ続いた。
「ちょっと待ってくれ!」
俺も慌てて二人を追いかけた。
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洞窟の中は思ったよりも広かった。
大人が何人並んでも余裕で歩けるくらいの横幅があり、天井もかなり高い。
壁には結晶のようなものが所々突き出ていた。
「これが白晶か?」
「多分そうね」
フィオが壁に手を近づける。
「昔はこれが洞窟中で光ってたらしいわ」
「今全然光ってないぞ」
白晶という名前の割には、白い部分の方が少ない。
ほとんどが黒っぽく濁っている。
「何かに汚染されているように見える」
セレスが白晶を眺める。
「魔力も感じる」
「危険?」
「分からない」
「そればっかだな」
「分からないものは分からない」
ごもっともです。
しばらく進む。
敵にはまだ遭遇していない。
紅蓮の盃が掃除してくれたのだろうか。
「……あった」
フィオが足を止めた。
そこには、人骨が転がっていた。
一体だけじゃない。
奥にも、そのさらに奥にも転がっている。
「これ……全部アンデッドか?」
「そうみたいね」
剣で切断されたもの、頭が砕けているもの、焼け焦げた死体もある。
紅蓮の盃とエリシアが倒していった奴らだろう。
「すげえな……」
あれだけボロボロになっていたとはいえ、本当にあのパーティは強かったらしい。
俺たちが三人で戦ったら、これだけの数を相手にできるだろうか。いや、出来ない。
「やっぱり、おかしい」
フィオが呟いた。
「死体が残ってること?」
「ええ」
俺も骨を覗き込む。
普通の人骨にしか見えない。
「クオン、あまり近づくな」
「え?」
「まだ魔力がある」
セレスが俺の肩を掴んで後ろへ引いた。
「倒されてるのに?」
「ああ」
「それって……」
その時、ガタッ、っと音が響いた。
俺は動きを止めた。
「……今の何?」
「骨」
「そうじゃなくて!」
目の前に転がっていた頭蓋骨。
さっきまで横を向いていたはずなのに。
こっちを見ている。
「……」
「……」
ガタッと音を立てて腕が動いた。
「うおおおお!?」
「クオン、うるさい!」
「いや動いたって!」
「分かってる!」
ガタガタと、周囲に転がっていた骨が次々に動き始める。
「マジかよ!」
一体のスケルトンが立ち上がった。
続いて二体、三体。
いや、多い多い。
「全部起きるんじゃないだろうな!?」
「その可能性が高い」
「セレス冷静に怖いこと言うな!」
スケルトンが剣を振り上げた。
「っ!」
フィオが前へ出る。
一閃、首が飛んだ。
だが、その身体は倒れても消えない。
「クオン、右!」
「うおっ!」
別のスケルトンが迫る。
奴ら、自分の骨を投げてきやがった。さらに剣を振って攻撃もしてくる。
剣を受け止め、そのまま蹴り飛ばす。骨は、スネの辺りに当たって痛い。
「燃やせ、『火球魔法』!」
火球がスケルトンの胸に命中した。
吹き飛んだな、よし。
少し魔法にも慣れてきた気がするぞ。
「燃やせ、『火球魔法』」
セレスも同じ魔法を放つ。
ドゴォンと轟音が響く。
「威力違いすぎない?」
「同じ魔法だ」
「嘘つけ!」
三体まとめて吹き飛んでるじゃねえか。
「まだ来るわよ!」
フィオの言う通り、奥からもスケルトンが現れる。
しかも、さっきフィオが首を飛ばした奴。
「……」
身体が、また動いていた。
「いやいやいや!」
首がないまま立ち上がってるぞ!
「これじゃきりがないわ!」
「先に進む」
セレスが言う。
「戦い続ける意味がない」
「だな!」
俺たちは最低限の敵だけ倒して、走った。
後ろからガチャガチャと嫌な音が聞こえる。
「追ってきてない!?」
「追ってきてるわよ!」
「聞かなきゃよかった!」
しばらく走ると、スケルトンたちは追跡をやめた。
「はぁ……はぁ……」
俺は壁に手をつく。
「まだ入り口付近よ」
フィオも少し息を切らしている。
「これで入り口かよ……」
紅蓮の盃が逃げた理由が少し分かった気がする。
強い弱い以前に、倒しても復活するなんて反則だろ。
「クオン」
「ん?」
セレスが少し先を見ていた。
そこにも一体、アンデッドの死体がある。
「また起きるのか?」
「違う」
セレスが近づく。
白いローブを着たゾンビのようなものだった。
だが、身体の半分ほどが消えている。
今まで見た死体とは明らかに違う。
「魔力がほとんどない」
「ってことは?」
「これは、しばらくは動かない」
フィオも近くまで見に来る。
「他のアンデッドと何が違うの?」
「これを見ろ」
セレスが地面を指差した。
床が、ほんの少しだけ白く焼けている。
「光魔法だ。倒されてからまだ時間が経っていない」
「エリシアか?」
「恐らく」
俺は奥を見る。
あいつ、ちゃんとここを通ったんだ。
「行こう」
まだ生きている。そう思ったら、少しだけ身体が軽くなった。
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それから俺たちは、エリシアが倒したと思われるアンデッドを探しながら進んだ。途中の分かれ道も、紅蓮の盃が地面に書いてくれた地図を思い出しながら進む。
「アンデッドは光魔法なら完全に倒せるのか?」
「そのはずだが、このダンジョンは異常だ。光魔法ですら完全に消滅させられないなんて」
「光魔法が無いと、突破すら難しいってことね」
「じゃあエリシアがいれば楽になるな」
「本人を探している最中だけどね」
「......ああ、そうだな」
目的を忘れてはいけない。
ただ、進むにつれて気になることがある。
「……なあ」
「何?」
「エリシアが倒したアンデッド、増えてない?」
最初は一体ずつだった。
でも今は、数体まとまって倒れている。
その先にはさらに多くの痕跡。
「戦闘が増えてる」
セレスが言った。
「つまり」
「エリシアの近くほど敵が多い可能性がある」
「急ごう」
フィオも走り出した。
俺たちも続く。
少し進むと、床に赤いものが落ちているのが見えた。
「……血?」
少量だ。
だが、まだ乾いていない。
「エリシアのか?」
「分からない。でも新しい」
嫌な汗が出てきた。
「急ぐぞ!」
そこからは痕跡を追う。
白く焼けたアンデッド。
壁についた何かを擦ったような傷。
そして遠くから、音が聞こえた。何かがぶつかる音、ヒュンと魔法が炸裂する音。
「聞こえた!」
「ああ」
「こっちよ!」
俺たちは走って通路を抜け、広い空間に出た。
そこには、何十体ものアンデッドがいた。
「……うわ」
その中心に、いた。
白と青のローブは泥と血で汚れている。
肩まで伸びた金髪も乱れていた。
それでも、大きな杖を握って立っている。
「滅せ光よ――」
杖の先に光が集まる。
「『光滅魔法』!」
光がアンデッドを包み、一体が倒れた。
だが、まだいる。後ろにも、横にも。
一体のスケルトンがエリシアへ剣を振り下ろす。
「危ない!」
フィオが飛び出した。
剣と剣が激しくぶつかる。
「っ!?」
エリシアが振り向いた。
「やっと見つけたぞ!」
「……クオン、さん?」
その顔は、信じられないものを見たようだった。
「なんで……」
「なんでじゃねえよ!」
俺も剣を抜く。
「お前を連れ戻しに来たんだよ、この馬鹿!」




