7 溜息の帰り道
「あーあ、山田に期待したわたしはバカでした」
帰り道、真帆は何度も溜息をついた。
「オシャレとか信じらんない。こっちはがちがちに校則に縛られているのに。ずるいと思わない、千夏」
同意はしにくかった。縛りと言ってしまえば、アイシャのほうが厳しそうだし、それでも工夫して楽しもうとする考え方は好感が持てた。わたしたちと同じなのだと、真帆のピンク色のリップに目をとめながら、小さな試みを試すことにした。
「でも、アイシャもわたしたちみたいにほんとはオシャレしたいのかなって思った。聞きかじりだけど、ムスリマって」
ネットで拾っただけの話を披露するのは、山田みたいで嫌だなと頭の片隅で思いながらも、真帆がアイシャに理不尽な態度を取るのをやめさせたいという気持ちがわずかに勝った。
「男性の性的な視線を避けるために肉体の美しい部分を隠さなきゃいけないみたい。髪の毛ってそんなに魅力あるのかなって思うけど、尼僧さんとかキリスト教のシスターも髪の毛を隠すよね。慎みの表現として。男の人って髪フェチが多いのかな」
「そうねえ」
真帆は笑って、手で髪を梳いた。太陽の光を浴びて、赤や薄茶を帯びた髪が眩しい。
スーツの男性が、すれ違いざまに真帆の全身をしげしげと眺めて、小声で「合格」と呟いた。かちんときて、「おまえは不合格だけどな」と千夏は心の中で叫んで、無理して笑った。
「うん、やっぱり、髪だけじゃなくて、真帆はどこもかしこも魅力的だから全身を隠さなきゃならないかもね」
「そんなの嫌だな。慎みなんていらない。見たい人には見せてあげるわよ、わたしは。男にも女にもね。世界中からきれいって言われたいもの」
真帆はその場でくるりと身をひるがえした。スカートがふわりと開く。
あわてて周囲を見回した。
さいわい、今度は誰にも見られていなかった。
魅惑的な女友達を他人の視線から守ろうとする女子高生も見られなくてすんだ。
「真帆、わたしちょっとだけ、束縛男の気持ちがわかっちゃったかも」
「やめてよ千夏。束縛男なんて最低。不自由な宗教も不快。あ、でも、アラブの石油王がプロポーズしてきたら応えてあげてもいいかも。わたしのことが好きなら、わたしの自由を許せると思うんだよね。ただしイケメンにかぎる」
真帆は機嫌がよいときの、頬がぐっと盛り上がるような顔で笑った。
アラブの石油王は冗談だろうけれど、うっかり想像したら胸のバクバクがえらいことになった。
神が人間の男女に与えた特性。
アイシャが話していたことが頭をよぎる。神の前では人間はみな平等だが、男と女は特性が異なる。女の特性は子供を産み育てることだ、と言われたら、わたしは困ってしまう。
女を好きになる女は、神様も想定外なのだ。
ムスリマでなくてよかったと思う。誰を好きになろうと自由だ。心を制御しなくていい。罪悪感を抱かなくていい。
アイシャの言動からわかるのは、ムスリマであることは彼女の誇りだということだ。そして誇りを失うことなく、生きやすい社会にしたいと切望している。
狭い社会なら飛び出してしまえばいいのにと、わたしなんかは思うけど、アイシャは違う。
アイシャのように賢ければ、立ち向かう勇気も湧いてくるのかもしれないけれど。
勇気が湧くどころか、溜息しか出てこない。
アイシャにも真帆にも嫌われないようにしながら、上手くあいだを取り持つことが出来ないかと考えたが、いいアイデアは浮かんでこなかった。




