表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/12

6 解釈とプライド

 山田はとくとくと語り続ける。


「相続も男の半分なんだってな。一夫多妻だし。女に学問は不要なんだろ。外行くにも家長の許可が必要で、かぶりものをしないといけないし。すげえ窮屈そう。しんどくないの?」


 アイシャは軽く首を傾げた。


「山田くんはもちろん男尊女卑をひどいと思うんだよね」


「そりゃそうさ。イスラム教ってひでえ宗教だよ。やめちまえよ、そんな古くさい考え方の宗教」


 グループのなかでさざ波のようにざわめきが起こった。だが山田に反論できる者はいないようだ。


「うわあ、理解があってよかった!」


 アイシャはパンと手を叩くと、山田の手首を掴んだ。


「な、なん……」


「羊の話はハディースよね。予言者の言行録の。よく調べたねえ」


「ああ、造作(ぞうさ)ねえ」


「現代は世界中にムスリムがいるから、その土地や慣習にあった考えが採用されてるけど、クルアーンは不変なのよね。そこには神の前では男女は平等って神の言葉が書かれてるの。あとね、知識の探究は男女を問わず、すべてのイスラーム教徒の義務であるってことも書いてある。常に自己を向上させなくちゃならないの。たいへんなことよ」


「あ、ああ?」


「相続が半分なのはなぜかというと、男には家族の扶養義務があるからなのよ。家族全員を養わないといけないの。だから妻を複数持てるのは金持ちだけなのよね。女性が働くことは禁止されてない。預言者の妻は大商人だったし、預言者はそこで雇われていた従業員だったし」


「……そうなのか?」


「国にもよるけど、ムスリマの職業の選択肢が少ないのはたしか。でも女性がばりばり稼ぐようになって、夫婦で家族を養うようになれば、相続の不利も修正されたほうがいいと思うでしょ、ジェンダー公正思考の山田くんなら」


「う、ん、まあな」


 山田の顔に困惑がにじみだした。日本人より流暢(りゅうちょう)なアイシャの日本語に圧倒されていた。


「アラビア語でコドラットって言葉があってね。それは神によって決められた人間の先天的な特性のことなの。神の前では人間は平等、でも男女には違いがあって、それは神が与えたものだから認めねばならないって。でもそれを男尊女卑の文脈で使うのはおかしいのよ。男子100メートル世界記録9.58秒だけど、女子100メートル世界記録が10.49秒だからって、女性が劣った性別ではないってことよ。あ、ちなみに山田くんの100メートル記録はいくつ?」


「ええと、覚えてないなあ」


 グループのなかからくすくすと忍び笑いが聞こえる。山田は運動音痴なのだ。


「わたしは男女という区別よりも、個々の特性に着目すべきだと思うのよね。というのは女性の特性を、子を生んで育てるってことにだけ特化させようとする解釈があってね、母親になることは男であることより偉大だって。奇妙だと思わない? そりゃ、母親は偉大よね。子を生むのは偉業と讃えられていいと思う。でも結婚しなくても子を生まなくても、生まれ持った特性に合った生き方をするならいいじゃない?」


 グループの中から委員長が身を乗り出した。


「女性を家庭に閉じ込めるための罠みたいですね。でもムスリムの男性もたいへんそう。戦争に行くのは男性のコドラットだと言われたら逃げようがない」


「家族を養う義務ってのもしんどいな。ぼくは逃げるかも」


「なんですって」


 グループの中の男子がうっかり吐露(とろ)した言葉に女子が噛みついた。


「責任感がない男は結婚しないでよ」


「でもよ、一夫多妻は夢があるなあ」


 グループが勝手に揉めるあいだ、山田は圧倒されたのか、口をつぐんだままだった。

 そんな山田を見やって、アイシャが口を開いた。


「ムスリムのなかにもジェンダー公正の動きはあるのよ。過激なのから穏健なのまで。わたしは宗教倫理と自己抑制の狭間(はざま)で生きてるけれど、フェミニストでもある。それがプライドなのよ。男尊女卑を憤ってくれたということは、山田くんもフェミニストなのね。心配してくれてありがとう」


「……」


「それから、ジルバブのことだけど。わたしは強制とは思ってないの。だってオシャレだもの。よく見て。これは日本に来てから着物の正絹生地で作ってもらったの」


「ほんとだ、鶴と亀が織り込まれてる」


 委員長はアイシャの頭部を食い入るように見ている。


「結婚衣装に使うものじゃないの?」


「どうもそうみたいね」


 千夏のいる場所は少し離れていたので、白くて光沢のある布としかわからなかった。

 鶴と亀の文様が見たくてそわそわするわたしに、真帆が「帰ろう」と誘ってきた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ