3 大好きな真帆
「で、千夏はどう思ったの」
ココアの粉が上唇にのってることを知らずに真帆はあごをつきだす。好奇心旺盛な両の瞳には千夏がしっかりと映っている。千夏の頬がとける。
「再婚……だよね、きっと」
唇を尖らせて、あわてて頬を引き締めた。
「ママがしたいなら反対はしないかな。でも緊張するなあ」
「気をつけな。娘狙いのクソジジイかもしんないじゃん」
「まさかあ。あ、ティラミスパフェ、一口ちょうだい」
千夏と真帆が涼をとっているのは学校近くのファストフード店である。帰り道には強い潮の流れがあって真帆と千夏は流されてよくこの店に吸い込まれている。
千夏のマンゴージェラートに断りなくスプーンを突き立てる真帆は、無邪気だ。
「浮気しない人だといいなあ。ママには苦労してほしくない」
「もし……さ」
「うん?」
「千夏が気に入らない男だったらはっきり言ってやんなよ。ママのために我慢しようとか思うなよ。千夏が結婚するときに両親として臨席することになるんでしょ。あ、違うか。そんときは本当の父親を呼ぶのか。ん、あれ、どうするのが正しいの?」
「結婚……って」
胸がちくりとした。日本では同性婚はまだ認められていない。真帆が想像してる結婚と、千夏の夢とは隔たりがある。
「世の中には養育費払わないで逃げちゃうクズ男が多いんだってさ。その点、千夏のパパはちゃんとしてんじゃん。あ、でもさ」
真帆はポテトを一本ずつ食べる。尖らせた口の先に丁寧に押し込んでいく。
ずっと見ていても飽きない。でも口にしたら、きしょいと言われるだろうから我慢する。
「新しいパパができたら古いパパは養育義務から外れるって聞いたことあるよ。それはそれでラッキーなことじゃない?」
「そうだね。面会は毎度拷問だよ。この人はいつまで父親のつもりでいるんだろう、もう家族ではないのに、早く気づけってテレパシー送ってるけどまったくだめ」
「あはは」
真帆が笑うと、目の前でソーダがはじけるみたいにキラキラする。
「でも念じてるだけじゃ伝わらないよね、なに考えてるかなんて」
そう言って真帆はスマホで時間を確認した。そろそろ帰ろうの合図だ。ちょっと寂しい。
「ちぇ、千夏が海外に住むんだったら遊びに行くのに」
「海外っていってもアジアのどっかだよ」
「あ-……」
案の定、真帆は顔をしかめた。アメリカかヨーロッパを想像していたのだろう。ダルそうに腰を上げた。
「アジア飯も美味しいよ」
「まあ、そうだね」
なんでフォローするようなことを言ったのだろう。千夏は内心で首を傾げながら話題を変える。
「夏休み、どうする。どっか遊びに行かない?」
「アルバイト」
「え、いつから。知らなかった、なにするの」
トレイを放り投げた真帆の後ろ姿に、思わずなじるような声を出してしまった。
「うーん、イベント系? シフト決まるまで予定立てらんないな」そこで真帆はくるりと振り返って千夏に微笑んだ。「ねえ、千夏のパパさ、浮気相手とどうなったの。一緒に暮らしてるの」
「知らない。パパが今どこに住んでるかも知らないもん。パパはもう他の家の人だよ思ってる。あ、でも夏休みだからと言えばお小遣い多めにくれるかな」
「そしたら、遊びに行こうよ!」
真帆は目をきらめかせた。よかった。この話題はアタリだ。階段を下りながら、前のめりで真帆に話しかける。
「ママの帰りが最近なんか遅いなって思ったんだよね。だったらわたしの門限もゆるめてほしい」
「化粧が濃くなったとか、服装が派手になったとか?」
「あは、そんな、夏休み明けの女子かっての。見た目はあんま変わってないよ」
「クラスにもいるよね。恋人がいること、かたくなに認めないコ。バレたくないのかなって思う。ねえ、千夏は恋人いないよね」
自動ドアを出ると真帆はくるりと振り返って意味深に笑う。どきりとした。
念じてるだけでは伝わらない。本当にそうだ。
「ちょっとそこ、どいてもらっていいですかあ」
真帆の背後に人影が立った。
「あ、ごめんなさい。真帆、ちょっと避けよう」
「なんなのよ、あんた」
真帆のまなざしが厳しい。まなざしの先にいたのは若い女の子だ。わたしたちと同じくらいだろうか。だが女の子の肌は浅黒く、髪を包むような布を頭に巻いている。
「邪魔なんで」
日本語のイントネーションは完璧だ。真帆を引っ張って端に移動すると、彼女は目で会釈をするや、すたすたと店に入っていった。
店の入り口で足踏みしていた自分たちが悪いのに、真帆は「生意気な外国人だね」と舌を出した。「ナニサマ? 性格ワル!」
わたしたちがラブラブすぎるから邪魔したかったんじゃないかな。などと軽口を言いたいが、我慢。時期尚早。
「東南アジアなのかな。あの被り物、ヒジャブだっけ。ムスリム、じゃなくて女性だからムスリマかな」
「知らない。興味ないし。イスラム教ってなんか気持ち悪くない?」
「う、う……ん」
「ファストフード店に食べるもんあるのかな。あんま出入りしてほしくないな。なんか汚くなりそう。ね、そう思わない?」
「……」
言葉に詰まったわたしに鼻白んだのか、また明日、と真帆が手を振った。
真帆は中学校ではいじめっ子だったけど、もう卒業したと以前言っていた。
千夏の知る限り、真帆はクラスのムードメーカーで人気者だ。真帆を嫌う者はいない。それだけではなく、クラスにいじめの気配は微塵もない。
いじめっ子など本人が大袈裟に言っているに違いないと思っていた。
だがもしかして、と首元がひやりとなった。
全部で三万字くらいの予定です。
ゆっくり書いていきます。
多少、読む側にストレスがあるかもしれませんが、よかったらおつきあいください。




