10 ママの意外な恋人
土曜日の午前中、近所のコンビニで真帆とばったり会う。肉まんを買ってふたりで分けたことを思い出して、つい笑みが浮かんだ。
少し駄弁ろうとなって、アイスを買って近くの公園に落ち着いた。
「コブつきかあ」
「あちらさんにとってはわたしもコブなんだけどね。あと数時間でご対面。緊張する」
「気をつけてね、千夏」
「なにを?」
「よく聞くじゃん。連れ子に手を出す義理の父親の話。もし手を出されそうになったらわたしのとこにおいで」
「え、真帆のところに行っていいの?」
「そんときは、うちの子にしてもらおうよ」
「え、やばい。逆に楽しみになっちゃう」
ふいに、真帆のグループラインに連絡が入る。
「台湾が優勢だってさ」
「ああ、修学旅行?」
修学旅行で海外に行くことは特別珍しくないが、生徒に希望を聞くことところがうちのいいところだと思う。
旅行自体は二年生の秋に催されるので、まだ一年以上先のことである。候補地は決まっていて、韓国か台湾かの二択だ。最終的にはクラスごとに多数決を取る。台湾が優勢というのは、他のクラスの情報通とすりあわせた推測のようだ。
「韓国より台湾のほうがましだね」
千夏にはその違いがわからない。どちらも同じアジアでインドネシアよりずっと近い、ご近所さんだ。
だが、真帆は当然のように優劣をつけている。韓国だったらアイドルショップに行きたかったな、と口にできる雰囲気ではない。韓国人にいじめられた思い出は真帆の心に傷を残している。
「千夏、パスポート持ってない人は学校が代行で作るって。わたしは持ってるよ。家族でハワイ行ったから。千夏は持ってるの?」
自慢気な真帆はキラキラと輝いて見える。
「持ってない。代行頼まないでママに頼んじゃおうかな」
真帆がパスポートを持っていると聞いたら自分も早くほしくなった。いつか一緒に海外旅行に行けたらと願う。
馴染みのファミレスで千夏はママと並んで座る。
待ち合わせの時間にはもう少しあったので、気持ちを落ち着けようとチョコバナナパフェを頼んだ。幼いころから大好きな味だった。ママは季節のフルーツ添えアイスとコーヒーを選んだ。
「それも気になってた。ママ、一口ちょうだい」
「あ、来た来た。こっちこっち」
「え、もう?」
ママは入口に手を振った。恋人のご登場だ。
千夏は興味津々で顔をあげて、愕然となった。
「どうして……?!」
小さな男の子の手を取って、こちらに向かって歩いてくるのは、パパだった。
パパとママは顔を見つめ合って互いに照れ笑いをしている。
「ごめんね、千夏。驚かせることになっちゃったね」
「冗談でしょ……」
言葉が出ない。
「千夏ははじめまして、になるね。この子は沙月。仲良くしてあげてほしい」
沙月と呼ばれた男の子はママとは初めてではないのだろう。「こんにちは」と挨拶して嬉しそうにママの対面に座った。
「沙月くん、お腹空いてるかな。どれにする。なんでも好きなの選んでね」
浮気相手が産んだ子供に、ママは子供用のメニューをひろげてあげた。満面の笑みで媚びるように。裏切られたと思った。してやられたと思った。
テーブルの下で、ママは千夏の腿にポンポンと触れた。
「沙月のお母さんはご病気で亡くなったの。パパが困ってたからね、相談に乗ってるうちに、また助け合って生きていくのもいいかなって。パパもママも、もう若くないから意地張っててもみっともないだけだからね」
一緒に住むと話してなかったか。パパは海外赴任するってこと、聞いてないのか。それともわたしを置いていってもいいと考えているのかもしれない、とそこまで考えたとき、急に吐き気がこみあげてきた。
「千夏、まあ、たいへん。体調が悪かったのね」
千夏をタクシーに押し込むと、ママはパパと沙月に手を振った。
「またね」
あとから聞いた話では、パパは自家用車で来ていたのでママと千夏を自宅に送り届けることもできたのだそうだ。おそらくママは知っていた。だけどママは線を引いた。それを察したパパは一言も言えずじまいで、ただ間が抜けたように茫然としているしかできないようすだった。




