表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界幽霊聞き書き帳――死者の声が聞こえる俺は、成仏できない亡霊たちを取材する  作者: たむ
第一章 墓守の息子と、名前のない少女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/11

第1話 誰もいない墓地から、声がする

墓守の息子レインには、死者の姿が見える。


だが、それは誇れる力でも、便利な魔法でもなかった。


今夜までは。

 死者は、夜になると話が長くなる。


 レイン・アスターがその事実に気づいたのは、七歳の頃だった。


 昼間の死者は静かだ。


 墓石のそばに座り、通り過ぎる雲を眺めている者。


 自分の墓に供えられた花を、嬉しそうに見つめている者。


 誰かが迎えに来るのを待つように、墓地の門を見つめ続けている者。


 彼らはほとんど口を開かない。


 だが、日が沈むと違う。


 誰にも聞いてもらえなかった話。


 生きていた頃の自慢。


 家族への愚痴。


 死んだ理由。


 自分の葬儀に来なかった親戚への文句。


 それらを一斉に話し始める。


 しかも死者は、自分の話が終わるまで相手が帰らないと思っている。


「だから、俺は夜の墓地が嫌いなんだ」


 レインは手にした角灯を掲げながら、深いため息をついた。


 夜の共同墓地には、冷たい霧が漂っていた。


 石造りの低い塀に囲まれた墓地は、町リベルタの北端にある。昼間は日当たりがよく、丘の上から麦畑を見渡せる穏やかな場所だった。


 しかし夜になると、別の顔を見せる。


 角灯の光が届かない場所で、墓石が人影のように並んでいる。


 風が枯れ枝を揺らすたび、誰かが歩いているような音がした。


 そして、レインにだけ見える住人たちが、そこかしこに立っている。


『若いの。少し聞いてくれんか』


「聞かない」


 道端に座っていた老人の幽霊が、半透明の手を上げた。


『まだ何も言っておらんぞ』


「昨日も同じ話を聞いた。若い頃に南の街でパン屋をしていて、王女様にパンを売った話だろ」


『王女ではない。王女に仕えていた女官の妹だ』


「さらに遠くなってるじゃないか」


『それでも王家にパンを売ったことには変わりない』


「変わるよ」


 レインは足を止めずに通り過ぎた。


 老人の幽霊は不満そうに頬を膨らませたが、追ってはこなかった。


 この墓地で長く過ごす幽霊たちは、レインが会話できることを知っている。


 だから油断すると、次から次へと話しかけられる。


『レイン、わしの墓に雑草が生えている』


「明日の朝に抜く」


『今抜いてくれ』


「暗くて見えない」


『わしには見えるぞ』


「俺は生きてるから見えないんだよ」


 墓石にもたれかかっている男の幽霊へ返事をし、レインは墓地の奥へ進んだ。


 今夜ここへ来たのは、死者の話を聞くためではない。


 墓地の外れにある古い柵が倒れたため、その確認を父親から頼まれたのだ。


 父のダリオは、この共同墓地の管理人を務めている。


 本来なら父が確認するはずだったが、夕方から腰を痛め、動けなくなっていた。


 息子が墓地の幽霊を見られることを、父は知らない。


 正確には、レインが誰にも話していない。


 幽霊が見えるなどと口にすれば、ろくなことにならないからだ。


 聖導教会の教えでは、死者の魂は女神セレネの導きによって光の彼方へ旅立つ。


 地上に残る死者など存在しない。


 存在してはならない。


 幽霊を見たと言えば、魔物に惑わされたか、精神を病んでいるか、死霊術に関わったと疑われる。


 どの扱いを受けても、平穏な人生からは遠ざかる。


 レインは英雄になりたいわけではなかった。


 特別な力を認められたいとも思っていない。


 静かに働き、食事をし、暖かい寝床で眠れれば、それでよかった。


「柵を確認したら帰る。誰に何を言われても帰る」


 自分に言い聞かせる。


 だが、その言葉は墓地の奥から聞こえてきた声によって止められた。


『ねえ』


 少女の声だった。


 レインは立ち止まった。


 墓地にいる幽霊の顔と声は、ほとんど覚えている。


 少なくとも、少女の幽霊はいなかったはずだ。


『そこの人』


 再び声がした。


 レインは聞こえなかったことにして歩き出した。


『見えてるでしょう』


「見えてない」


『まだ姿を見せてないのに?』


 足が止まった。


 レインは自分の失言に気づき、額を押さえた。


 墓石の陰から、少女が顔を出した。


 年齢は十五歳ほどに見える。


 肩まで伸びた淡い銀色の髪。


 膝丈の白い服は、ところどころ土で汚れている。


 裸足だった。


 肌は月光よりも青白く、身体の輪郭が薄く透けている。


 間違いなく幽霊だ。


 少女は墓石の後ろから出ると、嬉しそうに笑った。


『やっぱり見えてる』


「見えてない」


『目が合ってる』


「たまたまだ」


『私が右に動いても?』


 少女が右へ一歩動く。


 レインの視線も無意識に追ってしまう。


 少女は左へ動く。


 また視線が追う。


『見えてる』


「……見えているとして、何の用だ」


『認めた』


「帰る」


『待って』


 レインが背を向けると、少女はその前へ回り込んだ。


 幽霊なので、足音はしない。


『少しだけ話を聞いて』


「少しだけと言って、本当に少しだった幽霊を俺は知らない」


『私は話すことがないから大丈夫』


「それはそれで困る」


 少女は不思議そうに首を傾けた。


 レインは改めて彼女を観察した。


 衣服の形は、この地方のものと大きく違わない。


 貴族のような装飾はなく、農村の娘が着る簡素な服に近い。


 目立った傷はない。


 血もついていない。


 死因につながる特徴は見当たらなかった。


「お前は、いつからここにいる?」


『分からない』


「どこの墓に入っている?」


『分からない』


「名前は?」


『分からない』


 少女は困ったように笑った。


『何も覚えてないの』


 珍しいことではなかった。


 幽霊は生前の記憶をすべて持っているとは限らない。


 名前だけを忘れている者。


 家族の顔だけが思い出せない者。


 自分が死んだ瞬間だけを失っている者。


 長く地上へ残るほど、記憶が曖昧になる幽霊もいる。


 だが、何も覚えていない幽霊をレインは初めて見た。


「自分が死んでいることは分かるのか?」


『たぶん』


「たぶん?」


『あなたの身体は向こう側が見えないけど、私の身体は向こう側が見えるから』


 少女は自分の腕を掲げた。


 半透明の皮膚を通して、背後の墓石が見えている。


『それに、さっきから何度も地面を踏もうとしてるけど、少し浮くの』


 言われてみれば、少女の裸足は地面から指一本分ほど浮いていた。


『だから、死んでるんじゃないかな』


「妙に冷静だな」


『泣いたら生き返る?』


「生き返らない」


『それなら、話を進めたほうがいいでしょう』


 死者からもっともなことを言われ、レインは黙った。


 少女は明るく振る舞っている。


 だが、目の奥には不安があった。


 自分が誰か分からない。


 なぜここにいるか分からない。


 自分の墓さえ分からない。


 それでも話せる相手をようやく見つけたのだ。


 レインは放っておけない自分の性格を恨んだ。


「少しだけだ」


『ありがとう』


「分かっていることを順番に話せ。ここへ来る前、何を見た?」


『暗い場所』


「墓の中か?」


『違うと思う。狭くなかったから』


「誰かいたか?」


『たくさん』


 レインの表情が変わった。


「何人だ」


『分からない。みんな声だけだった』


「何を話していた?」


 少女は答えようとして、口を閉じた。


『思い出せない』


「では、最後に覚えていることは?」


『音』


「音?」


『鐘の音』


 夜風が止まった。


 木々のざわめきも消え、墓地全体が静まり返る。


 レインは無意識に周囲を見回した。


 町の教会にある鐘は、日没後には鳴らされない。


 まして今は真夜中だ。


「どこの鐘だ」


『分からない』


「何回鳴った?」


『それも分からない。でも、すごく遠くから聞こえた』


 少女は両手で耳を塞ぐような仕草をした。


 透けた指が髪に沈む。


『聞いていると、自分のことが少しずつ消えていく気がした』


「それで名前も忘れたのか?」


『たぶん』


「その言葉ばかりだな」


『何も分からないんだから、仕方ないでしょう』


 少女は頬を膨らませた。


 先ほどまでの不安そうな姿より、その表情のほうが年相応に見える。


「鐘が鳴った後、ここへ来たのか?」


『気づいたら、あの墓の前にいた』


 少女が指さした。


 墓地の外れにある、古びた墓石だった。


 表面は風雨に削られ、刻まれていた文字もほとんど読めない。


 レインは角灯を近づけた。


 墓石の下部に、かすかな文字が残っている。


「ミ……ラ?」


『それ、私の名前?』


「分からない。墓石には、そう読める文字が残っているだけだ」


『じゃあ、私をミラって呼んで』


「簡単に決めていいのか」


『名前がないと呼びにくいでしょう』


「お前と長く話す予定はない」


『でも、もう話してる』


 レインは返す言葉を失った。


 少女――仮の名をミラとした幽霊は、満足そうにうなずく。


『あなたは?』


「レインだ」


『レイン。いい名前ね』


「普通の名前だ」


『私には普通かどうか分からないもの』


 何気ない返答だった。


 だがレインは、少女が何も持っていないことを思い出した。


 名前も、記憶も、帰る場所もない。


 彼女にとっては、普通であることさえ判断できない。


「今夜はここにいろ。明日、墓地の記録を調べる」


『手伝ってくれるの?』


「この墓に埋葬された者を確認するだけだ」


『それでもいい』


「ただし、勝手についてくるな」


『分かった』


「話しかけ続けるのもやめろ」


『分かった』


「ほかの幽霊と問題を起こすな」


『努力する』


「そこは分かったと言え」


 レインは角灯を持ち直した。


 倒れた柵を確認して、早く家へ戻りたい。


 これ以上墓地にいると、別の幽霊まで寄ってくる。


 ところが、数歩進んだところでミラが声を上げた。


『待って』


「まだ何かあるのか」


『さっき言おうと思ってたことがある』


「名前のことより先に言うべきことか?」


『たぶん』


「またそれか」


 ミラは笑わなかった。


 彼女は墓地の奥を見つめている。


 そこには、今日埋葬されたばかりの新しい墓があった。


 裕福な商人のものだと、父から聞いている。


 墓の周囲には白い花が供えられ、土はまだ湿っていた。


『今夜、あの下から誰かが出てくる』


 レインは眉を寄せた。


「幽霊なら、墓の下から出る必要はない」


『幽霊じゃないかもしれない』


「どういう意味だ」


『分からない。でも、ずっと音がしてる』


 レインは耳を澄ませた。


 何も聞こえない。


 風もない。


 虫の声さえしない。


「何の音だ」


『土を叩いてる』


 その瞬間だった。


 どん。


 低い音が、墓地の奥から響いた。


 レインの身体が固まる。


 どん。


 今度は、はっきり聞こえた。


 新しい墓の下。


 土の奥から、何かが棺を叩いている。


 どん。


 どん。


 どん。


 一定の間隔で、助けを求めるように音が続く。


 レインの手から角灯が落ちかけた。


「まさか、生きたまま埋葬されたのか?」


『違う』


 ミラは青ざめた顔で首を振った。


『あの人は、もう死んでる』


「では、何が棺を叩いている」


 ミラが答える前に、声がした。


 墓の下から。


 厚い土と、閉ざされた棺の向こうから。


『誰か』


 男の声だった。


『誰か、そこにいるのか』


 レインは息を止めた。


 声は生者の耳には届かない。


 死者の声だ。


『頼む』


 墓の中の男が、震える声で訴える。


『ここから出してくれ』


 ミラがレインを見る。


『この人、自分が死んだことに気づいてない』


 棺を叩く音が、夜の墓地に響き続けた。


 レインは帰宅を諦めた。


 同時に、まだ何も書かれていない古い帳面を持ってきたことを思い出す。


 父から、墓地の修繕箇所を記録するために渡されたものだった。


 レインは震える手で革表紙を開いた。


 最初のページに、男の墓石へ刻まれた名前を書く。


 そして、その下へ続けた。


 ――埋葬後も、自分が生きていると主張している。


 これが、レイン・アスターによる最初の聞き書きだった。


 後に世界の歴史を変えることになる一冊は、誰にも知られず、夜の墓地で始まった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


名前も記憶もない少女の幽霊ミラと、自分が死んだことに気づいていない商人。


次回、レインは墓の中の男から、奇妙な「殺人」の証言を聞くことになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ