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『キリトリセカイ』Vol.02(101~200)  作者: 百字八重のブログ


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8/9

108 / Uターンの息子


息子の健太が、東京から帰ってきた。

「おかえり」

と、玄関先で靴をぬいでいた健太の背中に、俺は云年ぶりの言葉をなげかける。

「ただいま」

健太はうつむき加減で目も合わさず、仏頂面をしたまま、母である直美にうながされリビングへと消えていった。


健太がこの家を出て行ったのは、18歳の頃のことである。

当時、流行していたロックバンドに影響されて、友人とともにバンド活動をはじめ、ついには「音楽で食っていく」とまで言い出したのがきっかけである。

もちろん俺は止めた。

一体、世の中どれくらいの若者が、同じやりとりを親と繰り広げているのだろうか。

気の遠くなるようなやり取りの末に、壁に一発、拳のあとを残し、健太はこの家を出て行った。

それから30歳になるこの年まで、健太はほぼ、音信不通だった。


図体だけはでかくなったようだが、一体どの面さげて、この家の敷居をまたいだのやら。

親の顔が見てみたい。

とは、口が裂けても言えない。


俺とは疎遠だった健太も、直美とはそれなりに連絡を取り合っていたようで、今回のUターンも、「もうそろそろ帰ってきたら」という直美の説得を受け入れてのことだった。

妻がかけたやさしい言葉に対し、健太が何といったかは分からないが、リビングで聞いていた限りは、スマホの向こうで泣いていたようである。

なんだ、男のくせに、情けない。

一筋にサラリーマンを続けてきた俺の堅実さを見習えと言いたい。

しかし、同じ男だからこそ、夢やぶれて無様に帰ってきた健太の心の内も、理解できるような気がする。

いや、云年ぶりに会った親と目も合わせない今の健太に、そんな同情心は無用か。


しかし果たして、何をしゃべればいいのか、どんな話題を提供すればいいのか、俺は迷いに迷っていた。

なに、父親なのだから、堂々と普通にしていればいいのだ。

俺が気遣う必要はない。

気遣えば、受け入れてもらったと思い、たやすい親だと今後調子に乗るだけだろう。


夕飯の席で、健太と俺が向かい合う。

大きくなった。

本当に、大きくなった。

しみじみと感じ入るのをこらえながら、俺は「とりあえず飲むか」と酒を指さした。

うつむいていた健太は、顔をあげ「うん」と答える。

直美はキッチンで揚げ物をしている。

男二人の、晩酌がはじまった。

しばらくの間は、特別な言葉はいらないのかもしれないな。

飼い犬のペロが、そんなことを思う俺の足元でくるくるとまわっていた。






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