108 / Uターンの息子
息子の健太が、東京から帰ってきた。
「おかえり」
と、玄関先で靴をぬいでいた健太の背中に、俺は云年ぶりの言葉をなげかける。
「ただいま」
健太はうつむき加減で目も合わさず、仏頂面をしたまま、母である直美にうながされリビングへと消えていった。
健太がこの家を出て行ったのは、18歳の頃のことである。
当時、流行していたロックバンドに影響されて、友人とともにバンド活動をはじめ、ついには「音楽で食っていく」とまで言い出したのがきっかけである。
もちろん俺は止めた。
一体、世の中どれくらいの若者が、同じやりとりを親と繰り広げているのだろうか。
気の遠くなるようなやり取りの末に、壁に一発、拳のあとを残し、健太はこの家を出て行った。
それから30歳になるこの年まで、健太はほぼ、音信不通だった。
図体だけはでかくなったようだが、一体どの面さげて、この家の敷居をまたいだのやら。
親の顔が見てみたい。
とは、口が裂けても言えない。
俺とは疎遠だった健太も、直美とはそれなりに連絡を取り合っていたようで、今回のUターンも、「もうそろそろ帰ってきたら」という直美の説得を受け入れてのことだった。
妻がかけたやさしい言葉に対し、健太が何といったかは分からないが、リビングで聞いていた限りは、スマホの向こうで泣いていたようである。
なんだ、男のくせに、情けない。
一筋にサラリーマンを続けてきた俺の堅実さを見習えと言いたい。
しかし、同じ男だからこそ、夢やぶれて無様に帰ってきた健太の心の内も、理解できるような気がする。
いや、云年ぶりに会った親と目も合わせない今の健太に、そんな同情心は無用か。
しかし果たして、何をしゃべればいいのか、どんな話題を提供すればいいのか、俺は迷いに迷っていた。
なに、父親なのだから、堂々と普通にしていればいいのだ。
俺が気遣う必要はない。
気遣えば、受け入れてもらったと思い、たやすい親だと今後調子に乗るだけだろう。
夕飯の席で、健太と俺が向かい合う。
大きくなった。
本当に、大きくなった。
しみじみと感じ入るのをこらえながら、俺は「とりあえず飲むか」と酒を指さした。
うつむいていた健太は、顔をあげ「うん」と答える。
直美はキッチンで揚げ物をしている。
男二人の、晩酌がはじまった。
しばらくの間は、特別な言葉はいらないのかもしれないな。
飼い犬のペロが、そんなことを思う俺の足元でくるくるとまわっていた。




