146 / プレジデント
息子に社長職を譲り会長となってから、はや三年が過ぎようとしている。
今年も残すところ、あと二か月となった。
朝晩の風は急激に冷たくなってきたし、日中いくら日が照っていても、もはや半袖で歩く者もいない。
本屋を訪れてみれば、来年のカレンダーや手帳が陳列されており、早くも年末商戦の気配がうかがえる。
新聞各社は連日の情報漏洩で盛り上がっている。
我が社も早めに対策をうっておかなければならない。
そう思い、昨日、さっそく息子と社内のエンジニアに、げきを飛ばしてきた。
いまどきパワハラパワハラとうるさいが、愛のあるげきはむしろ歓迎されてしかるべきだろう。
我が社では、客の次に従業員を大切にしている。
同じ職場で働く仲間として、お互いをリスペクトするように、毎日、毎朝、口を酸っぱくして言っているのが効いているのか、いまのところ社内で精神疾患や自殺といったケースは見受けられない。
経営は赤字を抱えるときもあるがおおむね右肩上がり。
とりあえず、俺の今までのはたらきは、合格だったということだろう。
それについては、元常務の妻のお墨付きをいただいている。
「あなた、タクシーが来たわよ」
その妻が、呼ぶ。
今日は一緒に観劇に行くのだ。
元々妻が好んでおり、会長となってから俺も混ぜてもらうかたちで始めた趣味だが、これが意外にもかなりはまっていて面白い。
俺の場合は今の歳になってから家族を大切にすることを覚えたが、イマドキの若い者は、若いうちから家庭を大切にするよう教えられていると聞く。
そんな彼らが未来を形作ってゆくわけだ。
これから日本はどんな国になるのだろう。
ニュースに目を通せば、猫も杓子もAI、AIと言っているが、果たして我々人類の未来は。
定期購読している雑誌には、楽観論と陰謀論じみた記事の両方が載っているが、果たして出版社の予防線以上の価値はあるのだろうか。
息子とわが社の将来は――。
私は大きく息を吐いたのち、空を見上げた。
そこには、抜けるような秋晴れが、ただあるべくして広がっていた。
この歳になると、なるようにしかならない自分の身体というものに嫌でも付き合わざるを得ない。
俺はもう舞台から降りようとしているが、様々な思惑が交錯するこの世界を、もはや見守ことしか出来ないのかと思うと、なんとも歯がゆい。
そんな自分を顧みて、根っからの経営者なのだな、とひとり笑った。




