144 / 彼女のおなら
「ねぇ、ドローンって、お値段、いくらくらいするのかしら」
彼女がいきなり、そんなことを聞いてきた。
「スマホがあるんだから自分で調べれば?」と言いたくなるのをこらえて、「さぁ。知らないなぁ」と答える僕。
しばらくして、彼女が再び僕に質問してきた。
「ねぇ、イマドキのペットって、お高いのかしら」
「なんで金の話ばかりなんだよ」と突っ込みたくなるのをこらえて、僕は「さぁ、知らないねぇ」と答える。
すると彼女は、
「ねぇ、少しは会話を盛り上げようっていう気は起こらないの?」
と苛立たし気に言ってきた。
「なんだよ。イライラしてんのはこっちだよ」と言いたくなるのをこらえて、僕は「ごめん、じゃあ、ドローンの話題に戻ろうか」と振ってみる。
すると「戻りすぎだから」と彼女。
なんだと。ひとがせっかく話題を盛り上げようと配慮してやったのに。
「ねぇ、私たち、そろそろ結婚しない?」
と、彼女が唐突に切り出してきた。
そうきたか。
どうする、僕。
答えに窮して、僕は沈黙する。
「じゃあ、いっそのこと、別れる?」
イラついた口調で、彼女は啖呵を切ってきた。
待て、待て。
なんでそうなるんだ。
「結婚、したくないわけ?」
まずい。
彼女のイライラが最高潮に達している。
何か返事をしなければ。
「したくないわけじゃないけど、今?」
と、僕はなけなしの勇気をふりしぼって言葉を継いだ。
「え、なにそれ」と彼女。
まずい、地雷を踏んだか。
てか、めんどくさい女。
「別れようか」
僕は自分でも驚くほどの快活さで、そんな言葉を口にしていた。
だって、考えてもみろ。
結婚する前からこの調子だぞ。
こんなめんどうな女と一生一緒にいるなんて、なんの罰ゲームだ。
僕は意を決した。
「じゃあ、そういうことで」
あっけにとられている彼女と冷めたコーヒーを残したまま、僕はカフェをあとにした。
ああ、このときの解放感といったら!
そんな夢を見て目が覚めた。
目の前には、五十になるくたびれた彼女。
結局、僕らは結婚した。
今となってはいい思い出だけれど、あのときの僕の態度で、彼女は僕の大切さを思い知ったという。
すっぴんでシワの入った彼女の寝顔をのぞきこむ。
あの頃は気を遣いまくっていた僕も、今では彼女と口喧嘩をするに至っている。
思えば遠くまで来たものだ。
まだまだ、これからも一緒によろしくね。
心の声が聞こえたかのように、彼女はひとつ、大きなおならをして僕を笑わせた。




