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『キリトリセカイ』Vol.02(101~200)  作者: 百字八重(ももじやえ)


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137 / 松葉杖の先に


ちょっとした交通事故に巻き込まれて右足を骨折し、全治3か月との診断を受けた。


最初の頃は物珍しがって騒いでいたクラスメイトたちも、1か月が経つ頃にはすっかり慣れてしまったらしい、もう私の右足のギプスには何の関心も示さない。

それは両親も同じで、最初の頃は心配していたものの、今頃ではもう食卓の話題にものぼらない。

私も、最初の頃は松葉杖をついて歩くことに必死だったが、今ではすっかり慣れている。


しかし、思うには、私の怪我は、まだ治るからマシである。

松葉杖を壁にもたれかけさせ、自分の部屋のベッドにあおむけに寝転がって、これが一生直らない病気とかだったらどうだろう、と考える。


もし、明日から、一生歩けない体になるとしたら?


私は考えて、ゾッとした。


絶対に、「嫌」だ――。


そんな単純な、けれども強烈な拒絶反応が、心の内より自然に湧いてくる。


「嫌」だとは言っても、もしそうなったら、どうなるのだろう。

その先を想像してみる。


現に、今だって車椅子生活をしている人はいるのだし、生きてはいけるのだろう。

けれど、トイレとか、お風呂とか、まずそういったことが心配になる。

具体的に、車椅子生活の人は、それらをどうやってこなしているのだろうか。


それ以上は、なんだか失礼な気がして、想像してはいけない気がする。

調べるのもなんだか嫌だ。

でも、実際に車椅子生活になったら、「嫌」でもこなさなければならない事だ。


もし、車椅子生活になったら――。


私は、ギプスの内で足をわずかに動かしながら、想像する。


車椅子だと、まず、段差のあるところには行けなくなってしまうだろう。

行動範囲は「嫌」でも狭くならざるを得ない。


絶対、「嫌」だ――。


私は、その先を想像するのを、やめた。


そして、ふと、思った。

こうして、人はさまざまなことの「先」を想像するのを辞めてしまうのではないか、と。

こうして、その「先」を想像する一部の人々と、当事者や関係者によって、社会インフラやさまざまな制度が整えられているのではないか、と。

社会には、私の想像のその「先」で働く人々が、大勢いるのだ。きっと。


私は、松葉杖による脇の痛みを感じながら、そんなことを思った。







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