133 / 漫画の功罪
漫画喫茶に来ている。
最近の少年漫画を読んでいる。
最近の少年漫画、特にweb小説を漫画化したものは、大体パターンが決まっていて、平凡もしくは社会的に何かしら負い目のある男性が、ひょんなことから、それまで隠されていた本当の力に目覚め敵をなぎ倒してゆくといったものだ。
一方で、最近の少女漫画も手に取ってみる。
最近の少女漫画は、平凡もしくは社会的に負い目のある女性が、ひょんなことからイケメン金持ちツンデレの男性に見初められ幸せに暮らすというものだ。
男子・女子ともに、なぜこのような漫画が流行しているのか。
女である私は、上にあげた少女漫画に感情移入できないばかりか、現在、結婚すら視野に入っていない状態だけれど、それでもあえて彼女たちの気持ち・彼らの気持ちになって考えてみる。
要するに、みな、現実社会に疲れているのだと思う。
男も女も、フィクションの中で、お手軽に、何の努力もせずに、秘められた才能で無双したい、もしくは幸せになりたいと思っているのだ。
それくらい、みんな、現実世界で疲れているのだ。
きっと。
でも、こうしたコンテンツは言ってみればファーストフードのようなもので、パンチがあって即座に効くが、毎日食べているとすぐにメタボになってしまうように、毎日同じようなものを読んでいると、次第に「そううまくはいかない」現実世界に辟易して、現実世界を「こなす」だけになってしまう傾向があるように思う。
学生時代の私がそうだった。
少年漫画・少女漫画かまわず読み漁り、現実世界をおろそかにして過ごした結果、40代になるまでほぼニート状態で、今の年になってやっとまともに働き始めている。
少年漫画や少女漫画は、読者の希望を叶えるべく、読者に夢を見せるべく、非常によく考えられているものだから、触れているだけでも幸せになれる。
そこがミソだ。
それだけで幸せになれるのだから、現実世界でも既に満足した気分になり、努力することを忘れてしまうのだ。
しかし、今の年になって思う。
現実は重くてときにつらい。
でも、だからこそ生きがいがあると言えるのではないだろうか。
どんなフィクションよりもリアルで重い、この現実世界を、私は今日も必死に生きてゆく。
とかなんとか言ってるうちに時間が来た。
バイト、行ってきます。




